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ファミリーという名の支配

中学生になったらSMAPのコンサートに行ってみたいという娘に頼まれて、ジャニーズ事務所所属タレントのファンクラブの総体である「ジャニーズファミリークラブ」に入った時、私はその浮世離れしたルールの数々に驚いた。
入会は郵便振替のみ。
コンサートチケットの申し込みは前払いの抽選制で、外れると手数料を差し引かれた返金額分の振替戻出証書が届く。
送られてくるのは薄いペラペラの会報、それも年4回だったはずが、やがて事前の通知もなく不定期になった。
他の企業を知っている者から見たら、随分な殿様商売だなあ、というのが率直な印象だったが、思えばあの事務所のグループのファンの多くはティーンエイジャーなのだ。

会員でなければコンサートチケットの申し込みはできず、番組協力という観覧のチャンスもない。それも、万一事務局に睨まれてブラックリスト入りでもすれば叶わない。
そんなまことしやかな噂まである。

自身の権力を保つために、ファンの経済力と献身に依存しているにもかかわらず、好きなタレントを応援したいという気持ちを逆手に取り、対価を払ってサービスを受ける権利を持つ顧客の側であるファンが事務所の顔色を窺い、理不尽なやり方も受け入れる。
何かあれば連帯責任とされることで、直接命令されずとも、いつしかファン同士の監視や裁き合いが始まる。
見事なモラルハラスメント構造の完成だ。そんな支配構造の中では、消費者意識など持てるはずもない。

どんなに事務所のやり方に不満があっても、それでもSMAPが活躍できれば、彼らの応援ができればそれでいい、多くのファンが願っていたのは、ただそれだけだっただろう。
けれども結局、事務所はそんなファンのささやかな願いにすら、誠実に向き合おうとはしなかった。

解散しない、という前提で更新手続きを促した直後、お盆休み期間中に行われた電撃的な解散発表。
ファンに送られたのは素っ気ない短文とURLが記されたメール、そして、わずか数日後に届いたハガキ1枚。
報道によれば突然の解散決定だったはずが、そのハガキは、まるで事前に準備されていたかのようだった。
更新のために支払った会費は、入金日から日割り計算で差し引かれた金額のみが返金された。

一方的に「ファミリー」としての忍耐や努力や義務を押し付けられて、今度は一方的に放り出された。
その対応は、良くも悪くもビジネスライクに徹していない。あまりにも人間的な感情が見え隠れしすぎている。一貫して感じられたのは、どういうわけだか、ファンに向けた憎しみや嫌悪に似た何かだ。
それでもなお、彼らは事務所のおかげでここまで来られたのだから、とか、まだ事務所に残っている彼らに迷惑がかかってはいけないからと、自分たちに降りかかった理不尽を耐えたファンも多かった。

ハラスメントの被害者の多くは、はじめは自分が被害者であることを自覚すらできない。どんなに傷つけられても、相手は悪くない、そうされるのは自分に落ち度があったからだと思う。
しかし、それこそが相手から支配されている証だ。

おそらくタレントと経営陣、タレント同士、そして事務所とファンとの間の良い意味での「家族的」な関係性は、この事務所ならではの魅力でもあっただろうし、それが良さとして受け入れられてきた部分もあっただろう。
しかし、そのような関係性を続けるには、事務所はその力量以上の力を持ち過ぎた。
「ファミリー」の名は、いつしか異論を許さず、忍耐や許容や自己犠牲を求める大義名分となった。

今では社会の公器たるメディアにおいても事実上寡占状態である企業の実態に、厳しい目が注がれるのは当然のことだ。
それは、これまでは「家族」として暗黙の内に許容されてきたやり方や価値観が、社会通念に照らしてどうなのかという問題だ。

本来ファンは、紛れもなくお金を出している顧客として企業に対して対等か、それ以上の力を持つ。
もちろん過度なクレームなどは控えるべきだが、少なくとも自分たちの行動と応援しているタレントの仕事に対する事務所の采配とを結びつけ、悪影響を与えることを怖れる構図自体がおかしい。
そもそも芸能事務所は、所属タレントの活躍のために尽力することがその役割であり、もしもそれをしない理由をファンに帰すことがあるとしたら、業務委託契約の観点から言っても大きな不作為にほかならないのだから。
(2022年11月6日一部加筆)


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