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英語ユーザーと辞書

前回は、翻訳者向けの辞書イベントに参加したことをきっかけに、「翻訳と英語学習は違うなぁ」と改めて感じた話をシェアしました。

翻訳者たちの辞書に関する知識、辞書を引く技術、言語に対するこだわりは素晴らしく、一般英語ユーザーがとてもマネできるものではありません。では、英語ユーザーは辞書とどんなふうに付き合っていくとよいのでしょうか。

Kamiya English Coaching の受講生は、少なくとも一度、自分の “調べものスキル” を確認します。実際にわからないことに出くわしたときを利用して、その「わからないこと」に普段どう対応しているかコーチと一緒にたどります。問題が起きたときの自分の考え方のクセを知り、解決のための手段を増やしておくことは、プログラムを卒業して独り立ちした後、特に重要になってきます。

たとえばある映画のセリフなら、そのセリフのどこに引っかかりがあるか、KEC の次元別モデルを使って問題を特定します。辞書が登場するのは、問題が1次元の「語、ボキャブラリー」にある場合です。オンラインセッションの中で画面共有してもらいながら、コーチは受講生が何を使ってどう調べ、調べた後どうしているかチェックします。

というわけで私はたくさんの学習者の調べ方を日常的に見せてもらっているのですが、そういえば私の調べ方を見せる機会はありません。そこで、今回のイベントにあった「辞書引き実演」をヒントに、私の調べ方をご紹介しようと思います。

「辞書引き実演」は、お題に対してみんなで辞書を引く参加型のコーナーでした。画面の中では代表の翻訳者たちが自分の辞書を引き、何を思い、次にどんなアクションをとるか、そのプロセスを報告します。同時にオンラインの参加者もそれぞれに挑戦。私はリアルタイムで参加しながら、他の参加者のつぶやきをツイッターで追っていました。お題はこの文中の "takeaways"。文は許可をいただいて掲載しています。

One of the main takeaways stressed by the panelists was that social media is about conversation, not just dissemination.

Takeaway. In Merriam-Webster.com.

以下、私の調べ方です。翻訳ではなく英語ユーザーの “調べもの” の例です。紙の辞書は持たず、お金をかけず、ウェブ上だけでサクッと済ませたい一般英語ユーザーに参考にしてもらえたらいいなと思っています。数字が大きくなるほど時間や労力が多くかかります。「おまけ」は手軽ですが、ご利用は計画的に。

1. 何もしない

翻訳でこの選択をするのは乱暴ですが、英語ユーザーにとって「辞書を引かない」「調べない」「スルーする」というのはごく普通のことです。一語一語、丁寧に調べる余裕があると素敵ですが、英語ユーザーの暮らす世界はもっとせせこましく、多くは先を急いでいるのです。

この "takeaways" に限って言うと、たまたまですがこれは自分でも使う用法なので、私は何もしません。調べるなら、"dissemination" の方でしょう。でも、たとえ "dissemination" の意味がわからなかったとしても、 "conversation" との対比が明白で文全体の理解に支障がないので、特別な事情がなければスルーして次へ進むと思います。

2. 『英辞郎』で調べる

自分さえわかればOKではなく、「日本語に訳す」など特別な事情がある場合なら、私は『英辞郎 on the WEB』を使います。たとえば英語で読んだ内容を日本の家族や友人に伝えるとき、「これ日本語でなんて言うんだっけ」となったりしますが、そういうとき頼りになるのが『英辞郎』です。

『英辞郎』は辞書ではなくデータベースですが、一般的にはあまり気にしなくてよいでしょう。私は用例をたくさん見たいので月額約300円の有料版を使っていますが、学習者で初めて使うなら無料版でいいと思います。

"takeaway" と入力して検索を押すと、こうなりました。

英辞郎 無料版の「takeaway」

お題の文に合う意味を探しながら目を通し、5番で「あ、そうか。日本語では 『重要な情報』って言うよな」となります。そのうえで、受け手や場の雰囲気に応じてたとえば「大事なポイント」と言い換えるなど表現を工夫することはありますが、直訳でも伝わりそうなら「重要な情報」を採用して終了です。

3.ネット検索する

ここからは、お題の "takeaway" の意味を知らなかったと仮定します。私なら "meaning" か "definition" を付けて Google 先生にお尋ねします。私のパソコンだとこうなります。

「takeaway meaning」Google 検索結果

Oxford Languages による語義が出ました。自分さえわかればOKの場合なら、これの2番を選んで終わりです。日本語に訳す必要がある場合で、訳語が思い当たらなければ、続けて上記2の手順を踏みます。

ちなみにこの結果には、普段の検索活動が影響します。私のブラウザは言語設定が英語で、アメリカのサイトを見ることが多いのでこうなったのだと思います。

4.英語の辞書を引く

お待たせしました。とうとう辞書の出番です。Google 検索でピンと来ない場合や、なにかしらの興味がわいてもっと知りたくなった場合は、英語の辞書を引きます。

ここで私が日本語ではなく英語の辞書を選ぶのには、いくつか理由があります。一つは、英語モノリンガルを含む世界中の英語ユーザーの目に晒されていて信頼性が高いこと。もう一つは、オンライン+無料の辞書でも、英英なら十分に充実していること。詳しくは『翻訳のレッスン』(p. 99) にあるとおりですが、この点は今回のイベントでも繰り返されていました。

「英英辞典の英語が難しすぎる」という場合は、学習者用の辞書を使うと少しハードルが下がります。Learner's dictionary で検索してみてください。

私の場合は、先ほどの検索結果を少しスクロールすると辞書が出てくるので、上から順に入ってみます。

Cambridge Dictionary の「takeaway」
Merriam-Webster の「takeaway」

このへんまで見たら「もういっかな」となりそうです。メジャーな辞書の第一義(先頭に載っている意味)がほぼ同じことを言ってるんですから、信用していいでしょう。でも、念のためもう1つだけ引いてみましょうか。

Collins の「takeaway」

あら?さっきまでとずいぶん様子が違いますね。

ここで重要なのは、[British] という表示に目がとまるかどうかです。言われてみれば他の辞書にも「BRITISH」「mainly US」などと書いてあるのですが、忙しい英語ユーザー、特に辞書に慣れていない人はこれを見落とすことがあります。

もちろん Collins にもアメリカ英語の語義は載っています。しばらく読み進めてみると、こんなのが出てきます。

Collins の「takeaway」の下の方

正直、ここまで我慢して読めるのは少数派だと思います。英語学習者の多くは、辞書を引いても最初の方しか見ないんですよね。この例では「引いても載ってない」と辞書に対する不信感を招いたり、「辞書って難しい」という印象を与えたりする可能性があります。

辞書を引いて迷ったら、出典や前後の文脈が助けになることがあります。Merriam-Webster がアメリカの会社であることや、お題の文を書いた人(Gabe Habash)がアメリカの作家だとわかると、イギリス英語の選択肢は消えます。私はたまたまアメリカ英語に慣れているので、この例では迷子にならずに済みました。日本の英語学習者に「どこの英語を学ぶか、早めに決めた方がいいよ」とお勧めするのは、このためです。

5.英和辞典を引く

学習者に人気の Weblio ではこんな感じでした。

Weblio の「takeaway」

うーむ、むしろ謎が深まりそうですね。少し下まで読むと「《主に英国で用いられる》」が出てきますが、米国の情報は日本語セクションの最後まで行っても見つかりません。だーいぶ頑張ってスクロールを続けると、ここの5番でようやく有効な情報に出会えます。いや、英和引いたのに、英語版かーい。

Weblio の「takeaway」の下の方

もちろん英和辞典を使って学べることはたくさんあります。最初のうちは日本語で意味を確かめた方が安心でしょう。でも、英語を使える人になりたいのなら、英和辞典は自転車の補助輪のようなものです。外した後は行動範囲が広がり、何かと便利でお得なことが増えますよ。

おまけ

ちなみに DeepL ではこんな感じでした。

DeepL の翻訳結果

現場からは以上です。


References
Merriam-Webster. (n.d.). Takeaway. In Merriam-Webster.com dictionary. Retrieved December 20, 2022, from https://www.merriam-webster.com/dictionary/takeaway

高橋さきの, 深井裕美子, 井口耕二, & 高橋聡. (2016). できる翻訳者になるために:プロフェッショナル4人が本気で教える翻訳のレッスン (1st ed.). 講談社.

高橋聡. (2017, March 6). Take-Away, Takeaway. 私家版英語辞典@帽子屋. http://baldhatter.txt-nifty.com/dic/2017/03/take-away-takea.html


Photo by Jonny Gios on Unsplash

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