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中森明菜「駅」

「駅」 作詞、作曲:竹内まりや 編曲:椎名和夫

1986年12月24日発売のアルバム「CRIMSON」に収録された曲。
竹内まりやが1987年8月12日に発売した
オリジナルアルバム「REQUEST」においてセルフカバーしたところ、有線等で大ヒット。
竹内まりやのオリジナル曲と思われがちだが、
彼女が「CRIMSON」への楽曲提供を受けた際に、
中森明菜をイメージして作った、中森明菜の曲である。

竹内まりやご本人が、
過去に他の歌手に提供した曲を集めた新作「Mariya's Songbook」を発売。
その曲のライナーノートを読んだことで
長年の胸のつかえがとれたこともあって、
今回この曲について解説することにした。

この曲は、竹内まりや氏のご主人である山下達郎氏が、氏の持っていた本作の解釈とのあまりの違いに憤慨した、と
後年発売された彼女のベストアルバム
「Impressions」のライナーノーツに書かれていたことから、
多くの明菜ファンの中で物議を醸しだした一曲である。

僕は、明菜ヴァージョンも、まりやヴァージョンも、どちらも好きだ。

まりやヴァージョンのほうは、やまたつさんのプロデュースなだけあって、
ゴージャスかつ繊細なアレンジ。
彼女の低音域だが伸びやかでクリアーな歌声も相まって、ドラマティックさが際立つ。
過去を一瞬振り返りながらも、現在を生きて行こうという、
渋谷駅の雑踏の中で主人公が力強く一歩を踏み出す姿が目に浮かぶ、名曲。

一方の明菜ヴァージョンは、
ストリングスと鍵盤楽器をメインとした非常にシンプルで優しいアレンジ。
全編に渡って主人公の未練が痛いくらいに伝わる。
歌い手としてはまだ未完成ながらも、その思いを必死に伝えるべく、
囁くように、呟くように全力で表現しようとする明菜の歌唱。
騒がしい渋谷駅を出て、雑踏をかき分けながら、
冬の厳しい寒さに心も凍えながら歩く姿が目に浮かぶ、
都会に生きる者がふと感じる、
都会の冷たささえ伝わる、寂しげな雰囲気が漂う曲。
これもまた名曲だと、僕は思う。

物議の中で一番フォーカスが当たっていた歌詞が、
「私だけ愛してたことも」。
まりやヴァージョンは「(あなたが)私だけ愛してたことも」と聴こえ、
明菜ヴァージョンは「私だけ(が)愛してたことも」と聴こえる、とか。

そう、これが競作の醍醐味。
まりや氏と明菜、同じ女性が歌うのに、
これだけ顕著に、聴く者の受け取るイメージが異なるということは、
まさに、竹内まりやと中森明菜、
お二人のシンガーとしてのインパクトの強さ、
そして類稀なる才能だと思う。

なお中森明菜は、このアルバムの前作「不思議」から、
本格的にアルバム製作においても
自分のコンセプトをしっかりと反映させる、
セルフプロデュース力が抜群のプロデューサーでもある。
物議を醸しだした「CRIMSON」収録の「駅」は、
アルバムのトータルイメージに合わせた歌唱法をしているのだが、
その後(物議が落ち着きをみせた'90年代頃からやっと出てきたのだが)ベストアルバム等でのセルフカバーや、
歌番組・ライブにおいての歌唱(これもまた、'90年代頃からやっと歌いだしてくれた)では、
実年齢にしっくりと合うしっとりとした歌声を聴かせてくれる。
肩の力が抜けた「明菜」の曲に、見事に仕上がっている。

竹内まりや氏は、
「自分で歌うことを全く想定していなかったからこそ出来た楽曲と言えます。」
「私の代表曲の一つになるだろうとは予想もしませんでしたが、それを書かせてくれた明菜ちゃん、本当にありがとう。」
と書いている(「Mariya's Songbook」の「駅」に対するライナーノートから引用)。

周囲で物議が勝手に盛り上がっていようが、それはただの周囲の騒音。
明菜もライブで積極的にこの曲を歌っていることから、
二人の間でこの曲は好意的な想い出の曲として存在し、
それぞれを認め合っているということが
このライナーノーツを読んで分かった。
ご両人とも大好きなシンガーであると思っている僕にとっては、
大変嬉しいことである。

【2024/1/13追記】
2023年5月にラッカーマスターサウンド化して再発された
「CRIMSON+1」に、
当時ディレクターを務められた藤倉克己氏が、
デビュー40周年を記念して本アルバムに寄せた回想記が載っている。

…のちにご本人もセルフカバーされて、今ではスタンダードソングになっていますが、まりやさんが自ら歌ったデモテープがまず素晴らしかった。完成度が高く、そのままリリースできそうなクオリティで、スタッフの間では「これをシングルとして出したらすごいことになるね」と話していたほどです。明菜自身も「完璧で、私が歌うよりもいいと思う」とコメント。だから彼女はまりやさんと同じような歌い方をしなかった。デモテープの世界に寄せたら自分が歌う意味がないという思いがあったのでしょう…

「二代目ディレクター・藤倉克己 制作回想記⑥」より引用

物議は最初から想定済みだった。解釈が違って当然。
竹内まりや、中森明菜両氏の間で共有できる、
両氏にだけしか分からない想いが詰め込まれたのが、
「駅」という曲なのである。

(※この文章は、作者本人が運営していたSSブログ(So-netブログ)から転記し加筆修正したものです。)


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