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東京23区の小さな田んぼを取材して3年、訪れた奇跡の1日

一昨年前に、足立区の水田を営む農家さんを取材させていただいた。もともと、SNSで「足立区唯一の水田」と紹介されていた投稿を見て、関心を持ったのが取材のきっかけだった。

初めて田んぼを訪れた際の写真。

詳しい場所は示されていなかったので、ネットで調べながら、なんとかその場所にたどり着いた。田植えを終えたばかりの時期で、住宅街の真ん中で、2枚の小さい田んぼに、青々と稲が実っている光景を写真に収めた。

取材をさせていただいてからも、この田んぼの存在や、農家の小宮さんの人柄になんとなく惹かれるものがあって、こちらからお願いして現在まで継続的にお付き合いをさせていただいている。

田植えや、稲刈りなど、ことあるごとに足を運び、写真を撮ったり、お話を聞いたり。その度に、農家さんの親子は快く受け入れてくださり、帰り際には何かしらの作物も毎回いただいてしまい、ありがたいやら、申し訳ないやら。

祖父が子どもたちのために購入してくれたという大事なコンバイン。

昨年夏には梅干しを大量にいただき、人生初の梅干しづくり、梅ジュースづくり、梅酒づくりに挑戦。冬には田んぼのお米で作った玄米餅をいただいて、これが本当においしかった。友人知人にもシェアしたのだが、みんなから「おいしい」と言っていただけたのが、なぜか我がことのように誇らしく、嬉しかった。

梅の収穫は田植えの時期のご褒美だ。
田んぼで育ったお米を使った玄米もち。しみじみと美味しかった。

2023年。今年の田んぼはどうなるだろうかと思っていた頃に、小宮さんから「今年数年ぶりに田植えの体験授業があるから見学に来ませんか」とお誘いがあった。祖父の代から小学校を受け入れての田植え体験を行っていて、その任は小宮さんが受け継いだが、コロナ禍で数年実施されていなかった。その田植え体験が久々に復活したのだ。

カメラに向かって苗を得意げに見せてくる子どもたち。
近所の保育園?の子たちが散歩中に田植えの遭遇し、珍しそうに見学する。
長年、田植えの手伝いをされているベテランさん。石川県出身で田植えの経験者。

都会の子どもたちにとって、田んぼに入る体験なんて相当珍しいのではないかと思ったが、ひとたび泥の中に足を踏み入れるとワーキャーワーキャーと物おじすることなくはしゃいでいる。

なかにはわざと田んぼの中で転んでみおどけてみる子や、「もっとやりたい」と苗を持って何度も田の中に入っていく子もいる。この子たちをまとめる先生や、農家さんは大変だろうが、子どもたちの田んぼに対する積極性はやや意外の感があった。

翌日、田んぼには小学校の先生たちの姿があった。田植えは一日で終わる予定だったのだが、子どもたちの作業がうまく捗らず、なんと田植えは翌日へと持ち越しになってしまったのだ。そこで、責任を感じた先生たちが自主的に田植え要員として名乗り出て、仕事の合間に駆けつけてくれたらしい。

先生たち、頑張る。

田植えは初体験ということだが、猛烈な勢いで苗を植えていく先生方。私が到着した頃には、予定していた面積の3/4ほどの田植えを短時間で終わらせてしまった。

時間制限を迎え、先生たちが去る頃、見知らずお客さんが田んぼの見学にやってきた。YAESU COFFEEというコーヒースタンドを経営されている方が、この田んぼの噂を聞きつけて見学をしにきたのだ。

しばらくすると、さらに4人の小学生が自転車に乗って田んぼに駆けつけた。そのうち3人は昨日田植え体験をした子たちで、昨日の田植えが随分楽しかったのか、また田植えがしたいという農家さんに直談判する。「お母さんに許可をもらったので、田植えをしても良いですか?」と、律儀に頭を下げる姿がかわいい。

農家さんが投げた苗をキャッチする子どもたち。

4人の子どもたちがはしゃぎながら田植えをしてると、その姿を生垣から眺めている2人の子がいる。一緒に田植えをしたいのかと思いきや、「ボールが田んぼの中に入っちゃったから、拾いに入っても良いですか?」とのこと。農家さんは、嫌な顔もせず、子どもを招き入れ、一緒に球探しをする。しかし、友だちの一人は早々に帰ってしまい、残った一人は熱心に田んぼでヤゴを探し始めた。球探しは一種の口実で、彼は本当はこの田んぼで虫取りをしたかったのではないだろうか。

子どもたちが田植えをしていると、今度はその親が様子を見に、田んぼにやってくる。そんな感じで、都会の田んぼには、人がひっきりなしに訪れて、ずいぶんとにぎやかな感じになってくる。例年はコンバインと、小学生の田植え体験授業でほとんど作業を終えてしまうため、農家さんも「こんな田植えは初めてですよ……」と、驚きを隠せない。

カルガモのつがいもやってきた。昨日の田植え体験の際にもどこからともなくやってきて、スイスイと田んぼを泳いでいた。

昨日に引き続き、中国人留学生の女の子も田んぼに来ていた。都内の某大学でドキュメンターについて学んでいるようで、彼女は昨年、大学の課題として、この田んぼのことを取材した映像を制作した。その後も日本の林業について取材したり、東京湾の海苔養殖についてリサーチを進めたりと、「環境問題」を軸に意欲的にフィールドワークを続けている。

「中国はいま発展途上で、街の風景がものすごいスピードで変化している。一方、国が農業に力を入れて補助金を出しているので、農業を始める若者も多い」と、隣国のお国事情も教えてもらった。

終盤になって、足立区に住んでいる友人の鈴木さんも田んぼに駆けつける。田植え経験者ということもあり、ものすごい馬力で残りの田植えを済ませてくれた。

田植え後に、農家さんの梅畑で梅の採取をさせてもらっていると、先ほど田んぼでタガメとりをしていた子の親御さんがやってきた。梅の収穫を手伝いたいという申し出があったらしく、さっそく翌日から手伝いに来てくれることになったらしい。農家のお母さんによると、ご近所さんながらこれまで会話をしたことはなく、この日、男の子がタガメを田んぼに取りに来たことをきっかけに急に交流が生まれ、とんとん拍子で話が進んでいたらしい。これまた、田んぼから始まった思いもがけない出来事だ。

帰宅後、農家さんから送られてきたメールに「ドラマチックな一日でしたね」という言葉が添えてあった。まさに「ドラマチック」という言葉が相応しいスペシャルな一日だった。

この都会の小さな田んぼには、人が来る、虫が来る、動物が来る、いろいろなものが引き寄せられてやって来る。その生き物たちが、生命のスープともいうべき、田んぼの泥水の中でたわむれる。やがて、その場所からはすくすくと稲が生えて、秋にはたくさんのお米が実る。さまざまな生命が、生命として等しくそこにあり、混沌としているイメージが、なぜか僕にとってはすごく心地よく感じられるのだ。

みんなで植えた苗。今年のお米の出来具合はどうなるだろうか。秋の収穫が、いまから待ち遠しい。


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