『チョウエンキョリレンアイ』 短歌:天野慶 脚本:岩本憲嗣

■登場人物

 押野善治(おしのよしはる・男・研究者)

 畠瑠璃(はたけるり・女・善治の婚約者)

 押野公佳(おしのきみか・女・善治の姉)

<STORY>

 80年後の未来。宇宙物理学者の押野善治は婚約者の瑠璃に秘密を打ち明ける。

 「僕には長年付き合っている人がいる。君と結婚したいけど彼女とは別れられない」

 激昂する瑠璃に対して彼女を紹介したいと研究室に招いた善治。

 しかしそこには古めかしいコンピュータが一台あるだけだった。

善治 もう遠いむかしに消滅した星に照らされている/守られている

    夜の路地を並んで歩く善治と瑠璃。

    瑠璃の手には分厚い結婚情報誌。

瑠璃 えへへ。遂に買っちゃったね。この後大丈夫でしょ?家で二人で見ようよ。

    善治の携帯のアラームが鳴る。

善治 ごめん。もう帰らないと。

瑠璃 え?もうって何?まだ8時前だよ。

善治 そうだね。だから帰らないと。

    小走りに去ろうとする善治。瑠璃は結婚情報誌を思い切り投げつける。

    それは善治の頬を掠めていく。

善治 約4kgの物体を全力で……およそ160ジュールのエネルギー量に相当する。当

   たったら大変だったよ。やっと風邪が治ったばかりなのに……。

瑠璃 当てるつもりだったんです!なんなのもう!そうやっていつもいつも途中であたし

   を放って帰って。今日こそちゃんと説明して。もしかして他に女がいるとか?

善治 え?……何でわかったの。

瑠璃 やっぱり。どうせそんなことだと……え?えぇ!?

善治 いつか話そうと思ってたんだ。僕には長年付き合っている人がいる。もちろん君とは

   結婚したいけど、でも彼女とは別れられない。

   

瑠璃 は?……はぁぁぁぁ!?!?

    翌日・善治の研究室前。扉の前に立つ瑠璃と公佳。

瑠璃 ねぇ、長年っていつから?あたしと付き合い始めた学生時代より前?

公佳 まぁほら、少し落ち着……。

瑠璃 お義姉さんも!監督不行届きです!

公佳 いや、でもあの子もこうして瑠璃ちゃんに紹介するって決めたし。

瑠璃 紹介って何ですか?会って何しろと?喧嘩ですか?武器、アリですか?

    扉が開くと善治が出てくる。

善治 あれ。もう来てたんだ……って、うわ!

瑠璃 (無理矢理部屋に入って)勝負よ泥棒猫!……え?誰もいないじゃない。

善治 瑠璃さんに紹介するね。彼女が僕の付き合っているソラさん。

    善治、古びたPCを指し示す。

瑠璃 馬鹿にしてるの?あ……まさか二次元に恋してるとかそういうオチ?

善治 ううん。彼女は実在するよ。ただ……そう、僕らは遠距離恋愛なんだ。恐らく人類史

   上で一番の遠距離。

    PCが起動する。モニタに画像とメッセージが次々と浮かぶ。

善治 来た。ソラさんだ。

瑠璃 「風邪は治りましたか?今日は射手座の方角の星がきれいだったのであなたが早く良

   くなるように祈りました」え?それに、なにこの写真……宇宙?

善治 490億km先の宇宙(ソラ)の写真。

瑠璃 490……億?

公佳 日本初の外宇宙探査機……知ってる?

瑠璃 あぁ。学校で習ったかも。

公佳 それを創った人は?

瑠璃 えぇと、ほら、髭で薄毛でよく教科書に落書きを……。

公佳 (飾ってある写真を指さし)あれ?

瑠璃 そうあのハゲ!!って……なんで?

善治 僕らの母方のお爺ちゃんだから。

瑠璃 えぇ!?初耳なんですけど!

善治 初めて話した。このメッセージはお爺ちゃんが送り出した探査機から。当時は宇宙開発

   技術も未熟でね、急なトラブルに対応出来ずに途中で役目を終えてしまう機会も多かっ

   た。

公佳 管制から指示を出そうにもそれが届くのには時間がかかるしね。

瑠璃 どうして?

善治 太陽の光だって地球に届いてるのは8分前のものなんだよ。それよりも遠くに行くとな

   ったら……。

瑠璃 あぁ。なるほど!わかった、たぶん。

公佳 祖父がやっと開発したのがソラさん。AI、つまり、人工知能を持ってトラブルを自己

   判断で対処出来る探査機。

善治 彼女の功績は授業で習った通り。

瑠璃 そうか……未だに動いてたんだ。

善治 そう。だから僕は彼女に返事を書く。

瑠璃 返事?80年も前のAIなんかに?

公佳 (紙束を差し出し)これ見て。

瑠璃 通信記録?古っ!「諸計器問題ナシ。順調ニ運行中」……なんか今と違う。

公佳 (違う紙束を出し)これは20年後の。

瑠璃 「小犬座方向にて流星群を観測。きっと地球でもきれいに見られると思います」え?こ

   れって……なんか人間が、女の人が書いてるみたい……。

善治 まるで恋文。そう、彼女はきっと恋をしているんだ。暗闇の中でこうして灯をくれる僕

   ……いや、お爺ちゃんに。

公佳 お爺ちゃんが死んでお父さんが。お父さんが体を壊して、今度は善治が。

瑠璃 何で?それって続けなきゃダメなの?

善治 確かに今となっては彼女の情報は人類にとって価値がないかもしれない。けどその逆は

   違う。こちらからのメッセージは彼女にとっては大切なものなんだ。たった一人宇宙を

   旅する彼女にとってきっと何よりも。だから……ごめん。昨日も言ったように僕は……。

瑠璃 馬鹿。馬鹿馬鹿バーカ!頭は良くても肝心なことはわかってないんだから!いい、今日

   から私もメッセージ、チェックするから。

善治 え?それって……。

瑠璃 わかるでしょ!私の心は宇宙よりも広いの。善治もソラさんも、まとめて面倒みるって

   こと!で、このメッセージってソラさんにいつ届くの?

善治 約44時間後。

瑠璃 分かった。じゃぁ宇宙の果てにたったひとりの、大事なソラさんのことを思って気合い

   いれて書くよ!

瑠璃 もう遠いむかしに消滅した星に照らされている/守られている

   【終】

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