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『総力戦』 吉川 昂希

田島からブログのバトンを引き継ぎました。
「落単を顧みずに競走部へ身を捧げまくっている」
なんだか響はカッコよく聞こえるのですが、ただの怠惰ですよね。わかってます。
でも気がつくとSFCにいなければならないはずなのに、日吉の部室にいました。
自分でも不思議でしょうがないです。
主将を見習って、大学生活最後はちゃんと勉強してみせます。

自己紹介が遅れました、吉川です。
今回のテーマは「2023年最高の(もしくは最低の)試合」です。
自分にとって去年は壁にぶち当たりまくった年だったと思います。一つ一つの試合をとってもたくさんの壁がありましたし、選手としてもたくさん悩んだ年でした。
そんな中での「2023年最高の(もしくは最低の)試合」について語りながら、自分の思いも書き連ねていきたいと思います。


最高と最低とは

2023年色々な試合がある中で、自分にとって最高と最低って何かを改めて考えてみました。

最高の瞬間と言えるのは、六大学で三輪が優勝した時だと思います。
自分でも思考が追いつかないくらい、嬉しかった。

彼が優勝したことも嬉しかったですが、その後のインタビューで「この大会のために頑張っている仲間のために」という言葉を聞いて号泣しました。
本気の思いに、本気で答えてくれる人がいるのだと。

靴に穴が空いたことなどどうでもいい。
今となっては勲章だと思っていますし、穴が空いたまま今年も駆け抜けます。
研究会も一緒なので彼とは学生生活の最後の最後まで一緒になりそうです。

それでも最高の瞬間であっても、六大学は最高の試合ではありませんでした。
精一杯を尽くした自信はあります。それでも、もっとやれることがあったと思いますし、悔しいところがたくさんあります。

テンション爆上げの抱擁
あっ。

では最低は??
考えてすぐに思いつきました。六大学の嬉し涙とは反対に悔しくて悔しくて泣きたくなった試合がありました。


最低の試合=「第99回早慶対抗陸上競技会」

とにかく悔しかった。大きく悔しかった理由は2つあります。
1つ目は、自分が主務補佐として何もできなかったこと。
自分にとっては六大学が終わって、初めての対校戦であり六大学で培ったノウハウを活かす絶好の機会だと思いました。しかし、結果的に限られた時間の中で、中途半端な仕事ばかりでした。

今思えば主務補佐としては半人前もいいところで、自己の成長に目がいきすぎていたと思います。自己の成長に目がいきすぎていた理由は、競技以上に自分の成長を実感しにくく、もどかしさを感じていたからです。今でもそうですが、周りの活躍する同期に負けないように、結果を常に追い求め、形にしていきたいという気持ちが特にこの時期はありました。でも日々目の前の結果を追い求めすぎて、自分が本当にすべきことが見えにくくなってしまったように感じます。

2つ目は、純粋に勝てなかったこと。
試合が終了して、1人で諸室周りの片付けをしていました。
改めて、負けという結果を突きつけられて、とてつもなく悔しくなりました。
競技という形で貢献できないのだから、悔しがっても仕方がないのではと思われる方もいるでしょう。


主務チームの公式戦における役割

そもそも、主務チームの対校戦における役割は、2つあると思っています。
1つ目は「公式戦を作る」ことです。
対抗戦の開催のためには、両校の大会のビジョンを共有し、意見を擦り合わせながら準備を進める上で相手校との度重なるミーティングが必要になります。

少し格好つけた言い方をすると、この時点から慶應の勝利のための準備は始まっています。

もちろん議論の時点では、慶應側としての意見や要望を明確にしつつも、慶應にとって優位な方にと思って進めてはいけません(特に自分は幹事長という役割なので)。あくまで、両校にとってベストな形での大会を目指すことが目的です。議論では両校にとってベストな試合とは何か、より価値ある公式戦を作る上で何が必要かを相手校と一緒に考えます。

価値という抽象的な言葉を使いましたが、要は出場選手、観客、運営スタッフにとって「最高の試合だった」と思えるかどうかということです。この価値への議論と準備が尽くされなければ、誰もモチベーションが上がらない「消化試合」というものになります。

遠回りかもしれませんが、相手校との議論を尽くすという過程が、慶應側の「最高の試合だった」を生み出す土台だと思っています。

そして2つ目の役割は勝利のために「チームを作る」ということです。
これはもはや、主務チームだけの役割ではありません。

チームとして勝つためには何が必要か、幹部としてどんなメッセージをチームに伝えるべきか、サポートはどんな体制で臨むべきか、大会の運営を正確かつ効率的に運営するためにはどうするべきか、そして一番大事な皆さん1人1人がどう試合に臨むか。
どれが欠けても勝利することはできないと思っていますし、ここをみんなと一緒に考えて作っていくことが一番のやりがいです。

ただ、自分の中で第99回はこの準備を満足にできませんでした。
そもそも両校の議論は尽くされていただろうか、チーム全体で勝利に向けた準備を進められていただろうか、自分を含めた主務チームは最大限力を発揮していただろうか。
片付けをしながら、「準備負け」をしていると思いました。

そして何よりもインカレでトラック優勝を果たした、早稲田の強さを目の当たりし自分の甘さを痛感しました。


それでも最高の試合=第99回早慶対抗陸上競技大会

それでも昨年で最高の試合は早慶戦だったと思います。
それは「主務系」が「主務チーム」と思えるようになったからです。
それまでは、全員見ている方向が違っていて、連携できているようで連携できていない感じでした。

ちなみに、一つの試合を作ろうと思うと実は大変な労力がいります。
みんなが試合のシミュレーションをするのと同じように、運営側もシミュレーションをたくさんします。前日の準備はどう割り振りをして、当日は、誰が写真判定の準備をし、開場をし、審判の対応をし、など考え尽くす限りのことをします。

早慶戦の時は試合後の夜も長かったです。ですが六大学の時とは違って、早慶戦の時は疲労を通り越して、主務系のメンバーが「ここまできたらやり尽くそうぜ!」みたいな空気に勝手になりました。
準備はうまくできなかったが、それでもこのメンバーで最後までやり尽くした経験が確実に主務系のレベルを上げた瞬間だなと思いました。

今までは、連携とは目標の達成の手段だと思っていたのですが、チームのメンバーと一緒に作り、その喜びを共有できることほど嬉しいことはないのだなと思いました。
毎週会議や1人1人と話す時間が増えるほど、主務系という言葉よりも主務チームという言葉の方がしっくりくるなと思い始めてからは、主務チームという言葉をよく使うようになりました。


107代目

1年生の時から、自分は100回目の早慶戦に勝利することが自分の大きな目標の1つでした。高校の時からチームで勝ちたいという思いがとにかく強く、自分がリーダーの学年の時に何かを成し遂げたいと思っていたからです。
最近思うのは、第100回早慶戦を成功させ、勝利することが主務をやっている使命の1つだと思うのです。

早慶戦は最もチームの力が試される試合だと思います。
みんなで勝利することができるよう、これから主務チーム一同準備していきますので皆さんよろしくお願いします。
みんなでWe Over Meを体現していきましょう。

そして、いつも部の仕事をやってくれてありがとうございます。
早慶戦の成功のためには、皆さんの協力は不可欠ですので、どうぞ我々と一緒に早慶戦を成功させることにもお付き合いいただきたいです。



気が付けば期末レポート並みの文章量となってしまいました。下級生の皆さん早めに単位を取ることをお勧めします。本当に。

次は、イベルくんにお願いしたいと思います。1年生の時から、競技はもちろんのこと勉強もバイトも手を抜かない彼の姿勢をいつも尊敬しています。
今年は、確かアネッサ?が彼の相棒になるようです。
ご拝読いただきありがとうございました。

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