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ジャックは私です。#8

 刑事の折坂は捜査一課の部屋で天野の帰りを待っていた。テレビで報道したことによって新たな事実が分かったのだ。

時計を見た。時刻は丁度十二時半。警官に天野の居場所を尋ねると近所の中華料理屋へ行ったといっていた。

がらりとした部屋の中で一人椅子に座って暇を潰している。

折坂も腹が減ったから持ってきた弁当に箸を入れた。折坂には最近子供が生まれた。親から「二十五までには孫の顔を見せてくれ」とうるさくいわれていた所為か二十二には結婚して二十三歳で子持ちになった。

十二時間ほどかけて彼の妻は元気な男の子を産んだ。血にまみれながら産声を上げる息子を見て彼は涙を流した。

今奥さんは子供を両親に見せるために地元の石川県へ帰省しているから当分の間愛妻弁当はなしだ。後二日はコンビニ弁当で我慢しなきゃなと折坂は思った。

だからこそ今回の事件は許せなかった。まだまだ可能性のある若者を狙って殺害するなど、犯人はきっと人の心を持ち合わせていないに違いない。

ただの精神異常者か、それとも快楽殺人鬼か。どっちにしろ同じだ。とっ捕まえて捌きの下に晒し上げて豚箱にぶち込んでやる。

折坂はそんな決意をこめながら弁当をかき込んだ。

その時天野が帰ってきた。

折坂は出迎える。「天野さん。おかえりなさい。」

「折坂君じゃないか。二課の君がここに来るなんて珍しいね。どうかしたのかい。」

「いやぁそれが意外なことが解りましてね。先の峰田麻里奈殺人事件ですがどうやら東京でも似たような事件が起こっているようなんです。」

「それは本当か!」天野が驚いたような顔をする。

「向こうは報道を控えているようなんですがニュースに流して正解でしたね。」

「あぁ。これが報道の力って奴だ。すぐに向こうと連絡を取る。」

「情報提供ですか?」

「こっちにも話してもらう。」

天野は電話の受話器をとった。

 プルルルルルル。置き電話が音を発する。普段なら誰よりも早く電話を取る間部が外しているから今回は尾身が電話を取る。「はい警視庁中央警察署です。」

「こちらは愛知県警捜査一課の天野刑事です。夏山千恋さん殺人事件の担当の方をお願いします。」

「あー。私が担当です。正確にはもう一人いるんですが今外してまして・・・」

「そうですか・・・それで実は・・・・・」

 妹が死んだ。正確には殺された。喉から出た血が口から流れて失血したそうだ。聞いた話によると刺していた刃物が何らかの衝撃で抜けて、抑えられていた血液が溢れて流血したらしい。

だけど正直悲しくないし犯人が憎くもない。

別に妹が嫌いだったとか目障りだったとかそういう理由ではなく、とあることをきっかけに命を奪うことや人が死ぬことに対しての悲しみや抵抗が無くなったのだ。

それは小学三年生の夏休みだった。今でもはっきりと覚えている。夏山という友達と・・・あと誰だったかな・・・・多分、谷寂という奴だった。谷寂には弟がいて、その弟とも仲が良くてよく一緒に遊んでいた。

その日は谷寂はいなかった。

どっかの廃屋がある裏山を秘密基地にしていて、そこで貸してたゲームを返してもらう約束だった。返してもらうには返してもらったのだがケースを受け取った時少し欠けているのを見つけた。

それに怒った自分が軽く突き飛ばした。

すると、こけて泣き出したのだ。それを見た夏山が何故かキレて殴ったり蹴ったりし始めた。それにつられて自分も殴った。その後逃げようとしたから「謝れよ」と叫びながら思い切り突き飛ばした。

廃屋の窓ガラスに突っ込んでいった。それから二度と動かなかった。

最初死んだとは思わなくて放っておいても大丈夫だろうと思って家に帰った。

その後、もう一度裏山へいった夏山から死んでいたということを教えられたのだ。

「嘘だな」といって夏山を馬鹿にしていたが証拠を見せるとかいって渋々裏山へ行った。窓ガラスが血に濡れているのを見つけた。

その瞬間。二人は怖くなった。体が小刻みに震えた。そしてやっとの思いで絞り出した。「秘密にしよう。」

後日、警察や刑事が家に来て聴取が始まった。遺族には申し訳ないと思っているが直接謝罪したことはなかった。

その後谷寂一家はどこか遠くへ引っ越したらしい。

肩身は狭かった。共働きだった両親も仕事を辞める羽目になった。一家全員が犯罪者という色眼鏡で見られるようになった。

積もり積もって新しい土地で生活しようと、愛知に引っ越してきたのだ。引っ越した時点で罪悪感は消え失せていた。

今も何とも思っていない。というかあれは殺人ではない。単なる事故だったのだ。

自分は悪くない。

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