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スペキュラティブデザインのAnthony Dunne氏と1対1で話して学んだこと

現在パーソンズ美術大学(Parsons School of Design)のMFA Design and Technology Program(通称DT)で客員研究員として2022年8 月から1年間滞在しています。

スペキュラティブデザインやクリティカルデザインで有名なDunne & Raby(Anthony DunneさんとFiona Rabyさん)は、2016年よりパーソンズ美術大学で教鞭を取っています。この記事ではAnthony Dunneさんと2023年4月10日に1対1でお話しする機会を頂き、私のプロジェクトへのアドバイスと彼らの教えるデザインについて教えてもらったのでその内容をまとめます。

お話しをするきっかけ

2022年秋セメスターにMajor Studio 1という個人プロジェクトを実施する授業(先生はAnthony DunneさんやFiona Rabyさんではない)で、私はスペキュラティブなデザインプロジェクトを実施していました。そのプロジェクトはリサーチとしてまとめ、国際会議であるSIGGRAPHに投稿しアクセプトされました。

もともとスペキュラティブデザインのプロジェクトをやろうと思っていた訳ではないのですが、授業の先生のアドバイスを元に試行錯誤しながらプロジェクトを進めた結果、スペキュラティブなデザインプロジェクトになっていました。

もちろんパーソンズに来る前に、Dunne & Rabyのスペキュラティブデザインの本は読み、様々なスペキュラティブデザインの作品を見たりしていましたが、きちんとスペキュラティブデザインを理解することは出来ていませんでした。プロジェクトやAnthony Dunneさんとの対話を通して徐々に理解していきました。

スペキュラティブデザインをしているので、Anthony DunneさんやFiona Rabyさんにプロジェクト内容に関してアドバイスをもらいたく、同じ大学にいる彼らに連絡を取り、Anthony Dunneさんとお話しする機会を得ました。

Anthony Dunneさんは彼のラボや授業外の人でもお話しを受けてくれる寛大な方で、とても優しく、色々な疑問に対して真摯に答えていただきました。

スペキュラティブデザインとは

スペキュラティブデザインとは何か

スペキュラティブデザインとは何でしょうか?

スペキュラティブデザインとは、「未来はこうもあるのではないか」とこれまでとは違った新たな視点から、物事の未来を見つめるデザインの立場のことを指します。

https://kaad.jp/column/about_speculative-design/

スペキュラティブデザインの詳細についてはこの記事の趣旨から少しずれるので説明を省きます。詳細を理解するにはDunne & Rabyのスペキュラティブデザインの本を読むのが一番良いですが、以下の記事もとてもわかりやすいです。

スペキュラティブデザイン関連で混同しやすい言葉

一方、企業や授業、学術論文など、Dunne & Rabyの文脈外の様々なところでスペキュレーション(Speculation)、スペキュラティブ(Speculative)、スペキュラティブデザイン(Speculative Design)という言葉がよく使われています。

例えばAIのハードウェアスタートアップであるHumaneのDisocordコミュニティにはspeculationというチャンネルもあり、そのチャンネルでは主にHumaneのデバイスを使った未来のUIのあり方ついて議論されています。

HumaneのDiscordコミュニティ

また授業でも先生や学生が批評をしている時に、SpeculationやSpeculativeという言葉がよく出てきたりするので、最近では一般的に使われているワードと理解しています。

ただしDunne & Rabyのスペキュラティブデザインと、彼ら以外が使っているSpeculationやSpeculative、Speculative Designという言葉の意味に違いがあるように感じられ、それがスペキュラティブデザインを理解するのに混乱したポイントでもあります。

結論としてはDunne & Rabyが教えているデザイン(スペキュラティブデザインと言わない理由は後述)と、一般的に使われているSpeculationやSpeculativeはポイントが少し違う事がわかりました。

Dunne & Rabyが教えているデザインは社会的で哲学的な議論を起こすためのデザインである一方一般的に使われているSpeculationやSpeculativeは純粋に未来を思索する時や、少し変わったあり得るか微妙な未来を思索する時に使われていると感じます。

またスペキュラティブデザインを調べていると、デザインフィクション(Design Fiction)というワードも一緒に出てくることが多いです。

デザインフィクションに関しては、SF作家のブルーススターリングさんの言葉が理解しやすいです。

デザイン・フィクションとは、未来になっても何も変わらないだろうという考えを見直してもらうために活用する、物語的プロトタイプのことだ。今まで思いついた中で、この定義が一番しっくりくる。ここで重要なのは「物語的(diegetic)」という言葉だ。未知のオブジェクトやサービスが生まれる可能性について真剣に考えること、そして、世間一般の事情や政治的トレンドや地政学的な策略よりそっちの方に、みんなの力を集めようとしていることを意味する言葉なんだ。デザイン・フィクションはフィクションの一種じゃない。デザインの一種だ。それは、ストーリーというより、世界を伝えるものなんだよ。

ブルーススターリング

スペキュラティブデザインとデザインフィクションは近い内容ではあるものの、Anthony Dunneさんもブルーススターリングさんも「Speculative Design ≠ Design Fiction」と明確に言及しています。

Anthony Dunneさんに聞きたかった内容

Anthony Dunneさんに聞きたかった内容は、以下の通りです。

  • 私のプロジェクトに対して

    • スペキュラティブデザインとして成り立っているか

    • 伸ばすべきポイント

    • 修正すべきポイント

  • スペキュラティブデザインのプロジェクトの作り方、アイディアの出し考え方

  • スペキュラティブデザインをビジネスでどの様に活かすか

これらを聞きたかったのですが、私のプロジェクトに対してはあまりアドバイスをもらうことはありませんでした。Anthony Dunneさんと話し終えて感じたことは、私が実践したスペキュラティブなプロジェクトは、リサーチとして纏めるべくユーザーインタビューを実施しまとめていますが、彼らのデザインはもっと社会問題や哲学についての議論を引き起こすことに注力を置いているという点で違いがありました。

今回は主にDunne & Rabyの教えているデザインについて教えてもらいました。

スペキュラティブデザインはもう無い

スペキュラティブデザインで有名なAnthony Dunneさんですが、彼は「スペキュラティブデザインはデザインフィクションなど色々な意味合いで使われているので、スペキュラティブデザインという言葉を今はあまり使っていない」とおしゃっていました。

「それでは何というデザインをしているのですか?」と聞くと、「特定の名前は無いんだけれど、言うならば"Speculative form of design"ですね」とおしゃっていました。

私もスペキュラティブデザインを理解する時に混乱したように、スペキュラティブ(Speculative)やスペキュレーション(Speculation)という言葉がDunne & Rabyのデザインとは別の意味合いで使われているため、彼らもスペキュラティブデザインという言葉は意図的に使っていないと理解しました。

Dunne & Rabyは現在何を教えているのか

Dunne & Rabyが現在パーソンズ美術大学でどういったデザインを教えているのでしょうか?

Anthony Dunneさんは、Dunne & Rabyの現在教えているデザインはアカデミックの中で議論を起こすためのものであり、アートであり、現実からパラレルワールドにあるとおっしゃっていました。

彼らのデザインの重要なところは、以下2点です。

1. 非現実的な未来の世界にジャンプする

まずは現実の世界から発想をジャンプさせて新しい世界を作ります。ポイントは"Not Here, Not Now"です。新しい世界にジャンプする前に、Pre-Projectと言い、現在や過去ついても考えることもあります。

過去、現在を理解した上で、考える世界は、現在の世界の延長線上ではなく、パラレルワールドであり、非現実的な世界を思索します。未来を考えた上での世界を描くのではなく、現実から少しズレた世界を考えます。未来を考えてしまうと、それ自体がバイアスになり代わり映えのない世界になってしまう可能性があるからです。

この世界は、ロジックが通った世界でなくてもよく、議論がされる世界であればどんな世界でも問題ないとのことです。

このパラレルワールドを考えることは、Anthony Dunneさんが大学で教えているデザイナーやアーティストの学生でも大変難しいものです。なので、まずはクラスでの心理的安全性(どんな意見を言っても大丈夫という人間関係と環境)を作ることから始めています。

またDunne & Rabyのクラスでは、毎回100ワード以内で説明出来る様に学生に文言を考えてもらい、それを元にディスカッションしながらプロジェクトを進めています。言葉で新しい世界観を全て伝えることはとても難しく、100ワード以上にするとわかったようなわからないような説明文になってしまうため、文字数制限を設けています。毎週100ワードをより短くアップデートし続けることで世界を作り上げていきます。

2. その世界で変化をもたらす文化的、社会的、哲学的問題を考える

ジャンプした非現実的な未来の世界において、発生する文化的、社会的、哲学的問題を考えます。そういった世界において何が変化をもたらすのかを考えることが重要です。

例えば以下の様な問題を考えます。

  • テーブルにコーヒーをこぼした時にどの様に人間がケアするか、全ての世界がどの様に影響するか

  • 新しい車が出来た時の新しい交通渋滞とは何か

こういった問題を考え作品を作ることで、作品を見た人に考えさせ、議論を起こさせる事が重要です。問題に対しての回答を自分で見つけ出す必要はなく、議論出来る作品にすることが必要です。

またEUではMore Than Humanという考え方が多く使われています。人間中心の考え方から人間以外の動物やモノ、社会を中心とした考え方をすることもあります。文化的、社会的、哲学的な考えるポイントもMore Than Humanの考えを元に、人間以外の視点に立ち考えてみることも可能です。

学生のプロジェクト紹介

2023年春セメスターにDunne & Rabyのクラスを受講した友人が作ったプロジェクトはこちらです。

最小元素である水素を使った言語を作りました。その言語はどの様に記述されるのか、体という制限がある中でユーザーがどの様に言語を理解するのか。といった事象の議論をデザインしています。

Dunne & Rabyのデザインをビジネスに応用出来るか

多くの企業人は未来を描きビジネスにすることが求められます。ではDunne & Rabyのデザインはビジネスに繋げることが出来るのでしょうか?

Anthony Dunneさん曰く、彼らのデザインは議論を起こす事のみに焦点をあてており、ビジネスで活かす事は考えていないとのことです。彼らのプロジェクトで議論を起こした後、マイクロソフトがその延長線上でプロジェクトを起こしていたりしますが、そこに彼らは一切関わらないそうです。

ビジネスに一切関わらない事で、より一層アカデミックとして深く検討出来るメリットもあるのかと思います。

しかし企業人の私は「でももしビジネスに活かすならどうすればよいか?」と食い下がって聞きました。そうするとJulian BleeckerさんのNear Future Labや元Google X HeadのNick Fosterさんを紹介してもらいました。

Julian Bleeckerさんは、OMATAの創業者であり、Near Future Laboratoryの主宰者です。主にDesign Fictionを使い、企業が未来を思索するお手伝いをしています。また彼のPodcastも人気です。

Nick Fosterさんは、Goolge XのDesign Headだったデザイナーで、2021年にはRoyal Designer for Industryに選ばれています。未来にあるかもしれないプロジェクトをデザイン観点からリードしていました。

またJulian BleeckerさんとNick Fosterさんは、Fabien GirardinさんとNicolas Novaさんと共にNear Future LaboratoryでThe Manual of Design Fictionという本を出しています。

まだ私もJulian BleeckerさんやNick Fosterさんの探求するデザインをまだ理解できていませんが、Anthony Dunneさんからビジネスで活用するならと紹介頂きましたので、今後学ぼうと思います。

Near Future LaboratoryのPodcastにDunne & Rabyが出演したエピソードでは、Julianさん、Anthonyさん、FionaさんがFutureに関してトークしているので、もしご興味があればご覧ください。

また企業ではDunne & Rabyのデザインは、未来を考える社内プロジェクトや社内トレーニング用途でも使えるのではないかとおっしゃっていました。

通常未来を考える時には、ハリウッドや倫理、社会問題などからある程度情報をもらい、未来を考えることが多いです。しかし未来は考えもしないことが発生します。なのでDunne & Rabyのデザインを社内プロジェクトで実施することで、これまで誰も考えなかった未来を作る発想力を鍛える事が出来ます

最後に

スペキュラティブデザインを初めて聞いた方や、私の様に本を読んでも理解しきれてない方もDunne & Rabyの実践するデザイン、またSpeculativeというワードの一般的な使われ方を理解して頂けたら幸いです。

どんな未来を作るか。という究極の課題に対し、どの様に未来を語りビジネスにつなげるかを一緒に考えていきましょう。

ご質問、ご意見等ございましたら@keijirohnからDM下さい。


※2023年7月5日に再度お話しする機会があり、その内容も更新しました。

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