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民間資本とグリーンインフラを活用した流域治水(概要)~英国・ワイヤ川の適応ファイナンス事例~


英国初の民間資金を利用する自然洪水対策

英国のランカシャー州にあるワイヤ川では、過去20年間に4度も洪水みまわれ、その対策として「ワイヤ川流域自然洪水管理プロジェクト」が立てられました。この自然洪水管理は2010年ころから英国で始まっているもので、河川での対策に加えて流域全体の貯留や浸透と言った自然の機能を上手く組み合わせることを目指した治水対策です。日本で言えば「グリーンインフラを活用した流域治水」ということになるでしょう。

「ワイヤ川流域自然洪水管理プロジェクト」
https://www.greenfinanceinstitute.com/gfihive/case-studies/the-wyre-river-natural-flood-management-project/

自然洪水管理
https://www.gov.uk/guidance/natural-flood-management-programme

ワイヤ川の上流域では70haほどのエリアで洪水を貯留し、洪水のピーク流量を抑えるために1000以上の対策が実施されます。

さて、
このワイヤ川の治水事業※ですが、なんと公的資金に加えて民間資金も投入されています(※実際には環境保全による生態系サービスが生み出す利益も資金提供のインセンティブ)。河川管理者や地方自治体に加えて、保険会社や上下水道会社もその出資者となっています。いわば「官民ブレンドファイナンスによる多自然川づくり・流域づくり」となっており、グリーンファイナンスに関する国家的パイロットプロジェクト※となっています。

※これは、生態系サービスから収入源を生み出す可能性を試すために、自然環境投資準備基金の一環として、DEFRA(環境省)、EA(環境庁)、エスミー・フェアバーン財団から当初資金提供された4つのパイロットプロジェクトのうちの1つです。

プロジェクトは、リバートラスト、ワイヤ川リバートラスト、英国トリオドス銀行、環境庁(EA)、ユナイテッドユーティリティ(上下水道会社)、フラッド・リー(保険会社)、コープ保険、エスミ―・フェアバーン財団が中心的役割を果たしています。

ファイナンスデザイン

この事業のファイナンスデザインはかなり複雑です(下図)。まずは投資ファンドや投資家からの民間融資(850,000ポンド)、それにウッドランドトラストからの助成金(627,500ポンド)で資金調達(オレンジの部分)をし、その資金で農家などの土地所有者やワイヤ川トラストおよびボランティアが貯留施設などを建設して(緑の部分)、このプロジェクトを遂行します。さらにこのプロジェクトの成否を第三者の運営委員会(水色の部分)が評価し、その評価結果に従って購入者・受益者(黄色の部分)である河川管理者や民間企業等が支払う、というしくみになっています。そしてこれらの運営はワイヤ川コミュニティ利益会社(CIC)という特別目的会社(SPV)(濃い水色の部分)が実施しています。


事業の概要図

民間融資については個人投資家は富裕層(HNW)に限定(※一般個人にはリスクが高すぎる)されており、投資した富裕層は減税(SITR)が受けられる仕組みになっています。今回は4人の富裕層が参加しています。投資ファンドも通常のファンドでは困難(投資規模が小さすぎる)で、いわゆるインパクト投資ファンドであるトリオドス銀行など5つのインパクト投資ファンドが参加しています。

トリオドス銀行
https://www.nomuraholdings.com/jp/sustainability/sustainable/finance/research/rs202106_02.html

この融資は9年間で償還されるようになっており、購入者は初年度から土地のリース代などベースとなる部分の支払いはありますが、成果ベース支払い分については第三者委員会の評価を受けた後の6年目からとなっています。この投資の金利は6%に設定されていますが、事業によって生物多様性の改善目標が達成された場合は、金利が1%引き下げられ、その一部が実施者である農家などの土地所有者に渡るようになっています。つまり、現場でより効果的な事業をすれば、利益が大きくなる仕組みとなっています。かたや投資した側からすると上手くいくと「もうけ」が減るわけですが、環境や社会への良いインパクトを指向するインパクト投資会社なので、むしろウエルカムと言うところが興味深いですね。

民間企業の適応ファインナスに対する投資判断

この事業の効果は120年ほど継続するとして、その便益を計算するモデルとなっています。この試算により上下水道会社であるユナイテッドユーティリティは、事業に投資した方が約10%の洪水被害が低減できると判断し、投資をしています。つまり気候変動の適応リスクに予防保全的に投資する「適応ファイナンス」として治水を含む生態系サービスの改善事業に資金提供していると言えます。

おわりに

 以上、簡単ですが英国のワイヤ川の事例を紹介しました。結構複雑な仕組みなので詳細は、関連する英語のサイトなどをご覧頂けると幸いです。また、内容について誤りなどありましたら、ご指摘いただけると幸いです。