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工芸家を目指す若者が経験すること ④気がつけば一年、一年ぐらいはあっという間。


気がつけばあっという間の一年だった。

初めて会った時も思ったが、やはり師匠は厳しい人だった。

毎日、仕事場で黙々と仕事をされている。兄弟子たちはその周りで同じく黙々と研いでいる。

漆塗りは丸岡の時にも少しは見ていた覚えもあるが、
とにかく研ぐ時間が長い。
こんなに研ぐものか?と思うぐらい研ぐ。

漆のお椀に布を着せたら研ぐ
下地をつけたら研ぐ
漆を塗ったら研ぐ
とにかく毎回研ぐのだ

延はまだ仕事らしい仕事はさせてもらえていない。
少し不満だ。

兄弟子たちが使ったセイレン(木綿の布をちょうど手のひらの収まるように切ったもので研ぎ仕事では必須品)と呼ばれる布を洗わせてもらったり、桶を洗ったり、床を拭いたり、掃除したり。
急いでバタバタ動くと睨まれるし、遅いと怒られるし、いつになったら教えてもらえるのやら・・。

兄弟子に捨吉が色々教えてくれるのだが、捨吉は延が入ったことで研ぎの仕事が与えられ、兄弟子の見様見真似をしながら作業を始めている。

研ぎ上がったものを兄弟子に見てもらいに持っていくたびに叱られている。

同じように研いでいる兄弟子と比べるとまだまだ遅い。

ただ、兄弟子たちの作業を見ていると、面白い。

お椀を左手でくるくる回しながら身の内側にサビをつけていく。
サビとは漆と土のようなものを混ぜた泥のようなものだ。あの泥の土は砥石を砕いたものだそうだ。

そうこうしているうちに捨吉はどんどん上手くなっていく。

先に入っているのだから当たり前だが、焦りだけが募っていく。

毎晩、仕事が終わると通いの職人たちは帰り、住み込みの延たちは玄関の上の天井の低い作業部屋を片付けて布団を敷いてみんなで寝るのだが、若い延にはだんだんとモヤモヤが溜まってくる。

そんな様子を捨吉は見てとったのだろう。

今日はこんな仕事したぞ。
砥石はこんな感じに作るそうだ。
こんなふうに仕上げろって兄弟子が言ってた。
丸いへらは作るのが難しい。
適当に研ぐなって叱られた。

など、今日の事を色々と話をしてくれた。

聞くうちに、ああ、そういう事だったのか?と昼間見ていた兄弟子たちの行動が少しわかってくる。

次の日、昨日の夜に聞いたことを思いながら、兄弟子の作業を見ると
何かちょっと違うように見える。次の作業が何をするのかがちょっとわかる気がする。

いつもは言われて持っていく敷板を、布巾で綺麗に拭いて、兄弟子の横に置いてみた。

ああ、ちゃんと拭いたあるな。

ちらっと横を見て、ぼそっとつぶやくと、延が持っていった敷板を使ってお椀を敷板の上に並べて、塗り部屋の兄弟子の元に運んで行った。
延はちょっと何か嬉しくなった。

そんな延の後ろ姿を捨吉はちょっと安心した様子で眺めては、すぐに自分の研ぎ仕事に視線を戻して、またシャリシャリと研ぎ始めたのだ

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