貴方の血

彼の家の壁には血の跡がある。

キッチンの換気扇下のコンロに向かって左手の壁に。

最初に見たときはケチャップの飛沫かと思って、彼になんとはなしに聞いてみたら

「血だよ」

と言われた。

そういえば彼が前付き合っていたヒトは少し怖い人で、別れるのに5日かかったみたい。

そういえば以前、彼は慣れない料理をして指を切ったって言っていた。

そういえば彼は冗談が好きだった。

なんだか色々考えるとその壁の赤が、彼の全てを語ってくれる気がした。大袈裟かな。

もし、その血が前の彼女との別れ話の際についたものだとしたら。
カッターか何か持ち出されたのだろうか。場所的に包丁を持ち出されたのかもしれない。
そうならばどこを切られてしまったのだろう。
彼には刃物で切られたような傷は無い。
もしかしたら揉み合って、相手を傷つけてしまったのかも。
そうならば相手の怪我は大丈夫なのだろうか。大事になってなければいいけれど。

もし、その血が料理中の事故でついたのだとしたら。
コンロの横にまで血が飛ぶだろうか。
料理中に指を切るならまな板の上だろう。
切った指で壁に触ってしまったのだろうか。
右利きの彼は左手を切ってしまった。確かに左側の壁だから、手をついてしまうこともあるかもしれない。
いやでも、普通なら切ったらすぐ水で洗い流すのでは無いだろうか。キッチンにいたならなおさら。
でも血がついていると言うことは壁に触ってしまったと言うこと。おっちょこちょいな一面も彼にはあるんだな。

もし、血だというのが冗談だとしたら。
なんの為にそんな冗談を言うのか。
その壁の赤いものは何なのだろうか。
いつも冗談だと言って大事な話をはぐらかすのは彼の悪い癖。
私が落ち込んで病みそうな時も、2人のことを真剣に話したい時も、彼は冗談でかわす。
彼の本心を知ろうとした時も。
自分の心の内には入ってくるなと、拒絶された様に感じて惨めな気持ちになるから、彼の冗談は好きじゃない。

もし壁の赤が、本当の血ならば、
そこに血がついていると言う事実と、過去の彼の言動が結びつくかもしれない。

多くを語らず、本心を見せようとしない彼よりも、
壁の血の方が彼のことを教えてくれる気がする。
壁の血を見て、彼のことをずっと考えていたから、少し彼のことがわかったような気になった。

あなたの血を眺めてあなたを想っているよ。なんて、ちょっとコワイ女の子みたい。

そんなこと考えてたら、タバコが一箱無くなった。
家に帰ろう。
実家に帰ったら、家のキッチンにも血がついていた。
誰か怪我したの?と心配して母に尋ねたら、

「料理してるといろんな飛沫が飛ぶのよ。酸化したりして赤茶になって壁に染み付いちゃうのよねえ」
だって。 

なんだ、結局彼のこと全然わからないじゃん。

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