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 今日のエッセイ      浸透圧

昔、昔、勢いだけで北岳やら谷川岳やら穂高やら鳥海山やらたくさんの山に登っていた頃がある。
(※北岳 山梨県南アルプス市にある標高3193 mの山。赤石山脈北部に位置し、富士山に次ぐ日本第2位の高峰)
登山が趣味だったわけでもなく山頂を目指したわけでもなく、ただの冒険感覚で登った。知る人ぞ知る怪しい探検隊の亜種である。
真面目に山登りをする人にとってはじつに不埒な連中だったのだろう。目的は敵に奪われた山頂の奪還だ、などとほざいていた。
若さ故のごめんなさいです。
然しながら山登りの苦しさと山頂の満足感、充足感は体験した人しかわからない。2000メートルあたりの森林限界を超えると酸素濃度が薄くなることを体感し2500メートルを超えると体が思うように動かなくなる。雷鳥が頭上の際どい距離を砲弾のように突き抜け、岩の隙間からオコジョやヤマネが顔を出しては迷惑そうな顔をする。そういう風景が大好きだった。わざわざバズーカ砲のような300ミリの超望遠レンズを持っていったりもした。
山の怖いところは天候が急変するところだ。ついさっきまで穏やかな山登り日和だったのが、あっという間の雨風で泣きたい気持ちになる。風雨を凌げる場所があればよいが、なければレジ袋を頭にかぶり岩影にうずくまっているしかない。きちんと雨具を纏った正装の登山者が僕たちを横目に見て通り過ぎていた。
山小屋に二泊ほどして登山口に戻り車に乗る。行くべきはコンビニエンスストア。
コンビニに入ると求めるものは水でもなく、食べ物でもなく、ましてビールでもなく無言の4人が自然に集まる場所は生野菜のサラダがある場所。
登り始めからその時まで丸三日間、摂取するものは米、缶詰、湧き水、ウィスキーのみである。
体の中、細胞の世界では水分と塩分のせめぎ合いが繰り返され、そのバランスが、正常を保っている。が、ビタミンが欠如するとその浸透圧のバランスが狂う。体はビタミンを要求する。そういう仕組みに出来ているみたいで本能的に生野菜が食べたくなることを何度も体験した。喉が乾けば水を飲む、疲れたら甘いものが食べたくなる、背中が痒くなったらネコに掻かせる、それらと同じ理屈なんだろう。
温泉に入り体の内面に向かう浸透圧を整えてそれからのビールなのですね。

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