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「日本的ジャーナリスト観」とデータ報道

先日、こんなツイートが話題になっていた。

主な国のジャーナリストの回答(自分の仕事の中での各項目の重要性を"extremely important" "very important" と答えたジャーナリストの比率)を並べて色つけしてみた。 それぞれのお国柄はあるけど、それにしても日本のジャーナリズムの異様さがいくつか際立ってる

これはWorld of Journalismの調査を各国で比較し、各項目について「とても重要」「やや重要」と答えた人の割合を色付けした表だ。これによると、他国と比較して日本のジャーナリストの特徴は以下2点で表せる。

  • 「政治的アジェンダを設定する」(ことを重要だと答えた割合)が高い

  • 「事実をありのままに伝える」「客観的な観察者である」「人々が意見を表明できるようにする」が低い

元ツイートでは、他の国では例外なくトップの項目であった「事実をありのままに伝える」が一番でなかったことについて日本を「異様」と表現している(ちなみにツイートの筆者ははてな匿名ダイアリーでも解説をしている)。

この原因や背景については色々な人が考察しているので僕自身は立ち入らない。僕が注目するのはこの現象のいわば「帰結」だ。この日本的ジャーナリスト(あるいはジャーナリズム)観と、データの分析や可視化を起点として報道コンテンツを作る「データ報道」(データジャーナリズム)はどうにも相性が悪い。日本ではデータ報道が遅れているとよく言われるが、こうした感覚も背景にあるのでは、というのが今回の趣旨。

念のため付言しておくと、現在の日本の状況を批判したり嘆いたりする趣旨ではありません。長らく「日本ではデータ報道が遅れている」と言われてきましたが、上のツイートを見て「あ〜ここが関連していたのか!」と膝を打ったので雑感を書いた次第です。


日本ではデータ報道は「報道」として扱われにくい

先の調査に戻ると、「事実をありのままに伝える」「客観的な観察者である」「人々が意見を表明できるようにする」というのは、まさにデータ報道が得意とする要素だ。たとえば新型コロナのように、行政の発表する複雑なデータを見やすく・わかりやすく可視化し、広く社会に公開し、それによって色々な人が意見を表明する、というのはデータ報道の非常に大事な側面だ。逆に日本のジャーナリストに重視されている「政治的アジェンダを設定する」という点は、まったくないとは言わないにしてもデータで表現するのは少し難しいかもしれない。

何年か前にあるベテラン記者とデータ報道について話す機会があったので、Wall Street Journalの「Battling Infectious Diseases in the 20th Century: The Impact of Vaccines」の話を出したことがある。

これは代表的な感染症についてワクチンの導入前後における各州の人口あたり感染者数をヒートマップで表現したものだ。スクリーンショットにも出している麻疹(Measles)だと80年分以上のデータがあり、ワクチン導入によって劇的に全米の感染者数が減ったことがわかる。

このコンテンツは2014年末から翌年にかけてアメリカで起こった麻疹の感染拡大を下敷きにしており、当時起こっていたワクチンに関する議論にビジュアルですさまじいインパクトを与えたコンテンツだ。僕が非常に好きなデータ報道のひとつでもある。

しかし件の記者の反応は割と淡白なもので「え、これ記事ないの?」という一言であった。僕自身は、重要な人物の発言を社会に伝えることに意義があるように、重要なデータを可視化して広く伝えることにも意義があると考えている。ただ、記事(この場合は文章)がないコンテンツ、オピニオンがないコンテンツ、あるいは独自情報がないコンテンツは日本において「報道」と見なされにくい。これが日本においてデータ報道が進まない要因のひとつだと推測できる。

そのためか、日本でデータ報道やデータ可視化の話をすると、「報道の話」ではなく「ビジネスの話」として捉えられることが多い。「データ報道はマネタイズできるのか」「データ可視化でページビューは取れるのか」「SEOの役に立つのか」「サブスクの新規獲得に貢献するか」などなど。色々と話を聞くと「興味はあるがコストもかかるし数字が取れないならちょっと…」というケースも多い。

たしかにデータ報道やデータ可視化を進めることは短期的には利益になりにくい(短期的な利益を確保しようとすると、どうしたって煽りの入るセンセーショナルなコンテンツになる)が、中長期的には読者が必要としている情報ニーズを満たし、最終的には報道機関の全社的なDXを助けるものであると考えている。これだけデータがあふれる現代社会においては「報道」という料理店の定番メニューとして追加してもよいのではないだろうか(もちろん従来の「人」への取材が報道において重要であり続けることは当然だが)。

とはいえ、状況は少しずつ変わっている。最近では記者・エンジニア・デザイナーがチームになってデータ報道を行う事例も増えているし、決してリソースが潤沢とは言えない地方紙にあっても、自分でコードを書いて(!)データを分析する記者も増えつつある。僕はとにかく面白いデータ可視化やデータ報道を見るのが大好きなので、この流れがもっと続いてくれればよいと思っているし、そのための協力は出来る限りするつもりです。

最後に自分の仕事の紹介ですが、現在はGoogleのNews Labという部門で報道機関や大学向けにデジタルスキルのトレーニングを行っています。FlourishやDatawrapper、Google Earthといったデータ可視化ツールの使い方やGoogle / Twitterの高度な検索、スプレッドシートを使ったウェブサイトの情報取得など、レクチャーでもワークショップ形式でも受け付けています。いずれも無償です。Googleのお金で全国に旅行したい日本のデータ報道にぜひ貢献したいと思っているので、興味のある方はご連絡ください。

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