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どうぶつが死んだらどうなる? ~動物病院のカルテ~

動物には『安楽死』という選択肢があります。
今の日本では、人がどれほど苦しんでいたとしても、ほとんど治る見込みが無かったとしても、患者さんが「頼むから殺してくれ」と言ったとしても、その人が亡くなるような薬を使うことが許されていません。
この、亡くなるための処置を『安楽死』とか、『尊厳死』と呼びます。

心臓病が末期になり、苦しくて満足に呼吸も出来ない<犬>の安楽死。
健康診断で初期の心臓病を羽尾先生が見つけてから、三年と七カ月が過ぎたところでした。
出来る治療は全てし尽して、あとは手術をするしかない、という段階まできましたが、ご家族は手術を望まなかったのです。
「これ以上はもう可哀そうで見ていられない」
そう切り出された時。
(それも仕方がないか)
羽尾先生は、いつものように絶望的な気持ちになりながらも、「わかりました」と、乾いた声でそう答えました。

安楽死の処置は麻酔をかけるのと似ています。
血管から眠る薬液を注射で入れていきます。
違うのは、麻酔よりもさらに深く眠らせて、呼吸も心臓も止めていくという点です。
左手で温かい<犬>の手を持ち、右手のシリンジから、致死量に達する薬液を、漏れないように血管の中に一定の速度で注入していきます。
呼吸の間隔がゆっくりになりやがて止まるのと、全身が脱力して自らの頭も支えられなくなるのとが、ほとんど同時におきます。
さらに確実にするために、別の種類の薬液も注入します。
後で息を吹き返してしまった、という逸話を何度か聞いたことがあるので慎重かつ完璧に遂行しなければなりません。
30秒ほど待ってから、ライトの光をあてても瞳孔が縮まないことと、聴診器で心臓が動いていないことを確認します。
その頃には、徐々に<犬>が冷たくなっていくのがわかります。
死亡確認。
(自分がこの<犬>を殺した)
羽尾先生はこのことを実感します。

こんな時にいつも、ある話を思い出します。
和尚「お前はいずれウサギやキツネに生まれ変わるぞ」
猟師「どうしてですか?」
和尚「殺生をしたらその生き物にうまれかわるのだ」
猟師「そうなのですか」
和尚「そうだ。それが嫌だったら殺生をやめるのだな」
そこで猟師はおもむろに和尚に銃口を向けました。
和尚「なな・・・、何をするのだ!おかしな真似はやめろ!!」
猟師「オレは坊主に生まれ変わりたいんでね」

自分の来世は犬だろうか?それとも猫だろうか?
本気で生まれ変わりを信じているわけではないのだけど、いつも頭に浮かんでしまうのです。
キリスト教では動物には魂が無い。
仏教は輪廻転生だから人と同列。
以前そんな話を患者さんのご家族にしたら、
(この獣医さん、やばい宗教に勧誘する気では・・・?)
と言いたげな目で見られてから、二度とこの話はするまいと羽尾先生は決めています。
ただ、よく言われるような「どうぶつが亡くなったら虹の橋を渡る」という話は信じてはいません。
もしもそれを信じてしまったら、どこかで治療に妥協してしまう気がするのです。

羽尾先生はどうぶつをなるべく元気で長生きさせようとしている。
時たま安楽死で、本来よりも早く死なせることをしている。
どうぶつが死んだらどうなるのだろう?
そう考えながら。

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