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サくら&りんゴ #80 カーディナルの呼び声

日本に帰国する直前、レノアとスタバで会った。
(そうなの、カナダ湖畔の田舎町にもスターバックスあるんです)

約束の時間より早めに来た私は、スマホに入っているワクチン証明とそれから運転免許証を見せてテーブルに着いて待つ。
約束の時間きっかりに彼女は現れて、太陽のような笑顔を見せてくれた。

レノアと初めて会ったのは、私がお手伝いに入っていたモンテソーリプリスクールでのこと。
彼女は小学校の先生を辞め、臨時の先生としてそこで働いていた。

何がきっかけだったろう、夫が営んでいたオーガニックコットンの会社の手伝いに、湖畔の家にも来るようになった。

そして夫が亡くなり、世の中がロックダウンになった時、ヨガクラスに誘ってくれたのが彼女だった。それは日本で言えば公民館で行われている町の活動で、感染症が広がってからはオンラインクラスとなり、ロックダウンの間は無料で受けることができた。
そんな明るい笑顔の彼女も、昨年私と同じ時期に母を失い、数か月前には叔母を失くしていた。どちらも高齢だったとはいえ、ふたりの身近で生活していた彼女にとってその喪失感は大きいに違いなかった。

たわいもない話をした後彼女は、トートバッグの中から小さな包みをテーブルの上に置いた。

カフェの光に反射するプラスティックの袋。
顔を近づけて見ると小さなカーディナルがいる。

あなたも大事な人たちを失くしたでしょう。私はほらここに。

クリーム色のシャツの胸元に、カーディナルのピンが刺さっていた。
彼女の桜色の指先が、そっと赤い鳥の輪郭をなぞる。

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Cardinals appear when angels are near

ピンの台紙にそう記されていた。

カーディナルを見かけたらそれはエンジェルがそばにいるサイン。

彼女は私と夫の“キュウリの花”の話も知っていたので、私は思わず涙ぐみそうになる。

夫と出会うまで、そしてモンテソーリ教師の資格を取る勉強をするまで、私はエンジェルというものの存在に気を留めたことがなかった。東京の国立博物館で見たレオナルドダビンチの受胎告知、天使ガブリエルは大きなインパクトがあったけれど。

私が今になってようやく理解できるようになったエンジェルとはつまり、目に見えない物の存在。

亡くなった愛する人たちのそばにいつもいられるように、エンジェルが守ってくれるように、胸元にカーディナルのピンを刺すのはどう?

そんなような彼女の気持ちの寄り添いに、心がぽっと暖かくなる。


小学四年生くらいの時だったか母に

死んだらどうなるの?

そう聞いたことがあった。

なーんもあらへん

そんな風に現実的に答える母に育てられて、私は心の中で何か違和感を持ち続けていたのだと思う。
母や姉と違って私は現実的に見えている事より感情や感覚優位で、はっきりと言葉に表すことができない、そこに見えているもの以外の事をもっと彼女たちと共有したかったのだと思う。
そんなこと自分でも気づいていなかったけれど。

ああ、そう言うことだったか
目に見えない物の存在とは
私が共有したかったことはこれだったか

そう気づいたのは夫が亡くなってからの事である。
私は母の教え通り、いつもいつも目の前に見えていることだけにとらわれて、夫はきっと呆れていたに違いない。

夫の心にいたエンジェルも
私たちがかつて新潟に住んでいたという話も
それはただの夫の妄想ではなくて
何かしら目に見えない物の存在を
夫なりに確信していたのだと

今ならわかる


強制隔離ホテルの窓の外が明るくなってきた
日本は今何時だろう
つい癖でそう考えて可笑しくなる
もう時差の計算しなくていいんだった

ホテルとビルの谷間を
草色の山手線が走っていく
新幹線がやって来る
反対側からもやって来て
流線形の車体がすれ違う
次は空色の京浜東北線
そしてすぐまた山手線

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ドアをノックする音がした
強制隔離ホテル退出前のPCR検査だ

ああ長い旅だったね
ほうっと息をついて私は
胸元のカーディナルを触る


ヘッダー写真は湖畔にやって来た今年6月のカーディナル。
誰かをしきりに呼んでいる。



日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。