見出し画像

Dual Residence:サくら&りんゴ #23

部屋の半分が湖になった

ペンキ塗りが終わった
リビングルームの北側の壁
色はMystic harbor (ミスティックハーバー)
素敵な名前の水色である
もちろん名前で選んだわけではない
何日ものあいだ、朝も昼も夕方も湖の色を見て
東の窓から見える湖がそのまま壁に続くようにと探した
レイクシムコーの色である


壁塗りを頼んだのは近所のペンキ屋さん。40代半ばのシングルマザー。
実は私が東京に居る間にいざこざがあったあの彼女である。
住む場所がないので、私が東京に居る間だけ息子と一緒に家に住まわせてくれと言ってきた。その代わり壁のペンキ塗りをすると。まだ建築中の湖畔の家である。
つまりタダで住む代わり仕事します、というわけだ。
食事代払えないので皿洗いしますというのは、旅の途中金欠になったユースホステルに宿泊する若者の話だとばかり思っていた。

見ず知らずの人や、ただの知り合いだったら断じてNOであった。しかし彼女の実家はうちから道を渡ったはす向かいで、私は彼女の両親や姉も知っている。知っているどころか、実家に戻らず彼女が息子とホームレスになるいきさつも、母から詳しく聞いている。
一方でその母の話から、彼女が住むと何か予期せぬことが起こるかもしれないという考えがよぎってはいた。しかし以前頼んだ南側の壁のペンキ塗りはきちんとした出来栄えで、価格もお手ごろ。私に対しては何の問題もなかったし、なにより7歳の男の子がお母さんと一緒に住まいを転々とする事に心が痛んだ。私がカナダにいない間の郵便物の管理や地下の排水を定期的に誰かに頼む必要があったので、彼女に住んでもらうのは私にはむしろ都合がよかった。

彼女たちは、私が東京に居る4か月、この湖畔の家に住むことになった。いくつか使用上の注意点と、靴は脱ぐこと、no smoking, マリファナも含めて、そしてまだあちこちに建築用材が残っていて危ないので、息子の友達を呼ばないことと言って 私は東京に飛び立った。

手ごろなアパートメントを近所で見つけたから、ひと月早く家を出ると言ってきたのは3か月目に入ったころであったか。
残りひと月分としての作業は残すので、続きをしてほしい場合はその分の支払いをしてくれとあった。住んでいない以上それはもっともで、できていない分は残しおいてくれ、カナダに戻ってから続きをやってもらうかどうかを決めると返信した。いったいどの範囲で作業が終わって、どんな出来栄えなのか想像もつかなかったのである。作業が終わったらその都度写真を撮って送ってくれと言ってあったのに、送ってきたのは寝室の壁を塗り終えたその写真1枚だけであった。

しかし彼女たちが家を出て、とりあえずは終わったはずであった。

問題のメッセンジャーは真夜中に突然、東京に届いた。
彼女たちが湖畔の家を出て、ひと月以上たってからのことである。

私、損していると思うの

始めは何の事かわからなかった。

あなたに強く言われて、あれもこれもやったの。

あれもこれもって?
何ができるか決めたのはあなたでしょう?それにそもそもペンキ塗りするから住まわせてくれと言ったのはあなたの方じゃない。

なんだかわけがわからないまま、メッセンジャーでの口論が、夜中に繰り広げられたのである。そして
もうあなたのところでは働かないから。続きはだれか違う人を見つけたら?Good luck

と終わっていた。


私はすぐ彼女の母にメッセンジャーを送った。
彼女に何かあったのかと。
すると
私に高額な金額を要求されたと言ってきている と言うのである。

は?

つまり、ここに住む間、例えば家賃、光熱費、インターネット代 それらを含めて、だいたいこんな金額になるだろうから、その範囲でできる作業をやってくれと私は言ったのだ。それを高額請求とは。
作業の選択は彼女の手にゆだねられていて
自分ながらなんと優しい申し出!と思っていたのに。
そして、もしもの時のためにちゃんと数字も書いて渡しておいた。
私はただ、出来上がった後で値段が余計にかかったから、うん数十万円払えと提示されるのを避けたかったのである。こちらはこちらで、この地の相場を知らないから、日本の感覚、それも東京の価格で考えると、何でも安く思えてしまいそうで注意が必要と用心していた。しかしいくら東京価格であったとしても、4か月タダで住んでリビングの片面壁塗りだけなんてことはないだろうと見積もりはできた。
リビングルーム、寝室、そしてもう一つの部屋の壁塗りはできるかなと思っていたら、壁の開いた部分にドライウォールを入れることや、ドアを5つインストールすることもできると言ったのは彼女の方である。私はドアのインストール等考えてもいなかったが、滞在中にやってくれるならラッキー。私が支払わなくていい範囲でと確かめた。いったいそのそれぞれにどれくらいのコストがかかるのか私には皆目見当がつかなかったのだ。
この範囲で出来ることをやって。あなたに任せるから。
だからある意味私は彼女の言いなりにしたのである。なんと寛容な事か!
ところがである。
彼女は、彼女たち親子に行き場がないと知った私がそれを利用して不当な高額を提示したと言ってきたのだ。それに見合うようにしようとたくさんやり過ぎたと、あとで感じたらしい。

は?

である。まったく。

そんなこんながあったので、カナダに戻って隔離が終わると真っ先に彼女に来てもらって話をした。
メッセンジャーでひどいことを言っていた彼女であるが、ある意味夫のおかげで私は、こういった口論に慣らされていたのである。つまり、日本語ならひどく頭に来ていたかもしれない言葉も、英語であると今ひとつピンとこないという経験から、口論の時に出てくる言葉なんて、たいして意味がないと思っているのである。
お互いのmisunderstanding、思い違い、ということに落ち着かせ、やり終えたかったリビングルームの壁塗りを頼んだ。まったくもって彼女は、もともと私が話していない作業ばかりして、一番にやってほしかった壁のペンキ塗りを終えていなかったのである。
一応私も謙虚に、理解できていなかったり聞き逃した英語があったのではないかと思っている。この地にいて何か不都合があると、私英語ちゃんと分かっていなかったかな?と言う自責の念が真っ先に来て、いつもそれとの戦いなのだ。

もちろん、その作業については支払いをすると私は言った。

彼女はわかったと答えた。

さらに私は、向かいの実家に散歩の帰りに立ち寄って、何気ないおしゃべりのついでに、彼女が急に怒りだしたことなどをさりげなく、でもきっちり母親に伝えておいた。彼女が私の悪口を言っているであろうことを容易に想像できたからである。母は娘の問題をわかっていたので、私の説明をすんなり理解してくれた。

そんないきさつがあったが、彼女は二日かけて、北側の壁と夫の寝室、もといオフィスの壁を塗ってくれた。
丁寧に作業をしてくれた。
速攻、e トランスファーで支払いを済ませ、それで彼女との関係はやれやれ無事終わった。

と思っていたら、もうひとつ残っていた。
彼女がここに住んでいる間に、ライブラリーに置いてあるテーブルを勝手に動かし、それが元に戻せなくなったのである。なんせ搬入するために男4人呼んだと夫が言っていたくらい重い、御影石のテーブルトップである。床に座る高さの和式テーブルで、木製の組み立て式の足は夫が作ったものである。いったいこのテーブルをどうやって動かしたのか、足の部分が分解されて使えない状態になってしまっている。
私は東京で習い始めていた習字をこちらで練習しようと、そのセットを持ってきていたのにちっとも始められないでいた。

画像1

日本人的感覚から言うと
こういう理由でテーブルが使えない状態になってしまった。
まずは勝手に動かしてしまったことを詫びて、こういう方法で元に戻すからと伝えてくるべき事である。

しかし彼女は、私が聞くまでそのテーブルの事は一切触れず、聞くと、ライブラリーのガラスドアのかぎが閉まらなかったから(私のせい?そして実際はちゃんと施錠できる)防犯のためにそのテーブルでドアが開かないようにしようと思った、とのことである。
理由は分かったから元に戻してほしいというと
ひどく重いから、むやみに動かすと怪我をすると言う。
もちろん重いのはわかっている。むしろ動かせたのが驚愕である。しかしこれでは私が使うことができないから、何とかしてくれと言う。
分かったと言ってひと月以上何もない。
しびれを切らして、
あなたがペンキ塗りに来ている間に、誰か手伝える人に来てもらってくれる?というと
知り合いは日中働いているから来れないという。
パパと私じゃ無理だし。
(もちろんそうでしょう!)

自分が動かしたものは自分で戻しなさい!
と大声で叫ぶところを、

じゃあ、週末でもいいから、
あなたが誰かに頼んで、日が決まったら私に伝えて

とやんわりいう。

彼女は分かった連絡するからと、ペンキ道具を車に積んで去って行った。

さて一体いつガタイのいい男たちを連れてくるのか?でも都合がついたとしても彼女の事だから彼らに、これは私のせいで自分には関係がないように伝えそうである。
彼女が勝手に動かしたおかげで元に戻せず、私が迷惑していることを強調しなければならないと、今から考えている。
なんせ、ついうっかり日本人らしく、
私のためにわざわざ来てもらってすみませんとか、
彼女にも、戻してくれてありがとうなんて、私のせいのように言ってしまいそうなのである。日本にいるならそう私が言ったとしても相手は、いやいや悪いのはこちらで、ご迷惑かけて申し訳ありませんでした。あの、これつまらない物ですが。。。なんていう具合に進むはずである、ご近所なら特に。

ところが彼女って決してごめんなさいって言わないんだなあと思いつつ
リビングの壁を見る
薄っすら曇っている今日の湖は
まさにMystic Harbor色である
Amazonで買った安い
シャンパン色のボイルのカーテンが
湖風に揺れている。
夫と一緒にいたこの湖畔の家は
こうやって少しずつ
新しいストーリーに塗り替えられていく

画像2


日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。