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ラスボスが高人さんで困ってます!15

しばらく街道沿いを歩いていると、大きな連なる山々が現れてる。迂回はできない。

方位磁針で現在地と目的地の大体の方角を確かめて、太陽の位置を確認して山に入る。

細かく若い木が多く足場が悪い。
むせ返る緑と土の香り。
ギャァギャァと縄張りを荒らされた鳥が鳴きわめく。
 
「驚かしてごめん。俺も飛べたらいいんだけどな。」
鳥に謝りながらそこからその場を離れる。

風の精霊は言霊を間違えると放り出されそうだ。
俺は苦笑し、目の前の鬱蒼と茂る木々をかき分ける。

しばらく歩くと獣道に出て少し足場が良くなった。
方位を確かめながら、先程よりも速い速度で登っていく。
途中何度か魔物に出くわしたが、なるべく戦わずに逃げて追ってくるものだけを退治した。俺がテリトリーに入らなければ平和に暮らせていたはずなのだ。
日も翳り、野宿かと思っていた矢先、枝葉を掻き分けた先にそれは現れた。

「……あった。」
以前高人さんに連れてきて貰った薄く光を放つ泉だ。
俺は無事に見つけられた事にホッとする。
腕で汗を拭い、グローブを外しながら柔らかな草原をサクサクと歩く。
泉の前に膝をつき自分の姿を写し見て苦笑した。

「……思ったより酷いな。」
土埃やら返り血やらで酷い有様だ。
両手で水を掬い顔を洗い、ボサボサになってしまった髪を掻き上げる。

この辺のはずなんだ。もう少し探せばきっと見つかる。
俺は立ち上がり辺りを見渡す。

「ちゅんた…」
声をする方を見ると、ヨロリと歩いてくる高人さんの姿を見つける。
「高人さん!良かったです!」
俺が駆け寄ると、ビクリと怯えたように後ずさる。
その足取りもおぼつかず倒れてしまいそうだ。
「か、帰ってくれ。」
掠れた声で絞り出すように拒絶され、駆け寄る足を止める。

「帰りません。」

「帰れ……っ」

自身の身体を抱いて後ずさる。俺を見てさえくれない。俺はゆっくりと高人さんに近づく。

「高人さん…」
「来るなっ」
嫌々と首を振る高人さんをゆっくりと抱きしめる。・
「ぁっ……っぅ」
甘い声。ほのかに香る甘い花の香り。それとは別の強く惹きつけられる匂いがする。
「……発情期きてたんですね。1人で辛かったでしょう?」
ぎゅっと抱きしめてやると、落ち着いたように身体の力が抜けていくのが分かる。

分かります。安心しますよね。

「……ごめん?発情期中はいつもここに1人で居るんだ。発情期は見境い無くなるから村に居たら迷惑かける……から。」
俺の胸に擦り寄り顔を出さずに言う。

「今は俺が居るじゃないですか。」
宥めるように背を撫でる。
「…………っ――かしい……」
俺の胸に顔を埋めたままだからよく聞こえない。
俺は聞き取れずにきょとんと高人さんを見つめた。

「もう一度お願いします。」

「――っ……恥ずかしいっていってんだよ!」

真っ赤になって俺を見上げた顔はいつもの元気な顔で、俺はホッとして顔が緩む。

「え――。今更じゃないですか?」
そんな高人さんの髪を撫でながら俺は困ったように笑った。
「そういえば、なんで泉に来たんですか?」
「それはこっちも聞きたかった。なんでお前ここに居るんだ。」

なんだか疑うように可愛らしく見上げてくる。
魔法で覗き見していました。なんて言ったら怒られそうだ。
俺はマントの下のポーチを開けて中から地図を取り出した。
「ほら高人さん、これ。」
「ん?地図か…よく見つけたな。」
「これを見てたら、風の精霊が心配して俺に貴方の羽を届けてくれたんです。」
高人さんに、黒い羽を見せる。
「そうか。……心配かけて悪かった……。俺は水浴びに来たんだ。その、気持ち悪くてな。」
恥ずかしそうに言う。
以前言っていた、子供が産める様になったために起こっている身体の変化の事だろう。

俺はその事には触れずに、にこりと笑った。
「俺も、この通り汗と埃と返り血まみれなんですよ。一緒に入りたいです。」
「…お前…歩いてきたのか?お前くらい魔力あれば飛べるだろ。」

…一緒に入りたいアピールは拾ってくれないんですか?
内心しょんぼりする。

「飛行魔法をいきなり試すのは怖くて…。今度練習に付き合ってくれませんか?」
弱気に頼むと、高人さんはフフンと嬉しそうに笑う。
「いいぞ。じゃー帰ったら練習だな。」
ああ、可愛い。元気な姿が見れるのはうれしい。
高人さんが笑顔だと、俺も笑みが溢れる。

「なぁチュン太」
「なんですか?」
高人さんに名前を呼ばれ、きょとんと見つめる。
「あの、あっち向いててほしいんだが。」
恥ずかしそうに高人さんは視線を下げる。俺は本当に何故かわからず、彼を見つめた。
「なんでです?」
「脱ぐからあっち向いてろ!俺がいいって言うまでこっち見んな!」
「は、はいっ」
高人さんにピシャリと怒られてしまった俺は慌てて後ろを向く。

後ろから布ずれの音がする。

しばらくすると、ちゃぷ…っと水に浸かる音。

「いいぞ。」

そろりと泉に目を向けると、高人さんは少し浅めの場所に膝を抱えて座っている。

高人さんは風呂上がりに素肌を見せたりする事は無かったけど、一緒の寝室に眠っている間はイタズラで脱がせて布団の中で遊んでいる事もしばしばあった。

身体なんて今更隠す必要も無いと思うのだけど…。

発情期になると精神的にかなり負担があるのは身をもって体験している。その影響なのかもしれない。

「恥ずかしがり屋さんですね。」
俺は泉の中の高人さんに視線を合わせ、ニコニコと笑う。
「……うるせぇよ」
ふいっと、視線を逸らさられてしまった。

「あの、俺も一緒に入っていいですか!」
「……いいぞ。」
「あはっ!うれしいです。もう身体べったべたで。あ、さっき汗の匂いとか…構わず抱き締めちゃってすみません。」

そう言うと、顔をあらかめて後ろを向いてしまう。
「別に、変な匂いじゃないし大丈夫だった。」

ああ、またそっぽを向かれてしまった。

マントを脱ぐとホルダーを大剣ごと外し、木に立て掛ける。上着を脱ぐと、素肌に風が当たって気持ちいい。
高人さんは俺に背を向けて肩まで浸かっている。
耳まで真っ赤なのがとても可愛らしい。

クスリと笑い、俺は身につけていた衣類を全て脱ぐと、泉に入り身体を洗って埃や血糊を洗い落とす。
然程も疲れてはいないが、久しぶりの山歩きに気は張っていたのでホッとする。

「高人さんも体洗ってあげましょうか?」
さっぱりして濡れた髪をかき上げながら高人さんを見るが、相変わらず浅いところで縮こまってる。
「そんなんじゃ洗えないでしょ?」
隣に座り顔を覗き込むと、ビクリと肩をすくめてしまう。
「こっちみんな。」
不機嫌そうに高人さんは言い放つけれど、言うだけで離れて行かない。

俺が嫌いというわけではないようだけど…。

高人さんは、あの神事の日以来、何かを怖がるように俺を見てくれなくなってしまった。顕著になったのは多分、発情期が来てからだろう。
行為そのものが怖くて俺自体を避けてるんじゃないかなと思っているのだけど。本当の事はわからない。

「高人さん、全然俺のこと見てくれないから、俺が見ないと高人さんの顔見れないでしょう?」
俺はにこにこ笑いながら高人さんの頭を撫でる。
先程から水の中に居るせいか水の精霊の気配が絶えない。
「高人さん精霊がたくさん居る気がするんですけど、何か言ってます?」
「ん?」
高人さんがふいにこちらを見てくれる。

あ、目が合った。
目が合った事が嬉しくて俺はふふっと笑う。
彼はそんな俺を不審げに見つめてくきた。

「な、なんだよ…」
「嬉しいなぁって思って。」
にこにこ嬉しそうにしている俺に呆れたようにため息をつく。
「ったく…。水の精霊な。お前にずっとついて回ってるヤツと、ここに住んでるヤツがお前に興味あるのとでごった返してる。」

そう言うと、高人さんは言霊を紡ぎ、辺りの精霊に呼びかけた。

―波光に揺らめく蒼き清水の精霊達よ。我が魔力を糧にその姿を表し、かの者にその声を聴かせたまえ―

高人さんの言霊の『我が魔力』…というのは、つまり俺の魔力の事だ。

ズンッと体が重くなる。
契約魔法のシェアの効力で俺の魔力が一気に持っていかれる。
「うは…っ」
「お前ならこのくらい余裕だろ。」
フフンと高人さんがイタズラっぽく笑う。
身体の怠さはあるが、確かに大したことない。けれど、高人さんに魔力分けてあげた時よりは消耗した気がする。 

『じゅんた!じゅんた!』
『じゅんただ?みえるの?すごい!』
『なにかする?』
『何かしたい?』
『何でもするよ!』

俺の周りには、青い髪の下半身が魚の形をした精霊や手足に鱗や鰭がついた手のひらサイズの精霊達が沢山現れ、ジッと俺を見つめていた。羽があって飛んでいる者も居れば、水の中からヒョコリと顔を出している者まで、みんなそれぞれ個性があって可愛らしい。
初めて見る精霊に俺は自分でも不思議な程にわくわくしてしまう。
ずっと力を貸してくれていたのに姿が見えない相棒にやっと会えたような感覚かもしれない。

高人さんはそれを見て困ったような、それでいて嬉しそうな顔で俺を眺めている。

「君たちはどんな事ができるの?」
何かしたい?とずっと要求してくるので、聞いてみる事にする。

『水に関わる事全て!』
『温めたり冷やしたり!』
『作ったり育てたり、攻撃したり護ったり!』
『見たり聞いたり巡ったり!』
『映したり消したりも得意!』
『治したり病ませたりもできるよ!』
『じゅんたが魔力をくれたら世界の水を飲めない水にもできるし、溶けちゃう水にもできる。綺麗な水はじゅんただけのもの!じゅんたがおおさま!』

精霊達は楽しげに笑いながら踊っている。

『なにをする?じゅんたの言葉ならなんでもやるよ?』
高人さんは少し険しい顔をしている。
たしかに、精霊達の言っている事は物騒な事も含まれているけど。

「じゃぁ、花を咲かせてほしいな。水中に咲く花をこの泉に咲かせて欲しい。小さくて毒のない安全な花をお願い。」

『わかった!』
『たかとへの贈り物だね?』
『たかとは大切。』
『まかせて!』

そう言うと、精霊達はふっと消えてしまった。

「あれ…高人さん、これ大丈夫ですか?」
俺は困ったように笑い頬を掻く。
「大丈夫だろ。」
なんだかホッとしたように高人さんはまたそっぽを向く。
またこっちを見てくれない。
耳が垂れてしょんぼりしてしまう。

「高人さん、こっち見てほしいです。」
「やだ。」

……むかっ

「わかりました。」
俺は立ち上がると、ひとりで水位の深い場所まで歩いていく。
「お、おい。」
高人さんはびっくりして俺に声を掛けてくれるが、俺は知らん顔だ。

ザブザブ歩いていると急に深くなる。

「わぁ!?」
俺はざぷんッと水に吸い込まれ、水面から姿を消した。
「チュン太!?」
水中なから高人さんの足が慌ててこちらに来る足が見える。この泉は水底が発光しており夜でも真っ暗になる事はない。
深いのはほんの一部の岩の割れ目のみで、そこから泉の水が湧いているようだった。
周りを見渡すと目を見開き水面に上がった。
「ぷはっ!」
「チュン太!おい!大丈夫か!」
心配して手を伸ばしてくる高人さんの手を引っ張り引き寄せる。
「わっ!ちょっ!!」
「高人さん、潜りますよ!」
高人さんを抱き締めたま大きく息を吸い止めると、高人さんも慌てて真似をする。

ザプッと水中を泳いで、目を閉じている高人さんの頬ををツンツンとすると目を開いてこちらを見るので、前方を見ろと指を差す。
そちらに目を向けると、明るい緑の水草がビッシリと草原のように群生し、白く小さな白い花をたくさん咲かせていた。見れば泉の半分以上を水の花が覆っていた。水流にゆらゆらとら揺れる姿はとても幻想的で、いつまでも見ていられる。
高人さんも見入っているようでその横顔が見れただけで嬉しくて微笑む。

そろそろ呼吸がキツくなり、水面に上がる。ほんの少し動けば胸当たりまでの深さだ。
「ぷは!チュン太!綺麗だったな!」
濡れた髪から雫が垂れ、高人さんはそれを掻き上げる。
彼の機嫌がすっかり直っていて、ホッとする。
「やっと高人さんから見てくれましたね。
高人さんはハッとしてまた目を逸らそうとするが、思いとどまり、また俺を見てくれる。それが嬉しくて俺はにこりと笑った。

「なんか、俺、最近変なんだ。お前見るとなんかもう死にそうなくらい胸が苦しくて見てられないんだ。今も、今すぐ逃げ出したいくらい苦しくて……。」

不安げに俺を見上げて目に涙を溜めてる。

情緒不安定になるのも発情期の特徴だ。冷静な時分なら、こうして推察もできるんだな…これで高人さんと俺は喧嘩したのを思い出す。

なるほど。高人さんの心境が分かった気がした。
「大丈夫です。高人さんは変じゃありません。ほら、こうしていたら安心するでしょ?」
俺は高人さんをゆっくり抱き寄せ、顔が見えないように抱き込んだ。ピッタリと高人さんの頬が胸に当たる。
高人さんの身体からは要らない力が抜けて、無意識だろうが擦り寄ってくる。
「……お前の心臓が煩い…。」
素直じゃない高人さんらしい言葉に思わず笑ってしまった。
「あはは。俺だって高人さんの側にいると、こんなにドキドキしちゃうんですよ?同じです。高人さんが変なら、俺はもうずっと前から変になってます。」
高人さんの濡れた髪に口付ける。

ああ、いい香り。うっとりしてしまう。

「そう言えば、確かにお前も変だった。なんだ俺だけじゃなかった。」
「そうですよ。安心できました?」
高人さんの髪をスンスンと嗅ぎながらしながら言う。
「……ちょっとだけ、安心できた。」
高人さんは悔しくそうにそう言うと、スリスリと俺に擦り寄ってくる。

それ、気持ちいいですよね…体温と相手の香りですごく落ち着く。分かります。……わかるけど……。
「良かったです。じゃぁ、そろそろ上がります?」
俺の理性が保つうちに早いところ服を着たい。

「あ、心臓の音が早くなった。」
面白そうに俺の胸に耳を当てている。

「た、高人さん……あの……っ」
ピッタリとくっついてきて、じっと聞き耳をたてている。高人さんの手は俺が逃げないように腰に回されていた。
「チュン太も、こんなになるんだな。あぁでも、発情期の時は、泣くほどだったよな。あの時のお前可愛かった。」

他人事のように話してますが、俺の理性が保たないと貴方も困った事になるんですよ?

「高人さん、ほんとに、もう上がりましょう?」
「なんだ俺と一緒は嫌なのか?」
「いや……一緒にいたいですが……これ以上はちょっと。」
俺は苦笑して言う。高人さんはちょっとつまらなそうにしていた。

「今夜は高人さんと一緒にいてもいいですか?」
「おう。いいぞ。」
返事が早い。心なしか嬉しそうで、俺も嬉しい。

「じゃあ。服着てからくっついてましょう?じゃないと俺が本当に狼になりそうです。」
へにょっと獣耳を畳んで言う。高人さんを支えて、岸の方へ歩いていく。
「チュン太!……あの…っ」
ぐっと足を突っ張って、俺の歩みに抵抗する高人さんを振り返る。
「どうしました?」
高人さんは、真っ赤な顔で、なんだか言いづらそうにしている。
俺はくすっと笑って高人さんに向き直る。
「水の中なら見えないし、ちょっとだけ練習します?」
何をとは言わないけど、彼は頷いてまた俺を見つめてくれた。

ああ、やっぱり大好きだ。
俺は愛しげに彼の頬を撫でた。

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