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ああ、もう!

「素敵ですね」
そんなたった一言を発するのでも、私にとっては物凄く勇気が必要だった。

雨の日に傘を持っていなかったあなたを見て、ラッキー、と思ったけど。
一緒に入るのを想像しただけで、顔が火照ってしまった。
「あの・・・」
そう言って傘を差しだすのが精いっぱいだった。

「私は貴方が好きです」
とてもじゃないけど言葉に出せない私は、何度も気持ちをあの人に伝えるために、間接的なことをたくさんたくさんしてみた。
それこそ、ありとあらゆることを。
それでもいつもあの人はこう言うだけだ。

「ありがとう」

あぁ、もう!
私が欲しいのは、そんな言葉じゃ無いのに。
あの人にはちゃんと言わないと解らないのだろうか。
それとも解っていてそうしているんだろうか。
いや、きっと解っているんだろうな。
ホントはあの人は私を嫌いでは無いけど好きでは無くて、本気で告白されたりしたらとても困るんだって。
だから私には、直接あの人に伝える事が出来ないんだ。
自分で薄々気づいているから、断られるのが怖くて、勇気が出ない。

そしてとうとうあの人が、他の女の人と結婚することになったと、共通の友達から聞いた。
そこまで悲しくは無く、やっぱりね、という程度の感想だったのが、自分でも意外だった。
ただ、次に会うときにどんな顔をしたら良いんだろう?という不安はあった。

その機会はその日のうちにすぐあったが、心配は杞憂だった。
ここでも思いの外冷静に話せたのは、自分が直接気持ちを伝えなかったからかもしれないな、なんて自分を外から眺める余裕もあった。
「おめでとうございます」
そう伝えたらあの人は、背筋を伸ばして真っすぐに私の目を見た。
「ごめんね」

初めてだった。
あの人がそんな態度を取るのは。
これほど真剣な表情をするのも。
こんなに申し訳なさそうにするのも。
ここまで私に向き合うのも、きっと今までになかった。

初めて「ありがとう」では無く「ごめんね」と言った。
そう理解した瞬間に私の目から、ボロボロと涙がこぼれて、あっという間にしゃくりあげつつ泣きじゃくった。
こんなに泣くのは小学生の時以来で、恥ずかしくて止めたかったけど、全然止まらなかった。

あの人がもう一度「ごめんね」と言った時に、私は何だか救われた思いがした。


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