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SF短編小説「オール・マイティなカード所有者」1️⃣

はじめに
 この短編小説は、本年(2023年)9月に予定されている「第37回福島正実記念SF童話賞」に応募したものですが、本来高校生以上を対象にした作品であるので、対象を小学生高学年に切り替えた結果、本文中の例えば「ラブホ」は「ネカフェ」などと一部表現を変更した次第です。


1 世界に一つしかないクレジット・カード

 誰も信じないかも知れないけれど、僕は今「世界に一つしかない」クレジット・カードを持っている。ひょっとして自分も持っているとあなたは言うかも知れない。16桁の数字が記載されていないクレジットカードのことでしょ?それは最近僕も手に入れたから、そういうものとはちょっと違うんですよ。

 一応自己紹介するとすれば、僕の名前は久徳真央ひさとくまお。平成元年の三月奈良市の近鉄西大寺駅前にある産婦人科の病院で生まれているから、今年は三十四歳になるんだけど、その病院は落ち着いたピンク色の看板広告がホームから見えていて、当時ラマーズ法とうつぶを推奨していたらしく、割と硬めなベッドでうつ伏せに寝かされていたらしい。ちょっと医療費が高かったらしいけど、院内は綺麗で、いろんな面で両親の気に入ったらしいのだ。その僕が成長して世界で一つしかないカードを所有することになってしまったのだ。

 そんな出鱈目な話信じたくないって?別に構わないけど、病院は、本当にあるよ。平野医院。ただそれ以上どうでもいい情報だから割愛してもいいんだけど「平成1年3月9日の夜9時31分」に生まれたらしい。つまりどちらから読んでも同じ数字が透明な保育器の名前の下に記録されてにいて両親が驚いたらしい。

 大学は京都の私大を一応出てはいるけど、一定の仕事に就いたことはない。だからプー太郎でもいいし、自称だけどゲーマーでも何でもいいよ。中国では失業率が20%を超えたと言っているが、元々就職していないんだから僕には関係がない。

 事の成り行きはいろいろあって、ちょっと説明がややこしいんだけど、話したからって信じないだろうから別に信じなくてもいいし、信じて欲しいから話しているんじゃないからそれを先に断っておくよ。僕の生まれた街で偉い人が最近暗殺されたニュースは世界中を駆け巡ったからその辺りは多少注目されているのは僕も知っている。僕が生まれた駅前の街とその人が亡くなった所が全く同じなのが不思議に思えた。


 今からあなたにとっておきの話をしようと思っている。僕はどこか(それを具体的に話すことはできない)日本の奥まった所にいて、彼と会っていた。彼というのは、どっかの資本家の孫だと思う。出自を追うことは自分では得意な分野の一つだと思っているけど、彼の出自については、ネットでの呼び名しか分からず直接実名も聞いてないし(後で知ることになる)、それを追求する必要も僕にはないから敢えてしていない。だからこれは想像するしかないんだけれど、イギリスの資本家でロンミンとかあるけど、知っているかな?南アフリカは金とかダイアモンドとか日本にはない鉱脈があるけれど、その中でプラチナで鉱山を所有する会社なんだけれど、そんなメジャー資本が世界に色々あるみたいで、そことも関わりがあるみたい。ただ彼の話の中には南アとかオーストラリアにある何とか鉱山とかの名前はちょくちょく出てくる。

 彼は二十五歳くらいだろうか?僕より十歳近く離れているように思うけど、ちゃんといつも一緒に行動する若い女性がいる。その女の子も彼と同い年くらいな子で、二人いつもせっせとSEXに励んでいるみたい。

 その彼がいたく僕を信頼しているんだから仕方ない。きっと僕が描いているデザインをNFTにより購入したのがはじまりなんだけど、これも説明がややこしいんだけどね、うーんと普通イラストでも絵画でも何でも描いた人に著作権があるというのは理解できると思うんだけれど、それをネットを通じて売り買い出来る世の中にもう現代はなっている。NFTは仮想通貨とよく似てるけれど、「非代替性トークン」という名前が付いていて、仮想通貨との類似点はブロックチェーンという仕組みでそこに記録される点だと思う。違うのはあくまで代替できない(同じ物はない)ことかな。僕がやっているイラストとか、人によったら絵画や画像、動画などいろんな種類のデジタル・データがあって、それが即売り買いできるようになってるんだから、不思議と言えば不思議だけどね。


 さっき言ったように、僕のデザインを一度彼が買って彼のお気に入りになって、何というか一種の「ファン」になったような感じだったんだね。そしてここも少しややこしいんだけど、例のビットコインを創始したナカモトサトシが日本人かどうか不明なように、その二十五歳くらいの彼も具体的に日本人か韓国人かあるいは台湾人かウクライナ人か、はたまた多国籍の人間ってこともあり得るけど、実は分からないんですよ。というのは、僕らは子供から普通に大人になっていくものだけれど、自分が未だ知らない世界がどこかにあるということを僕らは知らないんだ。

 ある日彼が僕に言ったのは「カード、作ってもいいよ」という一言だった。そんな彼の世界に知らない間に僕は入っていったのかも知れない。

 カードとは、僕らが子供の頃に流行っていた遊戯王のカードくらいに思ってて直ぐにクレジットカードとはピンと来なかったけれど最初は。

 でもそれまでに彼とはLINEでやり取りするようになっていて、連絡手段はLINEでやるようになり、それから程なくして彼の関係者の男性が現れて、具体的なカード作成の要領を話した後、直ぐにカード作成の話を進めることになったのだった。

 男性は確か吉富よしとみっていう名前だったと思う。デザインがどうのとか、クレジットだから主要なVISAだとかMastersや JCBをまず選んで決めると思うんだけど、一通りの手続きが済んでそれを確実に流通するためにカード作成するに当たり、立会いするための男女の、これも彼の関係者なんだけど、彼らが「認証する」というか、確認する作業をする段になって不備が発見されたのだった。

 僕は別にそういうことならあってもおかしくないと思ってしまうし、元々カードを作る話なぞ要らないことなんだから、不備があっても別にこだわらず「ああ分かりました」という程度の愛想は送ったくらいだった。男女のうちの一人で四十代くらいの吉田という男の人がカード制作会社の吉富に指示して作り直しを命じた分け。どういう訳かこのカードの不備は都合三回もあって、申し訳ないほど吉田という人を怒らせてしまうことになってしまっていたのだった。

 確かに吉富も理由はあったにせよカードの不備が複数回も続いたことに自信を失くしてしまったのか、最後は何度も確認して依頼者の信頼を回復しようと必死だった。一度カードの製作過程に興味があって見せてもらったことがあったけど、それは端から見ていても気の毒なくらい憔悴しょうすいしているようにも見え、それ程真剣で、明らかに「乾坤一擲けんこんいってき」の勝負だった。

 それでやっと誕生した「世界で一つしかないクレジットカード」は、それこそ万能オールマイティとでもいうべき代物になっていたのだった。あなたがもしカードを所有しているなら銀行の口座で引き落としをしていると思うけど、つまりさっき言った大金持ちの孫と思われる人がその口座を引き受けているのだと想像している。

 今まで持っていたカードは表面に16桁の数字があり、裏に3桁のセキュリティコードがある。でも今回のカードにはそれらがない。何だ、これ使えないじゃん、なんて即断するのは素人で、最新のカードにはそういった数字が表示されていない仕組みになっているんだよね。ただICチップという金色の四角いものが全ての情報を隠しているらしいから、それで僕は安心した。


 この万能という意味をあなたは理解できるだろうか?

 言い換えたら「オール・マイティ」で、トランプのジョーカーがその役目をすることがよくあると思うけど(日本ではジョーカーを「ババ」と呼んだりする)、世の中のありとあらゆる物を即座に購入することが出来るということを意味するんだ。

 それじゃあ、スポーツカーを買ったらいいじゃんって?そう言うと思った。でも車は、彼からもう頂いたんですよ実は。  

 車は、青色のカブリオレの車で、アバルト124スパイダーというイタリアのフィアットの名車なんだけど、それを僕が特別気に入ったからくれたというより、特別これをと注文しないで彼が勝手に決めたもので、まだ乗ってないし、ドライビングとか性能の類は評価のしようもない。それに彼は、僕と助手席におさまる彼女用にとサングラスを二つ用意してくれたのだった。 

 それぞれ違う種類の物で、僕のは少し大きめ、もう一つは少し小さいサイズのものだった。二つともフレームは黒だった。

 そのサングラスに一体どんな意味があるのかも僕は知らない。

 3Dゴーグルなら最近よく聞くんだけど、それだったら良かったんだけどね。その車にはきっと僕は幌付きのクローズ状態で乗ると思う。オープンカーに違和感があったからだし、これ見よがしのオープン状態は僕の好みじゃないから。初夏か初秋の季節に誰もいない美ヶ原高原でも行った時に、もしその時隣に彼女がいたなら、ゆっくり屋根を開けて解放感を味わうかも知れないけどね。「ちょっと開けていい?」って念を押して開けるけどねもちろん。

 それで車を買う必要がなくなったことの説明を今したんだけれど、じゃあ都心のタワマン買ってみたらとすすめる人もいるかも知れない。世の中で即決で土地物件を買う人は少ないだろうけど、たまにいたりする。安室奈美恵が京都の平安神宮の近くの岡崎というところに即決でマンション買ったように。大概はローンで死ぬまで負うのが庶民なのだから。

 でも僕は自然のあるところが好きで、都心の真ん中で暮らす夢は残念なことにもってない。


 ただ一つだけ肝心で悩ましいことは、そのカードの保存ということに思い到ったことだった。僕はケータイのカバーにJR東(EAST)のカードほか2枚、計3枚のカードを入れてある。具体的にいえば、一つは近鉄のKIPSカードで日航と連結している(それも最近連結しなくなったみたいだけど)、それと親父にもらったJPカード。親は日本の警察だからそれを得意気に言っていたものだった。でもカードをもらったけど口座をもらった訳ではないからね。JRのカードは、Suicaやviewと連携している便利なものだけれど、時々入れてあるところから「出たがった」りしているから用心していた。もちろんカードを入れるポケットに隙間があるからなんだけど、スキミング防止の施しもしてあるけど、カードを二枚重ねにして上げると収まることは収まる。そんな風にもし最強のカードをいつの間にか知らない間に失くしたらそれこそ大変なことになってしまう。

 日本では親切な人に拾われれば、交番に届け出る人が多いからまだ安心だけど、中には「いい物見っけ!」などと思って、高価な買い物を平気でする人もいないとも限らない。それにネットだったら簡単に手続き出来てしまうしね。実際にそんな被害を親から何度も聞いたことがある。このカードだけは失っちゃあダメだからケータイには入れないし、財布だって落としてしまう確率があるからこれまでの自分の行動を見ても、変な話だけど自分自身がいちばん信用がおけない。これは去年僕が実際に体験したことなんだけど、既にその方との間に示談が成立しているから詳しいことはここでは書けない。ただ事実としてその有名な外資系のハンバーガーショップで起こったことは記憶に留めておいた方がいいかも知れない。僕はそこで青緑色の財布を落とした。その財布は、父が退職した時に記念の名目で二人で出かけたチェンマイのシルクビレッジで買ったものだった。その財布はその時直ぐに店員に拾われいてるから助かった。そう最初は思っていた。クレジットカード数枚にキャッシュカード一枚、現金三万円、切符二枚、それにイチローが252本ヒットを打った記念のスタバのカード。それはwebか店舗でチャージ(入金)して使うものだった。しかしその財布は果たして警察には届けられていなくて、店の金庫からその管理者の車の助手席に乗せられ、そしてその後はハンバーガーを入れる紙袋と共に行方不明になったというのだった。そんなことあるわけないじゃんと思っても、そう主張すればあり得るのだ。ほんとにその青緑色のヘビ柄のような財布は買ってもらっただけに残念で仕様がないけど、過ぎた事は仕方ない部類の出来事になってしまったのだった。


 話を本題に戻すと、カードを家に置いておけば安心か、というと一応安心だけど、万が一のことがある。我が家には幸か不幸かまだ空き巣に一度も入られたことがない。外でひったくりに遭ったこともない。酔っ払って寝てしまったことはあるけど、抱きつかれて懐から金銭を奪われたこともない。昔自転車は取られたことはある。恐喝にもあった。けれど夏目漱石のように「兎角人の世は住みにくい」と嘆くほどでもなかった。ただ安心し切っているとやられるから、適度な警戒心を持って行動するのが得策だと思っている。だから柔道を始めたというのもあるんだけれどね。得意技は、体落としと大内刈り。体落としは投げじゃなく、どちらかと云えば振り回す技で、大内と連携できる。そして自分は投げ技をスイッチ出来る特技があるから意表を突いてどちらにも敵を倒せる。でも敵が何か道具を持って向かってきたら、回し蹴りで道具を落とそうとするし、落とせる自信はあると思う。かなり回し蹴りも練習していたから。

 それで、そのクレジット・カードは自宅保管することになったんだけど、家の誰もが知らないところ、天井裏のようなところが良いと探していたら、いい場所が見つかった。これなら空き巣に入られても安心なところだ。

 家には一匹の犬がいる。それは甲斐犬かいけんという種類の雑種だと今では分かっているけど、九年ほど前に岡山県の倉敷に近いところでもらってきたものだった。ちょうど自宅で母がお気に入りでお守り代わりに大切にしていた犬が死んだことがあった。

 だから岡山のある呉服屋さんが里親を募集していて、ちょうど僕たちが探していたところをその飼い主の人とマッチングしたから、生まれたての仔犬をわざわざ車で岡山までもらい受けに行ったのだった。実際には、柴犬が「売り切れ」だったのだった。貰い受ける条件として、不妊去勢手術をすること、指定のワクチン等をきちんと受けることとされていた。もちろん可哀想だけど、貰い受けてからその雄犬には決められた手術や予防接種を行なった。ただそういうことが影響してか知らないが、ちっとも人になつかなかった、僕も含めて誰にも。 元々この犬がかないのは、母犬のお腹の中にいる時に人間に襲われたか、生後間もない頃に人間に叩かれる等して人間不信に陥ったか、彼の棲家すみかは里親のここじゃないとい思っているかのようだ。 

 一度だけ奈良の吉野の山奥の渓流があるところに連れて行ったことがある。首輪を外すと、ほんとにこいつどこかへ雲隠れしてしまうんじゃないかと思えたほど山の中を彷徨さまよい続け、仕舞いにはこのまま野生にした方がマシじゃないかと思えたほどなかなか戻っては来なかった。

 その犬が成犬になり、相変わらず毎日のえさだけを当てにして生きている。今庭の木製の犬小屋にいるから、いくら何でも犬小屋には誰も近寄らないとの確率的な信念で犬小屋の中に一つ収納箱をこしらえて、その中に隠すように入れてある。

 必要になればいつでも取り出せるし、犬がそこを開けることもない。その犬は「ロック」という名前を付けられているんだけれど、さっき言ったように生まれつきな哭かない犬だった。人間であれば咽唖者に相当するだろう。それでも嗅覚や聴覚は劣っていないと思われる。観察していると、その分何か他の犬にない特別な能力を生まれつきもっているんじゃないかと思っている。

 特別な能力、人間の話すことが分かるということ。そんなことあるわけないだろう、と思っているあなた。これは僕も最近まで半信半疑だったんだけれど、ある事がきっかけで信じることになったのだった。


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