見出し画像

シティポップは東京で聴け

少し前にNight tempoさんがNewsPIcksの特集で出演されていた時に書いた所感をここに残しておこうかと。

自身もシティポップを生業とし、シティポップが世界で流行した本質を語っていた内容。

山下達郎氏が、以前インタビューで
「当時買ってよ。笑 大変だったんだから。
でも長く残るものを作ろうと常に考えていた。
キンキキッズのプロデュースで当時二人や事務所はその歌を歌うのを怖がっていた。
しかし僕は'君達が50歳になっても歌える歌だ。'と説得したんだよ。」

光を当てた事はいいのではないかと。
ただ当て方やどの場でシーンで起きている事かを見ると、本質の扱われ方は、とても薄いと感じた。

まずシティポップというものがタブーであった。
吉田美奈子さんなどは容認していない。
商業的に成功した事で解禁されたワードだった。

楽曲そのもののクオリティは素晴らしいものもあるが、
どうしても「日本人でもロック、ソウル、AORやブラジリアンフュージョンできるんだ」という欧米に影響受けてしまった楽曲として、自虐し卑下して見ている。欧米史観での「評価」である。

当時のミュージシャン達は素晴らしい面子とミュージシャンシップで録音空間を作り上げていた。それが世界に今届いた。

欧米に対する評価、というものを掲げたのはYMO結成の理由でもある。
その前に内田裕也さん率いるフラワートラベリングバンドもいる。ブレッド&バターや山下達郎も評価意識ではなく海外視野での活動をしていた。

YMOに関してはマーティンデニー、クラフトワークのサンプリングだが、見事に日本のオリジナルに仕上げ世界で売れるものとして達成した。

細野さんの意図は、そもそも欧米史観で物事を見るアジア日本において、日本のマーケットは逆輸入で売れるからという考えだった。敗戦国として致し方ないのだろうか。

しかし、先日上映していた細野さんのUSツアーのドキュメンタリーを見て、「戦後、欧米の文化に思い切り触れ、魅力に浸り、アメリカの音楽にのめり込んだ。それが自分の音楽を作っていった。」と述べていた。

古き良きアメリカの音楽を今のアメリカの観客に細野さんがライブで聴かせる、

観客のアメリカ人はこう言う「自国の音楽がこんなに素敵だったなんて。古い音楽に馴染みないが、改めてアメリカのアイデンティティを考えたよ」と。

果たしてシティポップにこの日本のアイデンティティはあるのか。
今のシティポップ再燃によるアナログのリプレスはほとんどが中国、韓国、欧米向けの再発リリースである。
シティポップだけでなく、昭和歌謡など様々な日本の音楽が世界で「評価」されている。が、まだ日本には知られていない。

高度経済成長からバブル崩壊までの日本の音楽シーンで生まれた作品達、当時泣かず飛ばすのアーティストもいて、消えていった。
シティポップにおいては、
磨いて蘇らせるヒップホップのサンプリング美学はなく、
墓場から掘り出したミイラに光を当ててるだけで弔いの心がない。ここぞとばかりに売りにかかっているのでブームで終わるだろう。

日本に昔から生活に根差し親しまれてきた民謡、小唄、浪曲などなど素晴らしい音楽は沢山あります。
素晴らしい音楽が陽の目を見るとは限らないことから素晴らしい=売れているが違うことを改めて唱えます。

言葉を直接届ける機会をいつか何処かで作れたら!