吹雪

遭難ストーリーからの教訓


栄治は途中、崖から滑り脚を骨折してしまい、直樹の肩にもたれかかっている。直樹の介抱なしには全く動けない状態だ。

激しい吹雪に見舞われ、遭難してしまったと気付くのに、そう時間はかからなかった。悟と直樹と栄治の3人は途方に暮れてしまった。

「俺たちはどうすればいいんだ!」

栄治の影響で足取りが重いため、痺れを切らした悟が二人に向かって怒鳴った。もう3時間以上も蛇足を踏んでいる。あと数時間もすれば日も暮れてしまう。3人の生存確率も刻一刻と低くなっていく。

「どうするって言われても…」

直樹がそう答えた。栄治は黙ったままうつむいていた。

「もう我慢できない、俺はお前たちを置いて先に救難を求めに急ぐ。そうすればお前たちも必ず助かるはずだ。」

悟の発言に対し、二人は動揺した。


このまま栄治と取り残されれば俺の命も危険だ。

直樹は直感的にそう考えた。悟と別れることは、二人の「死」を意味する。その瞬間、直樹には悪寒が走った。栄治と取り残される事に対する恐怖に、彼はこれまでにないほど怯えていた。

とっさに直樹は、

「待ってくれ、下山の時刻はとっくに過ぎている。救難が来てくれるはずだ。体力を温存するためにも待った方がいい。」

と言った。すると悟がさらに怒り口調で言い返した。

「だいたい栄治が怪我をするからだ!あれだけ気を付けろと言ったはずなのに、その忠告も守らなかった。だから怪我をしたんだ。今の俺達の現状は、全て栄治のせいなんだ!」

栄治はずっと黙っている。続けて悟は言い放った。

「俺は何が何でも生き残る。こんな場面で死んでたまるか。だから俺はお前たちを置いて先に進む。運が良ければ、お前達にも救難が来るはずだ。直樹、お前が何を言おうと俺は先に行く、分かったな。」

直樹はすがるように、

「待ってくれ!俺達を見殺しにするのか?そもそも登山ルートを間違えたお前にも問題があるんじゃないのか?栄治の怪我もそのせいでもある。だから3人で生存できる方法を考えよう!」

と言った。だが、悟の決心は堅かった。悟は何も言わずに、前を向いた。

「待ってくれ!待ってくれよ!」

直樹の叫びも空しく、吹雪のせいで悟の姿が見えなくなった。


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「俺のせいで…」

栄治が申し訳なさそうに言った。体力も随分落ち、直樹の支えなしには、立つこともままならなかった。

「いや、お前の怪我は仕方ないよ。気にしないでくれ。それより、これからどうすれば良いか…」

直樹は悩んでいた。栄治を抱えたままのスピードでは到底日没に間に合わない。日が暮れてしまえば、凍死の可能性が極めて高まる。かといって栄治を置いていく事もできない。

猛吹雪の中、二人はしばらく呆然とした。

しばらくして、直樹が言った。

「とにかく前に進もう。悟が無事に下山し、救援が来てくれるかもしれない。」

二人は歩みを進める事にした。幸い吹雪が和らぎ、先の見通しも若干良くなった。それでも時間との闘いは予断を許さない。日没に間に合わなければ、どうにかして一夜を明かす方法を考えなければならない。残された時間はそれほど多くない状況の中だが、直樹の頭はなぜか冷静さを取り戻した。


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1時間は歩いただろうか。栄治を抱えた直樹の体力も限界に近い。それでも直樹は気力を振り絞り、歩みを止めることはなかった。

『なんとしてでも栄治を無事に連れて帰る』

直樹は鬼気迫る思いで歩みを進めていた。


その矢先の出来事だった。


50mほど先に、雪に覆われかけた「妙な物体」がある事に二人は気が付いた。どこかで見覚えのある色だ。恐る恐る近づいた二人は、驚愕の事実を目の当たりにした。







直樹は覆われた雪を払った。

「妙な物体」の正体は、既に動かなくなった悟だった。凍死した悟だった。


その瞬間、直樹は悟った。

栄治によって自分が守られていたことを。


栄治の体温によって、凍死から免れていたことを。栄治が体温を共有してくれたおかげだという事を…




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「あなた」は何を感じましたか?

極めて大切な教訓が含まれている気が、僕にはするのです。


おわり

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