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あなたの地域の脱炭素計画のつくりかた

先日、地方自治体で脱炭素に取り組むためのビジョンづくりのマニュアルを研究所から公表しました。ユーザーとして地方公共団体の職員さんや業務を受託するコンサルタントの方々を想定しています。

◆地域における「脱炭素社会ビジョン」策定の手順 Ver1.0
プレスリリース
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20210305/20210305.html
マニュアル公開頁
https://www.nies.go.jp/fukushima/decarbon-manual.html

上記のように本マニュアルは「プロ向け」でして、易しくも馴染みやすくもなく、MSPゴシックとMSP明朝だけの素っ気ないWord文書です(図はメイリオUI)しかし「いきなり町長に脱炭素やれって言われて何したらいいか分からないんだけど」と困ってる職員さんにはきっと助けになります。マニュアル本体は少々難しくなってしまったので、こちらではこれを使って「脱炭素社会ビジョン」と私たちが呼んでいる地域の計画をつくる段取りを、読者のあなたが担当職員だと想定して書いておきますね。本記事も文字ばっかりです。以下、参照は全て上記マニュアルの頁や図表です。

まずは前提知識。ですがこれはプロ向けマニュアルなので基礎知識は解説しません。気候変動の現況だとか内外の情勢とかは省略して、脱炭素に特有の内容だけ説明します。脱炭素社会ビジョンとは達成したい地域社会の将来の姿と、それを実現するための方策です。30年後くらいに脱炭素化された地域の様子はどんなもので、そこではどんな技術が使われ、ライフスタイルはこう変わって…といったことを幅広く考えます。そのため脱炭素に係る全体像を考えることに特化しており、個別分野の事業(例えば再エネ事業)実施の手引きではありません。ほかにも住宅の断熱性能改善とか、省エネの行動変容とか、自動車のEV化とか、様々な事業が必要ですが、こうした個別の課題でお困りでしたらそれぞれその専門の所にご相談ください。その代わりこうしたビジョン、全体像を考えることで、脱炭素を達成するためにはうちの地域では2050年までにこれこれの対策が必要で、そのためには今からこれこれの事業をしなければいけなくて、その効果はどれくらいで、といったことを示せます。これは個別の事業に根拠と目標を与えます。

ところでそもそも脱炭素社会とは何でしょう。これは単純に排出量と吸収量から決まります。低炭素よりも明快。差し引きしてゼロなら脱炭素。ただし厳密なゼロカーボンと、減らして残った排出をオフセットする「実質ゼロ」は区別しておいたほうがいいでしょう。(P1,図1)次に脱炭素社会ビジョンに含まれるものですが、これは目標(最終・中間)、状態(生活・経済・交通・土地利用など)、取組(技術・インフラ・行動変容・施策/事業)からなります。これにより、目標ともに、その達成には、いつまでに、だれが、何をしなければならないかを示します。(P2図2)脱炭素は普通にやっていたのでは達成できないのでバックキャスティングの考え方が有用でしょう。最初に目標達成した状態を決めてしまい、逆算してやるべきことを考えます。出来そうなことを現状の延長で積み上げても無理そうなときにはこういう考え方が役立ちます。(P3図3)

ここまでで脱炭素に必要な前提知識はOKとします。さあ取り掛かりましょう。まずはビジョンをつくる体制をつくらなければなりません。体制とは組織、組織の役割、組織間の関係です(P4図4)。庁内の関係部局をなるべく広く巻き込んだプロジェクトチーム(タスクフォース)をつくりましょう。事務局は企画部局か環境部局が務めることが多いでしょう。次に関係者の意見を取り入れるためのステークホルダー(SH)会合を設置します。多くの地域で既に行われているような有識者委員会や住民会議の方式でOKです。もちろんもっと踏み込んだやり方(「くじ引き民主主義」とか)でがっつり参画型の計画づくりをするのも素敵ですね。もうひとつ、脱炭素には沢山計算をしなければいけません。担当職員がたまたま腕利きのアナリストであれば自力で出来ますが、多くの場合は専門のコンサルタントに委託することになるでしょう。その場合にもできれば地域の専門家(私のような!)も入れて「モデル分析チーム」を構成したいです。というのは、ほっといてもコンサルタントはいい感じのグラフと報告書を出してくるでしょうけれど、それだと地方公共団体の中に意志やノウハウが残らないのですね。しかし専門技術者ではない担当職員だけではコンサル(残念ながら東京に集中しています)と渡り合うのに苦労します。そこで地元や近隣地域の大学とかで、こういう話に詳しい専門家にもチームに入ってもらうのがよいです。週一で会議とかになるのであまり簡単ではありませんが、是非ご検討を。大学のほかに、県の研究所の職員でもこういう話に詳しい人がいれば協力をお願いしたい。

体制が出来たら開始です。全体像はP6図5を見て下さい。まずは枠組みを決めましょう。目標年や目標水準、対象にする範囲、何通りの将来像(「シナリオ」)をつくるか、などを考えます。この段階で担当者は一通りの勉強をすませておく必要がありますね。第一回のSH会合もここでやってしまいましょう。SH会合で将来像の方向性などをなるべく発言してもらうとよいでしょう。未来はまだ決まっていないので制約がなさすぎるとかえって描きづらいのです。それぞれの立場から「こうであってほしい」「こうでなきゃ困る」「ほんとにできるのかね」などなど言ってもらうと後々作業に役立ちます。対象にする範囲はちょっと考えることが必要です。地域の境界をまたいで色んな活動がされているので、特に交通とか域外との再エネ電力のやりとりとか、どこまでを排出あるいは排出削減に入れるのか。詳しくはP9図7とそのあたりの解説を読んでおくれやす。
次は情報収集です。現況のデータ、将来の参考になる情報をかき集めます(残念ながら現状ではあちこちから探してくる必要があるのです)。統計データとともに、対策となる技術の情報も集めておきたいですね。再エネポテンシャルとか大事。モデル分析チームを馬車馬のように働かせましょう。対策のリストと情報源はマニュアルの3.、一般的なデータの入手元は4.にも書いておきました。エネルギーだけではなく交通や森林も大事です。市区町村なら一般廃棄物も外せませんね。

さていよいよ将来像を考えます。ここではまず作文をします。将来の地域の様子として、暮らし方、働き方、経済活動、交通、土地利用(農地とか森林とか)を考えましょう。総合計画とかに素材があれば使えるでしょう。脱炭素対策についてもこんな技術が使われてますとか書いておくといいですね。作文ができたらこれを数字にします。モデル分析チームの本領発揮です。既存の計画で使える数字は使いましょう(人口とか)。もちろん新たに全部計算しても構いません。計算が出てきたら分析チームに質問しまくりましょう。どうしてこれはこういう数字なのか根掘り葉掘り聞きましょう。将来の計算そのものはパソコンの中で電子が動き回ってるにすぎません。大した計算負荷でもないので何千回やっても現実世界で困ったことは起きませんから、遠慮なく注文を出して直してもらいましょう。ただし分析担当者のまっとうな労働環境を破壊しないようには気を付けましょう。このときには人口、世帯数、将来の経済活動水準、産業構造、交通、建物、エネルギー需要、エネルギー供給、そしてCO2排出量・排出削減量の数字をいやというほど見ることになります。計算方法もいろいろ工夫しなければなりません。マニュアルの後ろのほう(4.)で計算を説明しています。

いい感じの計算が出てきて、ナイスなグラフが描けて、担当者も納得できたら2回目のステーホルダー会合です。練り上げてきた将来像のイメージと数字を説明します。ここで残念な予言をしなければなりません。きっとこのときの報告は会合の参加者から「わかりづらい」と言われます。もちろん事務局担当者のあなたは分かりづらいとは思っていないでしょう。五味の書いた難解なマニュアルで一生懸命勉強し、頭の固い上司には何度も説明してGoをとりつけ、計算オタクのコンサルには納得いくまで説明させて疑問は解消し、スライドを作りこみ、丁寧に説明しました。それを分かりづらいと言われるのは、あなたが実践を通じて学び、こちら側に来てしまった証拠です。おめでとう。将来の話、特にシミュレーションの話は、やったことがない人には、分かりづらいのです。あなたはそれを分かる少数の人々の一人になってしまいました。ようこそ。ここからが本番です。概要の表、作文、イラスト、インフォグラッフィク、ありとあらゆる工夫をしましょう(業者にさせましょう)。そうでないと将来像の計算という抽象的なものは、それを作った人以外には伝わりません。意見を受けて計算を直すことも必要になるでしょう。働けモデル分析チーム。

将来像の計算が出来たら次にするのは施策と事業の検討です。が、書き忘れていたことがあります。定量化の段階で各部局とも調整が必要ですね。おそらくあなたは企画部局か環境部局の職員でしょう。しかしエネルギー、交通、建物、農林業、製造業・建設業、廃棄物、教育などはそれぞれの施策があるはずです。現行の事業と将来の目標を最終的には統合しなければなりません。長期の話なのですぐにどうこうということはない、と思うかもしれませんが、ビジョンで全体像だけつくっても各事業を遂行する意思がなければ当然実現しませんので、タスクフォースの中で揉んでおきましょう。そうするとまた計算を直す必要があるかもしれません。直しましょう。直させましょう。それをしながら施策・事業を考えましょう。現行の施策を並べることは大事ですがそれだけでは脱炭素までの道のりは描けません。地方行政の独力では出来ないことも含めてしまってよいので考えましょう。

大事なことがもうひとつ、シナジーとトレードオフです。一石二鳥な施策があればぜひやりましょう。交通とかには多そうですね。寒冷地なら建物の性能改善はシンプルに快適で経済的な生活に繋がります。トレードオフも大事です。他に悪さをしないか。再エネも環境に悪影響がありえます。また、対策を分野ごとにまとめておきましょう。5つか6つくらいに括ると分かりやすいです。良さげな名前もつけましょう。以前にお手伝いした京都市では筆頭が「歩くまち、京都」でした(他に5つ)。最近の大熊町では6つに分けて「快適で省エネなライフスタイル」とかがあります(P43図13)。

計算のほうでは中間目標を計算しておきたいですね。2050年が最終目標のところが多いと思いますが、さすがに30年後の数字だけでは心もとない。せめて10年おき(できれば5年おき)くらいに途中途中の状況を計算しましょう。させましょう。がんばれモデル分析チーム。中間目標が決まるとロードマップがつくれます。これくらいの期間でこれをする、という形で整理しましょう。大事なのはロードマップの最初のほうは現行の事業や地域内の活動が(あれば)位置付けられていることです。今やってることと最終目標を繋げてゴールまでの道筋を見せましょう(P17図9)。

最後に役割を整理します。脱炭素は社会のほとんどすべての主体が何かの形でかかわります。地方行政だけで達成できる見込みはあまりありません。行政でも市区町村、都道府県、国、それぞれに所管があり役割が違います。しかし、大事なことは他の役所の担当も含めて全部書くことです。行政だけではなく、住民、事業者(各業界)、住民団体、教育機関などにもそれぞれお願いしないといけないことがあります。これも書いてしまいましょう。マニュアルP18表6にごく簡単な例をあげました。そうすることで行政としても自分たちは何をするのかが明確になります。

これでビジョンの主だった内容はそろいました。第3回のSH会合に挑みましょう。このときには最終的なビジョンの案が出来ています。今度は前回の反省を生かしてばっちり分かりやすい文書にしておきます。事前に他の人に意見を貰って表現を工夫しておくことも大事です。ここまでやれば完璧でしょうか。いえ、残念ですが、またしても悪い予言をしなければなりません。今度はきっと、もっと夢のあるビジョンにならないかと言われます。味気ないとか、やらなければいけないことがいっぱいだとか、我慢には無理があるとか。そのつもりで準備しても言われます。ここまで一生懸命やってきたあなたには、脱炭素は大変だと身に染みているはず。ですから報告にもそれが出てしまうでしょう。脱炭素はどうしたって制約で簡単でない目標なのです。しかし脱炭素社会は今より良い世界でなければなりません。そのためにはもう一歩、視野を広げる必要があります。もう一度地域の総合計画をみなおしましょう。そこには目指す地域の理念と各分野の姿があるはずです。そして現状は多くの地域課題があることも分かるはず。脱炭素対策をすることで各分野のそうした目標が達成に近づくでしょうか。こういうときに役に立つのがto doリストとしてのSDGsです。SDGs、個別の17目標だけなら現場レベルでは特に新しいことはないでしょう。どこの地方公共団体も住民のために色んな課題に取り組んできたはずです。2030アジェンダは色んな課題をまるっと達成しよう、なるべく相乗効果を引き出そう、それも誰一人取り残さずに、というのがキモです。もうひとつ、「地域循環共生圏」という漢字7文字のアイデアがあります。地域資源を活用し、足りないところは他の地域とも協力して、環境の色んな問題やSDGsに役立つ取組をしようという話です。・地域課題を振り返り、SDGsに目を通し、地域資源に目をつけてからビジョン案を見直してみましょう。そうすると脱炭素の取組と同時に色んな効果がありそうだと気づくはずです。快適な住環境だけではなく、エネルギー自給の経済効果(出資者が地域内にいるとなおよし)、オンデマンド交通によるモビリティの改善、IoT住宅での省エネと見守り、森林・農地の管理と生物多様性保全。ただこれを一担当者だけでするのは、技術的にも筋からいってもちょっと無理があります。そこでタスクフォースを招集しましょう。各分野の脱炭素とは直接関係ない長期目標や現行の事業で脱炭素の関係しそうな話を集めます。横の風通しのいい役所でもきっとここで発見があります。タスクフォースで相乗効果をさらに膨らませて、便利・快適・豊かな地域として脱炭素社会を描けないか、それには何が必要か考えましょう。他地域の事例も集め(させ)ましょう。脱炭素関連産業を誘致しようというのも一案ですね。そして相乗効果を計算させましょう。ふんばれモデル分析チーム。

よりよい社会、住みたい社会としての脱炭素社会像できましたでしょうか。これを表現する道具はそんなに変わりません。作文、表、イラスト、インフォグラッフィクなどを活用しましょう。ただし雰囲気だけ笑顔のイラストでなかみブラックとかではいけません。ちゃんとした根拠にもとづいて。

ふう、ようやくビジョン案v2ができました。首長のGoも貰いました。発表前にSH会合の参加者に回覧しましょう。スケジュールが許せば第4回を開いてもよいでしょうね。同時並行くらいでパブコメでしょうか。タイミングにもよりますが議会にも説明しましょう。すべての修正を反映しましょう。

さあ、あとは発表です。ここは首長の晴れ舞台。あなたは裏方として発表を見守ることになるでしょう。いや、発表のロジも担当することになればむしろ大忙しでしょうか。地元のメディアをあつめ、あなたの地域ならではの脱炭素社会ビジョンが世に出ることになります。

目でたくビジョンが出来てこれで終わり、ではありません。ビジョン策定は始まりの合図です。これから脱炭素の目標達成するための道のりが始まります。事業を構想し、予算を確保し、実施しはじめたら進捗を管理しなければなりません。そこで5年くらいで脱炭素社会ビジョンそのものも見直しましょう(P7図6)。しかし、5年後にもあなたがこれを担当する可能性はあまり高くないでしょう。交代しても大丈夫なように、しっかり資料を残しましょう。そして予め出来るだけ沢山の職員を巻き込んでおき、新しい担当者もこの話を知っている(何ならタスクフォースのメンバだった)ようにしたいですね。

以上、行政計画としての地域の脱炭素社会ビジョンづくりの様子を地方公共団体の担当職員を想定してゆるっと解説しました。新しい話で大変だろうとは思いますが、わたしたちも出来るだけお手伝いしていきます。「出来るだけ」の上限がそんなに高くないのが申し訳ありませんが、ともに進んで参りましょう。(了)


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