音羽居士

有名な小説に定番の解釈があります。違った見方もありますが、大勢にかき消されています。私…

音羽居士

有名な小説に定番の解釈があります。違った見方もありますが、大勢にかき消されています。私もYouTubeで、「音羽居士」の名で考えを発表してきましたが、残念ながら塵芥動画となっている状態です。定番の解釈に一矢を報いたく、この場をお借りして私の解釈を発表させていただきます。

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謎解き『杜子春』(1) 大人のための芥川『杜子春』と李復言『杜子春伝』

〈目次〉 1 はじめに 2 芥川『杜子春』のあらすじ 3 芥川『杜子春』の疑問点 4 李復言『杜子春伝』のあらすじ 5 二作品の設定の比較 6 老人が杜子春を援助した理由 7 鉄冠子の謎とその解明(その1) 8 鉄冠子の謎とその解明(その2) 9 大人のための小説『杜子春』 10 現代人のための小説『杜子春伝』 11 終わりに 1 はじめに  今日は、芥川龍之介の童話『杜子春』とその原作である唐代伝奇『杜子春伝』について、お話ししたいと思います。  私が初めて芥川の『杜子春

    • 謎解き『舞姫』⑤(森鷗外)――「一抹の雲」の意味するものは何か――

      (4) 「一抹の雲」の意味するものは何か  帰国する船の中での豊太郎の心情には変化があります。  ――「此の恨は初め一抹の雲の如く我が心を掠めて、瑞西の山色をも見せず、伊太利の古蹟にも心を留めさせず、中頃は世を厭ひ、身をはかなみて、腸日ごとに九廻すともいふべき惨痛をわれに負はせ、今は心の奥に凝り固まりて、一点の翳とのみなりたれど、文読むごとに、物見るごとに、鏡に映る影、声に応ずる響きの如く、限なき懐旧の情を喚び起して、幾度となく我が心を苦しむ。――  この部分で従来から問題視

      • 謎解き『舞姫』④(森鷗外) ――なぜわずかな手切れ金だけでエリスの母は納得したのか――

        (3) なぜわずかな手切れ金だけでエリスの母は納得したのか  これは従来、あまり顧みられなかった観点ではないでしょうか。  豊太郎が欧州を離れる際の様子は、次のように描かれています。 ――大臣に随ひて帰東の途に上ぼりしときは、相沢と議りてエリスが母に微かなる生計を営むに足るほどの資本を与へ、あはれなる狂女の胎内に遺しゝ子の生れむをりの事をも頼みおきぬ。――  豊太郎は、「エリスの母に貧しい生活を続けるための資金を与え、気の毒なエリスが胎内に残した子が生まれる時のことをエリスの

        • 謎解き『舞姫』③(森鷗外)――手記はなぜセイゴンで書かれたのか――

          (2) 手記はなぜセイゴンで書かれたのか  太田豊太郎の手記は、なぜ帰国の船が立ち寄ったセイゴン(サイゴン)で書かれたのでしょうか。  欧州なり、日本なりで書いたのならともかく、なぜセイゴンという「中途半端?」な地で書いたのか。  このことの意味についても、もっと明確にされねばならないでしょう。  一つの説は、「豊太郎はセイゴンでエリスに最終的な訣別を告げた」というものです。  それは、欧州から日本に帰国する航路の最後の立ち寄り地がセイゴンであったからだといいます。  もし

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        謎解き『杜子春』(1) 大人のための芥川『杜子春』と李復言『杜子春伝』

        • 謎解き『舞姫』⑤(森鷗外)――「一抹の雲」の意味するものは何か――

        • 謎解き『舞姫』④(森鷗外) ――なぜわずかな手切れ金だけでエリスの母は納得したのか――

        • 謎解き『舞姫』③(森鷗外)――手記はなぜセイゴンで書かれたのか――

          謎解き『舞姫』②(森鴎外) ――豊太郎はなぜ手記を書き残したのか――

          3 『舞姫』に対する疑問 (1) 豊太郎はなぜ手記を書き残したのか  豊太郎がエリスを捨てたのなら、彼が手記を書き残した理由は何なのでしょう。  いろいろな解釈があります。  例えば「気持ちの整理をつけるため」というもの。  しかし、ブリンヂイシイの港を出てから何度も苦しみに見舞われているのですから、セイゴンで突然気持ちの整理がつくはずがありません。  もちろん「自分の気持ちを書く」という行為そのものに「気持ちを整理する」効果はありますから、こういう考え方もあながち否定できま

          謎解き『舞姫』②(森鴎外) ――豊太郎はなぜ手記を書き残したのか――

          謎解き『舞姫』➀(森鷗外)――豊太郎はエリスとその子を捨てていない――

          〈目次〉 1 はじめに 2 豊太郎はエリスとその子を捨てていない 3 『舞姫』に対する疑問  (1) 豊太郎はなぜ手記を書き残したのか  (2) 手記はなぜセイゴンで書かれたのか  (3) なぜわずかな手切れ金だけでエリスの母は納得したのか  (4) 「一抹の雲」の意味するものは何か 4 疑問に対する解答  (1) 豊太郎が手記を書き残した理由  (2) 手記がセイゴンで書かれた意味  (3) エリスの母が納得した理由  (4) 「一抹の雲」の意味 5 豊太郎が真意を語らなか

          謎解き『舞姫』➀(森鷗外)――豊太郎はエリスとその子を捨てていない――

          再読『バックストローク』(小川洋子)③ ―—最後に灯される光―—

          〈目次〉 10 弟の悲劇とは何か 11 「わたし」の悲劇とは何か 12 最後に灯される光 13 終わりに 10 弟の悲劇とは何か  弟が自死した理由について、前回、私は彼が「精神的にも肉体的にも追いつめられていたから」だと述べました。  しかし、本当のところはわかりません。  弟自身も何が何だかわからなくなって自死したのかもしれないからです。  そもそも、ある人の自死の理由を他人が訳知り顔で、簡約に説明するのはいかがなものか。  頭脳明晰な芥川龍之介でさえ、「ぼんやりとした

          再読『バックストローク』(小川洋子)③ ―—最後に灯される光―—

          再読『バックストローク』(小川洋子)② ――幻影の弟を求める「わたし」――

          〈目次〉 6 十五歳の誕生日を迎えた頃の弟 7 幻影の弟を求める「わたし」 8 自宅のプールは誰が管理したのか 9 弟と訣別する「わたし」 6 十五歳の誕生日を迎えた頃の弟  なぜ弟は十五歳の誕生日に自死してしまったのでしょうか。  それは、弟が精神的にも肉体的にも追いつめられていたからです。  弟の精神は、『スポーツ精神コントロール法』によって母に完全にコントロールされていました。  十四歳で背泳ぎの中学新記録を出しているくらいだから、弟が肉体を酷使していなかったはずがあ

          再読『バックストローク』(小川洋子)② ――幻影の弟を求める「わたし」――

          再読『バックストローク』(小川洋子)① ――弟は十五歳の誕生日に自死した――

          〈目次〉 1 はじめに 2 弟の死は自死である 3 姉はなぜ弟に冷淡であったのか 4 なお残るもどかしさ 5 弟の15歳の誕生日に何があったか 1 はじめに  小川洋子さんの小説『バックストローク』について、以前3つの考察を発表しました。  そこでは多くの謎を解明し得たような口ぶりで『バックストローク』について論じました。  しかし、実を言うと、どうしてもまだ腑に落ちない部分が残っていて、それが私の心の中にずっと蟠っていました。  今回はその「謎解き」に挑戦します。 2 

          再読『バックストローク』(小川洋子)① ――弟は十五歳の誕生日に自死した――

          謎解き『バックストローク』(小川洋子)③ ―「病院」に生きる弟―

          〈目次〉  6 「処刑場」へ行く「わたし」  7 「病院」に生きる弟  8 弟はすでに亡くなっている 6 処刑場へ行く「わたし」  「わたし」が東欧の小さな町のはずれにある強制収容所を訪れたのは、正確には分かりませんが、弟の左腕が抜け落ちてから10年近く経った頃です。  細かいことを言うと、弟が入院して10年、その一年半ほど前に訪れました。  この10年ほどの間も、「わたし」は多くのプールと出会ってきました。  プールを見つけるとつい立ち止まり、あらゆる点について観察します

          謎解き『バックストローク』(小川洋子)③ ―「病院」に生きる弟―

          謎解き『バックストローク』(小川洋子)② -弟の左腕はなぜ抜け落ちたのか-

          〈目次〉 3 弟の左腕  (1) 題名の意味するもの  (2) 遠くを見つめる弟  (3) 弟にとっての母  (4) 「左腕」とは何か 4 「わたし」は弟の理解者か  (1) 「わたし」と母  (2) 「わたし」と弟  (3) 弟が守ろうとしたもの  (4) 弟にとっての姉 3 弟の「左腕」 (1) 題名の意味するもの  小説『バックストローク』で、まず何よりも解明されねばならないのは、「なぜ弟の左腕は挙げたままになったのか」という点でしょう。  手足が麻痺して動かなくなる

          謎解き『バックストローク』(小川洋子)② -弟の左腕はなぜ抜け落ちたのか-

          謎解き『バックストローク』(小川洋子)① -十五の謎-

          〈目次〉 1 はじめに 2 十五の謎 1 はじめに  作家小川洋子さんの『バックストローク』は、高校現代文の教科書にも採録される短編小説です。  幼児の頃からほぼ毎日スイミングスクールに通い、背泳ぎの中学新記録まで作った弟が、十五歳の誕生日の翌日、左腕を挙げたきりになり水泳をやめてしまうという話を、姉である「わたし」の視点から描いた作品です。  自分だけでなく家族すべてを巻き込んで過剰に弟を応援する母と、家族に全く関心を持たないアル中の父、それに唯一の理解者であるかに見える

          謎解き『バックストローク』(小川洋子)① -十五の謎-

          謎解き『江雪』(柳宗元)

          二年前(2022年)の1月21日、河南省鄭州に住む友人が雪景色の写真を送ってきてくれました。 彼の家は黄河のすぐ近くにあり、彼の家を訪れた際、川岸までサイクリングしたこともあります。 写真を見た時、なぜか柳宗元の『江雪』を思い出しました。 (『江雪』は柳宗元が湖南省永州に左遷されていた時の作ですから、黄河とは無関係なのですが。)  江雪  柳宗元 千山鳥飛絶   千山 鳥飛ぶこと絶え 万径人蹤滅   万径 人蹤滅す 孤舟蓑笠翁   孤舟 蓑笠の翁 独釣寒江雪

          謎解き『江雪』(柳宗元)

          謎解き『黒死館殺人事件』(4) 事件経過表

          『黒死館殺人事件』の事件経過を時間軸に沿って表にしました。 〈 〉の数字は角川文庫版『黒死館殺人事件・完全犯罪』の該当ページです。 注意して作成しましたが、誤読やミスもあるかもしれません。 ご了承ください。

          謎解き『黒死館殺人事件』(4) 事件経過表

          謎解き『黒死館殺人事件』(3) すべてを“合理的”に解き明かす

          〈目次〉 13 黙示図は誰が描いたのか 14 ダンネベルグ殺人事件 15 裏庭に残された足跡の謎 16 易介殺人事件 17 津多子はなぜ古代時計室で、昏睡状態で発見されたのか 18 クリヴォフ殺人事件 19 レヴェズ殺人事件 20 伸子殺人事件 21 推理小説『黒死館殺人事件』の価値 22 終わりに  今回は、事件のからくりと真犯人の特定、及び本作品の価値についてお話しします。  読めばおわかりでしょうが、本作品に描かれた犯罪の手口は

          謎解き『黒死館殺人事件』(3) すべてを“合理的”に解き明かす

          謎解き『黒死館殺人事件』(2) 事件の背景を再構築する

          〈目次〉 5 算哲はなぜディグスビイに黒死館の設計を依頼したのか。また、算哲はなぜ完成した黒死館に住もうとしなかったのか 6 ディグスビイはほんとうに死んだのか。また、田郷真斎とは何者か 7 川那部易介とは何者か 8 算哲の人間栽培実験の結果はどうであったのか 9 算哲が遺言書を奇妙な形で残したのはなぜか 10 算哲は自殺したのか 11 紙谷伸子の母は誰か 12 誰が事件を企てたのか 今回から二回に亘って、私の推理した黒死館殺人事件の真相をお話しします。 作品を読むと、湧き

          謎解き『黒死館殺人事件』(2) 事件の背景を再構築する