『オバP』 短歌:天野慶 脚本:岩本憲嗣

■登場人物

 井出幸一(いでこういち・男・会社員)

 米田勇士(よねだゆうじ・男・幸一の従兄)

 笹野優香(ささのゆか・居酒屋の客)

<STORY>

 あの夏の日。祖母の家にはいつだって叔母がいた。

 いつも本気で全力で僕らと一緒に遊んでくれて……本当に楽しかった。

 そんな叔母が突然亡くなった。

 葬儀の後、従兄と居酒屋であの日を語らっていたその時、一人の女性が突然声をか

 けてきた。

 「あの……ひょっとして三輪先生の甥っ子さんですか」

優香 叔母さんの人生それは言葉より譜面に記すべきものでした

    地方都市の居酒屋。一人でビールを

    飲む幸一の元に勇士がやってくる。

幸一 勇ちゃん?何で分かったの?

勇士 こんなド田舎で夜中やってる店なんてここくらいだろ。

幸一 勇ちゃんはてっきり母屋で飲んでるものだと思ってた。

勇士 婆さんたちだろ?そんな雰囲気じゃねぇよ。息苦しくて逃げてきた。

幸一 そうなの?

勇士 ほら、葬式に知らねぇ連中が来ただろ。で、ありゃ何だ、ひょっとして叔母さ

   んが生前にヤバイ連中と関わってたんじゃないかって大揉め。

幸一 ヤバイ連中って……例えば?

勇士 え?あ……借金取りとか?

幸一 ワザワザ葬式に来てくれるの?

勇士 それも香典持って……ははははははは。

幸一 笑いすぎだって。

勇士 いや、違くてさ、……なんか、ウケるな、幸一のくせに酒飲んでるよ。

幸一 そうか、20年ぶりくらいだもんね。

勇士 俺が中3だから23年前だな。そんなに叔母さんに会ってなかったんだな。

幸一 だね。……まだ43だったって。

勇士 ってことは、毎年夏休みに会ってた頃は俺らより年下だったんだな。

幸一 楽しかったよね。いつも遊んでくれて。

勇士 だよな。でもまぁ……俺らにとっちゃ最高の遊び相手だったけど、婆さんら

   にとっちゃ……アレだよな。

幸一 仕方ないでしょ。体悪かったワケだし、働きに出ることもできないんだから。

勇士 でもさ……叔母さん性格独特だったろ。

幸一 まぁ……確かに全然喋らなかったよね。人と接するの好きじゃないみたいな。

勇士 でも俺らとは遊んでくれた。当時の俺ら人ってより野生動物みたいだったし

   な。

幸一 そうだ、覚えてる、庭?

勇士 庭?

幸一 ほら、ミニ四駆。

勇士 あぁ。叔母さんと一緒にレースした?

幸一 そう、コースがないからって叔母さん夜中にスコップで溝掘ってさ……。

勇士 あったあった!庭中溝だらけのな。

幸一 で、翌日雨が降ってさ、溝にボウフラ湧きまくって、お婆ちゃん大激怒。

勇士 覚えてる。あの時叔母さん2、3日雲隠れしてたよな。

幸一 山に逃げてたって言ってた。桑の実を食べて生活してたって。

勇士 ははは、なんだそりゃ。

幸一 今じゃ庭の溝もなくなってた。……なぁ、この20年叔母さん何してたのか

   な。

勇士 え?近所の小学生とでも遊んでたんじゃねぇか。ほら、ガキの憧れるスキル

   は大抵持ち合わせてたし。

幸一 だよね。絵とか上手かったし。あとリコーダーも凄かった。

勇士 あ!お前あれ覚えてる?お絵かき出来るゲーム。ほら、マウスでさ……。

幸一 あの作曲も出来るやつ?

勇士 そう、あれ叔母さんに貸したままなんだよ。作曲にハマっちゃったみたいで。

幸一 あぁ、分かる。凄く好きそう。

    そこにジョッキを持った喪服姿の優香が声をかけてくる。

優香 あの……ひょっとして三輪先生の甥っ子さんですか。

幸一 え?……はぁ。あの……。

優香 三輪先生のお葬式に。あ、わたし、笹野優香と申します。

勇士 三輪先生って……叔母さんのこと?っていうかどなたさん?

優香 わかりやすくいうと……ファンです。

幸一 え?え?待って待って、ファンって何です?同姓同名の方の間違いじゃ……。

優香 ないです。

    優香、携帯オーディオプレイヤーのイヤホンを幸一と勇士の片耳ずつに入れる。

勇士 いや、何よこの曲……。

幸一 あ。知ってる、ボーカなんとか、パソコンに歌わせるやつ。

優香 はい。これは三輪先生……お二人の叔母様の作った曲です。

勇士 ……これを叔母さんが?

優香 はい。ネットではとても有名なP。あ、こうして曲を作ってる方のことなんですけど。

   そのPなんです。だから皆さん突然の訃報に悲しんでます。

幸一 ひょっとして今日の参列者って……。

勇士 あ、曲が変わった。

優香 何百曲と作られてましたから。ほら。

    プレイヤーの画面を見せる優香。

幸一 あれ、タイトルとかないんですか?日付しか入って……?

優香 これがタイトルです。三輪先生の曲は全て日付になっているんです。その日に感じた

   想いを曲にしている。

幸一 日記……みたいな感じなんだ。でもこれってなんか……やたらと夏の日付が多くない

   ですか。

勇士 おい、この日付、13年前。多分この日って……ボウフラ事件の日だ。

優香 聴きますか?はい。

勇士 ぷっ……なんだこれ……懐かしい。すげぇ思い出したわ。

幸一 ……は、ははははは、ウケる。超ウケるね勇ちゃん。

    笑いながら涙ぐむ幸一。それにつられて勇士も涙ぐむ。

優香 あの……宜しければ向うでご一緒しませんか。ファンの皆さんも訊きたがってます。

   この曲の、ううん、先生の曲の、思い出のお話を。

幸一 ……思い出……えぇ。その代わり……もっと色んな曲を聴かせて貰ってもいいですか。

    目の前のビールを飲み干す幸一。

幸一 叔母さんの人生それは言葉より譜面に記すべきものでした

   【終】

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