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ある獣医の夢 ~動物病院のカルテ~

「あ、いけない。またあの夢だ。」
半分眠って半分起きている状態で、羽尾先生は自分の胸がクチャクチャになっていく、いつものあの嫌な感じを覚えた。
出来れば起きて逃れたいが、結局眠りが勝ってしまう。
それもすぐに飛び起きる事になるのだが。

大きな手のひらがある。
それは何かを掬いとるように、大きく開いて上に向けられている。
大きく大きく。
それぞれの第一関節が内側を向いて掴み取ろうという構えで、そして五本の指は出来る限り広げられて、相当力が入っているのがわかる。
この手は、何かを掴みたいんだ。
上からひらひらと、降ってくる。
犬が。
チワワだ。
ひらひら、ひらひら。
そうして、指の間をすり抜けて、消えていく。
また、上から振ってくる。
猫が。
三毛猫だ。
ひらひら、ひらひら。
そうして、指の間をする抜けていく。
降ってくる、降ってくる、降ってくる。
ひらひら、ひらひら、ひらひら。
犬が、猫が、兎が、ハムスターが。
みんな、大きく広げた指の間をすり抜けていく。
羽尾先生には、わかっている。
みんな自分が診療した動物だ。
自分の手をすり抜けて、亡くなっていった。

汗まみれになって目が覚める。
獣医として働き始めて、初めて担当のチワワが亡くなった日に、この夢を見た。
チワワが手のひらをすり抜けて落ちて行き、見えなくなった所で目が覚めた。
次に見たのは、猫が亡くなった日だ。
チワワが見えなくなり、三毛猫が見えなくなって、目が覚めた。
次はチワワ、三毛猫、柴犬。
夢は、担当の動物が亡くなるたびに見て、見る度に長くなっている。

羽尾先生が獣医として働き始めて、そろそろ三十年が経とうとしている。

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