『ハンマーダディの杞憂』 短歌:天野慶 脚本:岩本憲嗣

■登場人物

 娘

 父親

<STORY>

 結婚式を翌日に控えた晩。

 父親は娘に内緒であるものを探していたがあっさりと娘に見つかってしまう。

 父親が探していたもの、それは結婚式で読み上げる父への手紙だった。

 結婚式で泣きたくない父は手紙の内容を教えてくれと懇願するのだが……。

娘  貝がらをあげよう波の音のする最後の家族旅行の海の

    娘の部屋。父親が何やら探している。

    そこに娘がやってくる。

娘  お父さん?なにして……。

父親 あ!その、つい心配になって……。

娘  心配?

父親 いや……あれだ、明日の式についてだな……。

娘  別に心配するようなことないよ。

父親 しかし、相手が相手なだけに人とは違った式になるのかと。

娘  え?

父親 だって剛さんはプロレスラーだろ?だからだな……。

娘  プロレスラーだから何なのよ。

父親 ヴァージンロードが花道だったり……。

娘  しない。

父親 結婚指輪が結婚ベルトだったり……。

娘  ない。

父親 まさか剛さん、パンツ一丁じゃ……。

娘   そんなはずないでしょ。一体なんだと思ってるの!?

父親 分かってる、分かってる。でもだな……やっぱりあれか?……読むんだろ?式の最後

   に両親への手紙。

娘  あぁ……まぁね。

父親 そうか……なぁ、見せてくれないか?

娘  はぁ?なんでよ?

父親 ほら、誤字がないか添削をだな。

娘  私が読めればいいんだから、添削の必要なし!

父親 しかしだな……困るじゃないか。不意打ちで手紙を読まれて、父さんが泣いてしまっ

   たら。

娘   でもそういうものじゃない?花嫁の父なんて。

父親 いや困るんだ。父さんこれでも学校じゃ厳しい教師で通ってるんだ。なのに娘の結婚

   式でおいおい泣いてたら……。

娘  別に生徒は誰も見てないんだし。

父親 どこで漏れるかわからないだろ。

娘  駄目。教師なのにカンニング?

父親 ……じゃぁヒントだけでも。

娘  えぇ?……普通だよ。「いままでありがとう」っていう内容。

父親 本当か?思い出話とかしないよな。

娘  するよ、そりゃ。

父親 するのか……何の話だ?

娘  教えません。

父親 そんなに父さんを泣かせたいのか?

娘  その方が式が盛り上がるじゃない。

父親 父さんの気分は盛り下がる。お願いだ。

娘  じゃあ、ヒントだけね。お父さんのこと格好いいなって思ったときのこと。

父親 格好いい?父さんがか?……いつだ?

娘  ヒントだけって言ったでしょ。

父親 あれか?この前か?

娘  この前?

父親 ほら、3年間開かなかったジャムの瓶を開けたじゃないか。

娘  結婚式でジャムの話すると思う?

父親 いや、しないな……もっとヒントはないのか?恥ずかしい話だけど父さんお前に格

   好いい所なんて……。

娘  ……あるのに。

父親 ジャムじゃないと、この前甘栗を……。

娘  違うって。……もう、誰のせいでパンツ一丁のレスラーなんて好きになったと思っ

   てるの?

父親 え?

娘  覚えてない?パンツ一丁で日が暮れるまで教えてくれたのに。

父親 パンツで?すまない、そんな変質者みたいなことしたか?

娘  違うよ、凄く嬉しかったんだから。私が小学生の頃、伊豆に行ってさ。

父親 伊豆?……海か。

娘  クラスで泳げないのが私だけだって言ったら。

父親 ……あぁ、困るだろ。それでイジメられでもしたら。

娘  お父さんもカナヅチだったんだよね。

父親 ……泳げなくても高校教師は務まる。

娘  ……きっとそのせいでパンツ一丁が格好いいって刷り込まれちゃったんだよ。

父親 そうか……すまない。

娘  え?謝ることじゃないでしょ。……お陰で泳げるようになりました。ありがとう。

父親 ……別に、それは。

娘  あーあ……結局バラしちゃった。

父親 そうか、あの時の父さん格好よかったか。

娘  ……うん、まぁね。

父親 ……どこまで泳いで行くんだろうな。

娘  え?

父親 父さんは今でも泳げないし、後を追うわけにもいかないしな。

娘  お父さん。

父屋 ……いや、ただあんまり遠くまで行くとな、心配というかなんというか。

娘  うん。

父親 あれだな、変な話だけど泳ぎなんて教えるんじゃなかったな、お前も父さんと一緒で

   カナヅチだったら……。

    娘、携帯のカメラで父親を撮る

父親 何だ?

娘  泣き顔撮っちゃった。待ち受けにしちゃおうかな。

父親 な!

娘  こんな顔、撮られたくなかったでしょ。

父親 あ、当たり前じゃないか。

娘  だったらこれからも私のこと見ててよ。そうしないといつ写真バラ撒くか分からな

   いからね。

父親 え?

娘  別にさ、そんな遠くに行くわけじゃないんだからさ、お父さんの見えるところにい

   るんだから、ねぇ。

父親 ……あぁそうだな。

娘  お母さん、下で待ってるよ。お茶でも飲もうって。

父親 ああ。

父親 貝がらをあげよう波の音のする最後の家族旅行の海の

   【終】

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