見出し画像

【映画】ザ・フライ

Disney+で。
クローネンバーグが好きなのに未見でした。
公開が1987年1月15日となっていて、中3のその時期に映画館に行くのは無理だったというのもあります。
その頃、夢中で読んでいた月刊誌『スターログ』が休刊になり、最後の号の表紙がこの映画だったのでした。
この頃は『ヴィデオドローム』(当時の邦題はビデオドローム)をレンタルビデオで、しかも家のデッキがベータだったのでベータカセットで鑑賞したりしてて、クローネンバーグは特別な映画監督という感覚がありました。
その後も『裸のランチ』『クラッシュ』などは劇場で観ていて、お気に入りです。

それらの作品と比較した『ザ・フライ』が思っていたよりはるかにジャンルムービー的だったことに少し驚きました。
本作のオリジナル『ハエ男の恐怖』も中学ぐらいでやっぱりちゃんと観ていて、あれをマニアックな映画にしたんだろうと思っていたのですが、確かにマニアックではあるものの『ヴィデオドローム』のような寒々とした不気味さは感じられませんでした。

『ハエ男の恐怖』にある、フランツ・カフカの『変身』要素にフォーカスして心身の変化を気持ち悪く描く、という企画だなというのは観ていてわかりましたが、ドラマ的には名作ホラー『オペラ座の怪人』にかなり近いですね。
ヒロインと屋上で話をする場面なんかは意識したんでしょうか。
ベッドの上がペントハウスになっているのもそれっぽいです。
また、『スパイダーマン』みたいだなと思いました。
転送直後に心身が強化されたジェフ・ゴールドブラムがとてもカッコ良く、その超能力的なパワーもスパイダーマンみたいでしたね。
現代的なイメージのスパイダーマンは2002年のサム・ライミ版からだと思うので、それよりだいぶ前です。
スーパーヒーローになるか悲劇のモンスターになるか……
ライミ作品だとモンスターは『ダークマン』なのかな。未見ですが。

いずれにしても、非常にわかりやすいシンプルな物語になっていて、そんな中に覗かせるクローネンバーグ的気持ち悪さをどう楽しむか、という作品ですね。
グロテスクなシーンが多々ある中で、特にショッキングなのは出産シーンですが、その時の医師をクローネンバーグ自身が演じているのが大変すばらしいです。
医師がムダに不気味であることがあのシーンの味わいを深めています。

ただ、ジャンルムービー的安っぽさがどうしてもあって、ひとつはクリス・ウェイラスの造形っていうのはあるんじゃないかなー。
ロブ・ボッティンに通じる、いびつさを表現している良さはあるものの、もうちょっと考証の跡が見えるような生物らしさとか昆虫らしさがあってもいいんじゃないかと。
何か、だんだんグチャグチャになってるだけという印象が拭えないです。
製作者たちがハエという生き物をどう捉えているかにもよるでしょうが、不潔で嫌われ者のハエも、昆虫としての美しさを持ってると思うんですよね。
このデザインをブラッシュアップしたのが「ブランドル蝿」にそっくりと言われる『第9地区』のエイリアンですね。
ストーリーも非常によく似たところがあります。

もうひとつは、オペラ座の怪人でのラウルに相当するステイシスのキャラクターと演技ではないでしょうか。
悪役的クズとして出てきて、後半まともに振る舞いますが、マイナスがゼロになっただけで全体としては印象をプラスにすることはありませんでした。
彼が出てくるだけでチープさが漂ってくる。
こういうのは俳優の問題ではなく脚本や演出の要請によるものであることが多いので、監督がああいうふうにしたかったんだろうと思えるのですが、他の作品には観られないテイストだったなー。
ヴェロニカとステイシスの関係にもう少し深い何かが匂わされていたりしたら違ったのか……

ただ、もしかしたら字幕が良くないのでは? との疑いもちょっとあります。
『ゴジラ-1.0』で、ドラマ面が弱いと多くの人が指摘しましたがその主な理由は説明過多な台詞で、作品の評価を下げる主因でもありました。
それが米国では大ヒット、ドラマ面も絶賛されているとの話は、字幕ではあの台詞の臭さが伝わらないからではないかとの説も出ました。
しかしもちろん、本作で字幕の良し悪しを語れるほど英語がわかるわけではないのですが……一箇所だけ字幕で気になったところがあったのです。

以下台詞の詳細は記憶なので少し違ってるかもですが、大枠はこんな感じ。
ブレント医師(ヴィデオドロームに出てた人)とのヴェロニカ、ステイシスの会話シーン。
診察室でヴェロニカが「お願いです」的なことを言うと、処置室にシーンが切り替わります。
登場人物3人が一瞬で別の場所にいる……のは映画では別に普通のことなんですが、そこで最初に医師が「わかった」とか言います。
まるで、会話のやり取りをしながら場所だけ瞬間移動するようなコント感。
瞬間移動がテーマの映画だからいいのか……?
ってことはなく、原語では「OK」って言ってるのを「わかった」と訳したもんだから面白くなっちゃってますが「よし」とかでいいんじゃない、何なら字幕で訳さなくてもいいんじゃない?
と思いましたね。
とはいえ、字幕について指摘できるのはここぐらいで、あとはよくわかりません。
台詞が安っぽいとは思わなかったのですが、それでも字幕次第でステイシスのキャラクターが少し違って見えたかも、とは思いました。

さて壮絶なラストは悲惨の一語ですが、塚本晋也『鉄男』に通じるヴィジョンも垣間見え、物質転送機のSF的な面白さをも描いていたのはクローネンバーグ的です。
心身の変容をグロテスクに描くのがクローネンバーグの一貫したテーマですが、そこにテクノロジーが関わってくるところ、サイバーパンク的作家でもあるといわれる所以ですね。
「あれ、ここから面白くできるかも……?」と思わせたところでズドンと終わってしまう、そのシンプルなエンディングの侘び寂びは良いのですが、「ここから先は『鉄男』を観ろ!」って感じですかね。
調べたら『鉄男』は89年の映画で、『ザ・フライ』の後でした。
クローネンバーグは80年代をリードしてましたねー。
いろいろ述べましたが、とても面白かったのは確かです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?