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有里 馨
2016年2月7日 23:38
彼女と、約束した場所へ向かう。 片手に白い花束。片手に三本の赤い薔薇。 坂道に咲く彼岸花。秋めいた冷たい風が汗ばんだ頬をなでる。まだまだ続く上り坂に、ほんのすこし、気が滅入った。 ひとつため息をついて、また歩みを始める。 上で待つ、最愛の女の子のために。 坂を上りながら思い出すのは、夏のあの日、白いワンピース姿で僕へと微笑んだ彼女の姿。 海を見渡せるオープンカフェ。アイスコー
2014年5月24日 00:30
一枚の原稿用紙。 使い古された万年筆ひとつ。 机の上にあるのはただそれだけ。 紙の上でなら、何にでもなれる。 空を飛べる。海を自在に泳ぐことが出来る。 望むまま何処にだって行ける。誰だってヒーローになれる。 犯罪ですら、裁かれることなく思いのまま。 夢を綴る。 筆を走らせて、自らの望みを写し取る。 そこに紡がれるのは決して綺麗ではない自分の字。 けれど、切実さの滲む己の
2014年5月22日 11:20
声が出ない。「あー、こりゃ完全に喉腫れてんな」「あのね、ごほっ」「こら、無理に話そうとすんな」 唇から零れるのはひゅーという息の音。 声を出そうとすれば、痛みが言葉を阻害する。 今日は彼に言いたいことがあった。 だから、体育館裏に呼び出したというのに、これではなんの意味もない。 まさか緊張で寝つけなかった報いがここでくるとは……「話ならいつでも聞くからさ。今日は止めと
2014年5月20日 22:23
じりりりりり、と心の奥を掻きむしる音が響く。 音はまだ止まない。 携帯の液晶に映るのは愛しいあの人の名前。 もう何コール目だろう。 何度鳴らしても誰も出ないというのに、それはこりもせずに鳴り続ける。 じりりりり、と不快な音を響かせて、頼むから出てくれと懇願するように。 それから怯えた目を離して、彼女は震える体を一層丸め込んだ。 真夏だというのに彼女は震えている。 噛み合
2014年5月10日 23:22
ほかに命亡きその地でも、白は夜を裂いて咲く。 今日も、予言の星は咲く。 かのベツレヘムの地では、聖人の誕生を知った王が自らの権威の失墜を恐れ、その地の男児を皆殺しにしたという。 とはいえ、目当ての児は聖女とともに逃げ遂せてしまったのだが。 無関係の児を巻き込み、仇の彼は生き残ってしまう。 その夜にも、ベツレヘムの星は輝いていた。 時代が変わっても、無垢な白さで、星と例えられるその
2014年4月24日 22:30
桜が舞う。 舞い落ちるのは花びら。 そして、植えたものの想い。 想いの込められた薄紅の花。 それは丘の上にぽつん、と根を張る桜の木だ。 その樹はある女性を思って植えられたもの。 植えたのは名もなき男だ。 誰とも知れぬ白い衣の美しい女に、彼は恋をしたのだという。 彼女が現れたのはある春の夜で、白い着物を華奢なその身に纏っていた。 長い黒髪に、艶めく桜色の唇が色っぽ