見出し画像

明け方の夫婦

 

「面倒なことになったな。」上田アキラが苛立ちながら言う。
面倒くさそうな表情で、妻のミサコが一瞥を返した。

「何も殺すことはなかったんじゃないか。」

空は既に白み始め、闇に紛れて行動するには遅すぎる時間だ。
雀の声がいつにも増して鬱陶しく聞こえる。

「奴らはもう、仲間がやられたことに気づいてる。
 お前は知らないだろうが、そういうもんなんだ。
 じきに大勢ここに押し寄せてくるぞ。そしたら…」

ミサコの手はせわしなく動き、口だけを動かしている夫とは対照的だ。
後始末に追われながらも、既に次の行動に向けて準備している。
抗議するかのように、視線だけを夫に向けた。

「…そんな目で見るなよ。俺だって何かしたいが、できないんだ。
 せいぜい出来るのは、お前が危ない目に合わないように助言するぐらいで。
 この前だって、俺がフォローしなかったらお前、
 組織の人間と対立しかねなかったろう。」

アキラは言い訳するばかりで、役に立ちそうにない。
ミサコは時折、わざと大きな音を立てながら後始末を続けた。

「今日だって俺は、こんな時間にこんな場所に来るのはよそうと言ったんだ。
 見てみろ。近くに俺たちの仲間は誰もいないじゃないか。」

 ドンドン!ゥォォオオオオ!!

その時、大勢の足音と叫び声が二人の耳に飛び込んで来た。

「まずい、奴らが来た。すごい数だぞ。どうする、お前がいくら強くても…。
 でも安心しろ、俺は最後までお前を守るからな。死んでもお前を…」


そこでミサコが初めて口を開いた。



「いいから早く、回復かけて。」



今日も上田夫妻のネトゲ生活は平和に過ぎていく。

お読みいただきありがとうございます。 未熟な人生からの学びを人の役に立てたいと思い、言葉を綴っています。サポートいただいたお金は調査・体験・執筆の資金として社会に還元させていただきます。