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田子の浦に

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田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士のたかねに雪は降りつつ 山辺赤人

『新古今和歌集』冬

(生没年未詳。奈良時代初期の宮廷歌人。人麻呂とともに「歌聖」と称される。三十六歌仙)

小倉百人一首

「雪降り続く富士山、なんと美しい!」

 いろんな場所を旅してきました。自分が生まれ育った場所と違う景色、食べ物、人々、匂い。旅の日々は驚くことだらけです。

 僕には、そんな旅での感動を留めておく魔法を持っています。五七五七七の短歌にすること。たった一瞬の感情でも、歌にすることで永遠の命を得るのです。ほら、まるで魔法みたいでしょう。

 身分の低い役人でありながら、天皇の行幸にお供する宮廷歌人として重用されていました。奈良の都を出発し、道中たくさんの山に登りました。小さくとも様々な伝説を持つ山、紅葉で燃えるような赤に染まった山、恋人たちの不思議な祭りのある山。どれも素晴らしい山でしたが、やはり富士の山はふたつとない山ですね。遠くから見たときのあの神々しいまでの美しさ。そして実際に登ってみたときの容赦ない厳しさ。他のどんな山とも違う、神々の住まう山だと思います。

駿河の国の田子の浦から見る富士の山はそれはそれは壮観でした。山裾は長く伸び、その手前に白い砂浜、青い海。海岸の松がまた彩りを添えています。そして頂の白い雪。青空を背景に、まぶしいほどに白く輝いています。山頂にはこれまた白い雲がかかっています。今この瞬間も、富士山の頂は白く雪に塗り替えられているのでしょうか。
ちょうど都から出発して、山と海がせめぎ合い厳しい峠を抜ければならない旅路の果ての、ふと安心した瞬間に富士の山は視界に入るのです。田子の浦から見る、一番美しい姿で。これを歌にせずにいられましょうか。

まずは長歌を、そしてこの景色の素晴らしさは得意の優美な短歌にしようと思います。

 田子の浦に出てはるか遠く見渡すと、真っ白な富士の高嶺に、今も雪が降
り続いてゆくんだ


仕える→元明・元正・聖武天皇

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784344976528


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