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その星は肉眼では見えない

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短編
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記事一覧

「一人」

中学二年生の時、生まれて初めてロックバンドのライブを見た。本当に大好きなバンドで、毎日毎日彼らの曲を聞き弱気になった時は幾度となく励まされ、涙を流したこともある、そんな彼らに会えることを心待ちにしていた。その日は学校の運動会だった。私は、運動会なんてそっちのけで終了直後走って帰った。この日は部活も何もない。家に帰り、兄と合流をしてライブ会場に向かった。心臓は高鳴っていた。今か今かと開演を待ち、照明

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「掌」

友達が末期癌になり、短期間の間にげっそりと痩せた。見舞いに駆けつけたが、かける言葉が見つからずただただ手を握ることしかできなかった。言葉にならない思いを掌に流し込むような気持ちで、友達の手を握り締めた。すると、友達は微笑みながら涙を流してこう言った。あなたの気持ちが、今、伝わってきたような気がする。病気になってから、たくさんの優しい言葉や励ましの言葉をかけてもらってきたけれど、私に触ってくれた人は

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「言葉」

四つの大学病院で検査を受けたが、どこの病院でも「余命半年です」と言われた癌患者の女性がいる。最後の頼みの綱として、自然療法を基本軸とした医師に診てもらった。ドクターは、問診した後「大丈夫。あなたは治りますよ」と言った。この言葉を聞いた時、女性は喜びに泣いた。そして「よろしくお願いします」と治療をお願いした。ドクターは言った。癌になる原因は大きく二つ。体温の低下と、血液の汚れです。病気は体からのサイ

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「多様性」

坂爪さんのブログを読んで笑ったり悔しがったり驚いたり感情を動かされています。いつも自分の感情、考えを坂爪さんが言語化してくれている事に悔しさ(?)を感じているので、今回は私も自分の経験と気づきを言語化して見ようと思いこのメールを送りました。

私は以前知的障害や精神障害がある(と言われている)人達が支援を受けながら一軒家などで共同生活する「ケアホーム」のスタッフをしていました。そこでの主な仕事は、

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「ロックンロールとキリスト教」

三浦綾子の小説に影響を受けた私は、キリスト教の教えに興味を持つようになった。20歳を過ぎた頃、東京でイラン人の牧師と出会った。その人はイランでストリートチルドレンとして生活し、弟たちの面倒を見るために窃盗や強盗を続けた。喧嘩が強くなければ生きていけないため、腕を磨き続けた。それが功を奏して、レスリングの世界大会に出場するようになった。だが、母国で戦争が起こり、軍人として戦地に赴いた。戦場は悲惨だっ

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「手当て」

娘がブラック企業で働いていて、家でしくしくと泣くことが増えたんです。頑張れって言い過ぎることもどうかと思って、この前、娘の背中に一時間くらい手を当ててみたんです。手当てって言葉もありますが、長い時間娘の背中に手を当てていたら、彼女の辛さや苦しさが伝わってきて、話しているだけではわからない感覚を感じることができて、なんだかすごいよかったんです。ずっと手を当てていたら、最後の方、ふわっと自分の手が軽く

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「ベンチ」

北海道では極道関係の方々や風俗関係の人々と頻繁に出会った。私は自分の連絡先を公開していた。ある日、ある女性から「会いたいです」と連絡が届いた。坂爪さんが都合のよいところまで行きますと言ったので、私は札幌の大通駅界隈を指定した。すると、彼女から「それでは私は三越のエレベーターの前にあるベンチに座っているので、坂爪さんの都合のいいタイミングでお越しください」と返信が届いた。なんでもないことと言えばなん

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「鳩」

大阪の天王寺にあるマンションに暮らす女性から「私は普通ではない暮らしをしているのですが、坂爪さんならきっと面白がってくださると思うから遊びに来ませんか」と連絡をもらった。何でも興味本位でひょいひょい足を運ぶ私は、その女性とはまだお会いしたことがなかったが家に行きますと返事をした。普通ではないとはどういうことだろう。軽く胸を弾ませながら指定された場所に行ったが、その後、身の毛がよだつ現実を目の当たり

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「小さきもの」

翔子から泣きながら電話がかかってきた。不倫相手にフラれた。相手の嫁に全部バレた。完全に一方的な別れだった。自分には何も言い返すことができなかった。最初からこうなることはわかっていたけれど、実際にそうなるとこんなにも辛いんだね。一つだけわかったことがあるよ。不倫をする男は、結局、何も失いたくないだけなんだね。そういうことを喚きながら、翔子はわんわんと泣いた。私より一歳年下の翔子は、この時、高校二年生

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「兄」

私の実家は新潟駅から30分程度の場所にある。東京から帰省した時など、家族の誰かが毎回新潟駅まで車で迎えに来る。この日は、四歳年上の兄が迎えに来た。新潟駅前で落ち合い、車に乗った。慣れ親しんだ道を通りながら実家に向かったのだが、この日だけはなぜだかどうしようもない胸騒ぎを覚えた。いつも通りの風景なのに、いつもと違う。なにも変わらないはずの風景なのに、なにかが違う。最初は、自分の気のせいだろうと思った

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