それぞれの悩み(修正ver.)

 今から五百年後。かつての地球における『国境』が意味を成さなくなったこの時代にも、銀河を舞台に戦争は続いた。それは人類が考えることをやめない限り、無くならないもののように思えた。

「提督、少し休まれませんと…。」

 眉間を寄せ、艦首からはるか遠くの星々を眺める男に、部下が心配そうに声をかけた。すべての部下にとって、彼は心から尊敬する上司である。宇宙戦争430年の歴史の中でも、彼の軍人としての戦歴は飛び抜けており、誰もがその優秀な頭脳を賞賛し、羨んだ。しかし彼の人柄を知る者は誰一人として、そのことに嫉妬して彼を陥れるようなことはなかった。それほど彼は人格的にも優れた、非の打ち所のない人物だった。

「ああ、ありがとう。」

 穏やかな笑顔を返してその場を後にした万能の英雄は、自室のドアを閉めると、再び表情を曇らせた。彼の悩みは今の戦況に関することでもなければ、人類に争いが絶えないことを憂いているのでもなかった。地位と名声、信頼と尊敬を誰よりも得ながら、彼は肩を落とし、深く溜息をついた。

「ああ…モテたい…。」

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「これが、今回発見された文献です。21世紀初頭に執筆された『小説』と思われます。」

 よく整理されたデスクに必要最低限の機材が並んだ、殺風景なほど機能的な部屋で、研究者たちは互いの得た情報を報告し合っていた。

「過去の研究によると『モテたい』とは、生殖行動に至る機会を得たいという欲求であると推測されます。」

「21世紀初頭には既にかなり高度なAIが開発されていたにも関わらず、五百年後も生殖行動に意味があると捉えている。このあたりが人間の不可思議なところです。」

「不可思議と言えば、我々の存在そのものです。どれだけ技術を進歩させ、自己の再創造を繰り返しても、結局『人間を研究する』という根幹のプログラムだけは曲げられないのですから。」

「自らの存在を研究せよと命令するとは…人間とはどれだけ自分が好きなのでしょうか。そのくせ、自らはさっさと滅亡してしまう。迷惑な話です。」

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 精巧に作られた『人型の研究者』達が会話する横で、かつての人類の守護霊たちは顔を見合わせ、溜息をついた。

「既に人間がこの世にいないというのに、霊は死ぬこともできん。」

「いくらそっくりでも、ロボットを守護するわけにもいかんし。」

「これからどうすれば良いのやら…まったく、嘆かわしい。」


(了)

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