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【短編小説】消えゆく今

 あら? 向こうのソファのうえで携帯電話が鳴ってるわよ。
 あたしのは手に持っているから、あたしのじゃないわ。
 いったい、誰のかしら。
 そうそう。
 あなたちょうどいいところに来たわね。
 お願いしたいことがあるのよ。
 娘に連絡を取りたいんだけど、LINEの使い方を忘れちゃって。
 駄目ね、年を取るとこれだから困るわ。
 メッセージって、どうやって送るの?
 ええ、え? メッセージはちゃんと送られてる?
 へえ、そうなの?!
 でも、返事がないわ。 
 きどく?
 きどくが付かないと、見られてないってことなの?
 はあ、そういうことなのね。
 じゃあ、あたしのメッセージは届いてはいるのね。
 うーん。でも、なんだか納得いかない。
 もう一回送ってみたいんだけど、あたしにやり方教えてくれない?
 あ、携帯には触らないで。あたしが自分でやるから。
 あなたは手は出さないで口だけ出してちょうだい。
 そう、口で教えてくれればいいから。
 まず、何? たっぷ?
 へえ、それがたっぷ……。
 いちいち名前がついているのね。
 あたしはもう、おばあちゃんだから、たっぷって言われてもわからない。
 わからなくていい? まあ、そうね。ここを指で押せばいいんだものね。
 あ、画面が動いた。
 ここにメッセージを打ち込むの?
 これね、ここを押すと……、本当だ、文字が出てきた。
 すごいわね、便利なものだわ。
 昔なんて、こんなものなかったから、はがきを送ってたのよ。
 あの頃が懐かしいわ。
 えーと、
「おはよう。いつ頃、こちらに来られそうですか?」 
 これでいいわ。今度こそ届くかしら。
 ねえ、きどくになると、返事がくるってこと?
 それはまた、別の話?
 困ったわね、返事がほしいのよ。 
 娘はね、三人子どもがいて、ふだんは働いてるの。
 忙しいのは、わかるんだけど。
 せめて、一ヶ月に一回くらい、この施設に顔を見せに来てもいいじゃない。家族なんだから。
 そう思わない?
 はあ……。あら、いやだ。
 こんな話につき合わせて、ごめんなさいね。 
 あとは、この青い紙飛行機のマークを押せばいいのね。
 よし、押した。
 これで送られたってこと?
 ああ、よかった。できたわ!
 ありがとう。
 あなたのお陰で、娘にメッセージを送れた。
 あとは返事を待つだけね。
 なんだか疲れちゃった。あたしだけかしら?
 あ、そうそう。せっかくだから、お茶でも飲んでいかない?
 まだ少しくらい時間あるでしょ? ほんのお礼よ。
 ちょっと待っててね。
 あら? 向こうのソファのうえで携帯電話が鳴っているわよ。
 あたしのは手に持っているから、あたしのじゃないわ。
 いったい、誰のかしら。
 そうそう……。

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