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レイ・ブラッドベリ 華氏451度

ニーヴン&パーネル「悪魔のハンマー」クラーク「渇きの海」ヴォネガットjr「プレイヤーピアノ」ホイル&エリオット「アンドロメダのA」フィニィ「盗まれた街」バロウズ「地底世界ペルシダー」デッシュ「人類皆殺し」グイン「所有せざる人々」メルル「マレヴィル」ヴィンジ「雪の女王」ゼラズニイ「アンバーの九王子」ローマー「時の罠」スミス「宇宙のスカイラーク」アシモフ「宇宙気流」まだまだあげればきりがないのですが、これらすべて愛読したSFが、すでに書店から姿を消しています。文化としての書物は淘汰の時代を迎えています。
『華氏451度』は巨匠レイ・ブラッドベリが53年(60年前!)に発表したアンチ・ユートピア小説の伝説的名作です。すべての書物が禁じられた未来、主人公は違法に所有された書物を焼却処分する焚書の仕事をしていました。しかし、ある現場で書物とともに焼身自殺する所有者の行為に衝撃を受け、自分の仕事に疑問を持ち始めます。そして彼は、その現場から禁じられている書物を持ち出してしまった‥‥。
冒頭、数頁を読んだだけで、ブラッドベリがいかに天才かがわかる名作です。書物を禁じられた未来を、主人公の心理描写と、なんの変哲もない日常生活の描写だけで、見事に描き出し、それが読者に異様に思える頃合いを見計らって、この作品の始まりのきっかけとなる少女が登場します。あとはそのまま最後まで、引き込まれて読了してしまう、これが読書の、本を読む楽しさ醍醐味だと思い知らされます。世界で何十年も読み継がれている作品を生み出すその筆の力量に圧倒されます。
この作品は、思想の啓蒙との象徴として本が扱われています。体制側が大衆心理操作を行うのに最も障害となるものが本であると。しかし、現代においては少し事情が変わってきます。今やインターネットの時代、出版不況で本は全然売れない、かつての愛読書はどんどん絶版、別の意味で本の危機を迎えています。それでも、発表から60年が経過したこ作品の主張するテーマの意味は不変であると考えます。すなわち、本の持つアナログ性でしょう。本を読むのにはわずかな光があれば良いのです。インターネットも、電子書籍も、電気がなければただのハコです。それを象徴する話が、冒頭にあげた「悪魔のハンマー」にあります。「悪魔のハンマー」は彗星が地球に衝突する話ですが、衝突後の絶望的な破滅に陥る人類も冷酷に描いています。その中で、書物を必死に守ろうとする男の話が出てきます。書物さえあれば、ここに記された思想や知識で人類が再起できる、彼はそう考えたのです。そんな時、電気が必要なインターネットや電子書籍では全く意味がないのです。紙が、紙に書かれた文字が、それがいかに重要か。例えば、今や写真はデジタルが当たり前です。かつてのようにプリントすることもほとんどなく、携帯電話やタブレットで見るようになりました。しかし、それらの機器を介することなく見ることが出来るプリントされた写真、それは見るものに制限がないのです。これが意味することがどれだけ素晴らしいか。それらが禁じられる、あるいは出来なくなる未来の恐ろしさ、おそらくブラッドベリは近い将来こうなることを見越してこの作品を書いたのでしょう。ですから、一部で言われている出版不況の話を、この物語の象徴的な要素として揚げる考え方もありますが、ちょっと違うかなあと。出版不況ってのは、あれでしょ、ヘンな既得特権を維持して甘い汁を吸いたい一部の権力者が、今や時代遅れの再販制度に固執するから至った文明的選択の成れの果てでしょ。音楽業界もそうだけど、そもそも、読者と作者、音楽を聞く人と提供する人、その仲介の仕事をしてる出版業界や音楽業界の連中が何であんなに威張ってるのかよくわかりません。
ところで、この作品、時代もあるかもしれませんが、登場人物が実に贅沢な使い方をされています。多くを語るとネタバレになるのですが、体制側からレジスタンスに転じる主人公、その主人公の心変わりのきっかけになる不思議な美少女(みんな大好きな美少女ですよ!)、主人公の参謀的存在になる書物に精通する老人、そして敵役として、かつての組織の上司であるボス、このボスがいかにも頭が良く力もある強敵なんですが、こんな登場人物が出てきたら、どう考えても、主人公が、美少女と老人の協力を得て、苦戦もするが最終的に敵役ボスを倒して、本に自由を、明るい未来を取り戻す、なんてノーテンキな話になると思うのですが、全然違います。残念ながら美少女は早々に退場しますし、老人もあまりアテになりません。そして最後に、この物語のテーマであろう、アナログ性、紙の可能性を遥かに凌駕するあるものの出現で締めくくられています。このクライマックス、やはりブラッドベリは天才です。

この記事は2013年2月24日に書かれたものです。

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