見出し画像

十年ぶりの復活

僕には恩人が何人かいる。

お盆の時期だったのもあるのかもしれないけれど、今日になって、ふと八年前に亡くなった恩人の一人を思い出した。

彼は男らしくて、強くて、かっこいい人だった。

病気になって働けない状態だったのに、実家を追い出された僕を助けたいと言って、二ヵ月間も生活の面倒を見てくれた人だ。

ただし、これにはいろんなエピソードがある。

厄介だったのは、彼がアルコール依存症で、お酒を止められなかったことだ。

肝硬変が進行していてチビチビとしか飲めないくせに、朝、目が覚めたときから寝るまでのあいだ、僕をつき合わせた。

悪酔いしたときは暴れた。

これがまた厄介だった。

彼は若い頃に空手の全日本チャンピオンになったことがある。

いくら病気で体が弱っているとはいっても、チャンピオンはチャンピオンだった。

僕はボコボコに殴られたり膝蹴りされたりしながら、ひたすら攻撃に耐えた。

やり返すことはできなかった。

あまりの痛さに殴り返してやりたかったけれど、病気ですごく細くなった彼を殴ることはできなかった。

最期に彼に会ったのはいつだったか、もう覚えていない。

僕に会いたがっていたのは、人づてに何度か聞いていた。

でも、僕は会いに行かなかった。

彼の家庭環境は複雑で、僕が会いに行ったら最後。面倒を見なければならない状況になりそうだったからだ。

僕には、そのとき家庭があった。

自分の家族を守るためにも、僕は行かなかったのだ。

そのことに後悔はない。

とはいえ、強いて言うなら、今でも気にしていることが一つある。

形見として持っていて欲しいと言われていた、パワーストーンのことだ。

「おまえは、もっと堂々と生きろ」

そんなことを言いながら、彼は大切にしていたパワーストーンを僕に託した。

糸が切れていて石だけになっていたから、修理しなきゃって思っていたけれど、かれこれ十年くらいそのままにしていた。

それが今日になって、なぜかわからないけれど、そろそろ身につけていいかなと思った。

なんでだろう。

ぼーっとしながら考えていたら、その理由がわかった気がした。

確か恩人が亡くなったのは、今の僕の年齢くらいの頃だったのだ。

これも何かの巡り合わせなのかもしれない。

さっそく僕はパワーストーンの修理屋さんを探して、直してもらうことにした。

ああ、そういえば、彼は「いつか俺のことを本に書いてくれ」って言っていたけれど、当時の僕はライターでも何でもなかった。

僕が将来、物書きになるのを、わかっていたのだろうか。

彼のことだから「かっこよく書けよ」と言うに決まっているけれど、僕は絶対にかっこよくなんか書かない。

まあ、そうは言っても。

どれだけ「ありがとう」を言っても、足りないくらいお世話になった人だ。

一緒に過ごしていたときは、お互いのどこが気に食わないとか、その考え方は間違っているとか言い合ったりしたし、取っ組み合いのケンカになったこともあった。

今でも右手に古傷が残っているのだけれど、それを見るたびに人と正面から本気で向き合ったのは、彼が初めてだったことを思い出す。

人とほどよい距離感で人間関係を築くのが苦手な僕だけれど、不器用ながらも大切に思う人たちに対して、後悔のない自分でいたいと改めて思った。

仕方ねえな。

明日、ブレスレットを修理に出してこようかな。

よろしければサポートをお願いします!いただいたサポートは、作家としての活動費に使わせていただきます。