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あしびきの

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あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかもねむ 柿本人麻呂

『拾遺和歌集』恋

(生没年未詳。万葉の時代を代表する宮廷歌人。持統・文武天皇に仕えた。三十六歌仙)

小倉百人一首

「ひとりで過ごす、長い長い夜」

 ひとりで眠る夜。君とふたりで眠る夜。同じ夜とはいえ、そのふたつは全く別物だ。ただ朝までの眠るだけの時間と、愛おしい君と過ごすあたたかな時間。ね、まったく違うだろう?

 持統天皇に宮廷歌人として仕えてきた。様々な場面で、僕は歌を詠んできた。皆に成り代わって、旅をすれば旅の歌。誰かが亡くなれば挽歌。もちろん天皇をたたえる歌も。人々が共感する歌を詠むのが僕の仕事なのだ。
 でも、ひとたび宮廷歌人としてではなく、個人の僕に戻ったときにはたくさんの恋の歌を詠んだ。恋人と離れ離れになって悲しむ歌。愛する妻を思う歌。そして、妻を失ってその姿を探し求める歌……。僕は人一倍淋しがり屋なのかもしれない。いつも誰かにそばにいてほしいんだ。

 今日も愛おしいあなたをひとり残し、こんな山奥へ来ている。昼間はそう辛くはないけれど、こうして真っ暗になり、静かな夜を迎えるとあなたがここにいないことが、淋しくて仕方がない。星を見上げながら、眠れずに散歩をする。君は今頃何をしているだろうか? そんなことを考えながら道を歩くうち、山鳥を見つけた。木の枝から垂れさがるほど尾が長いので、これはオスの山鳥だろう。そういえば、山鳥は夫婦が山ひとつ離れて眠るという。まるで今の僕たちみたいだ。この山の向こうのあなたは、今頃健やかな寝息を立てているのだろうか。その隣に潜り込みたい。
山鳥、君も僕も、今夜はさみしい長い夜になりそうだね。

  山鳥の垂れ下がった尾のように長い長いこの夜を、僕はひとりでさみしく寝ることになるのだろうか?


宮廷歌人として仕える→持統天皇(2)・文武天皇
並び称される→山部赤人(4)



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