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第2話 〜障害を持つ彼 噛み合わない二人

頸髄損傷でベッドで暮らしている
彼との日々を書いています。


出会った頃の二人は
お仕事上の関係でした。

障害のある彼の家に行き
リハビリをするのが私の仕事。

ちょっと緊張しながら
初めて一人で彼の家に行った日


彼が最初に言ってくれた言葉は

わからないことは何でも聞いてくださいね


優しい言葉にすごくほっとしたのを
覚えています。

彼のように障害を持った方の家に
行くのが私の仕事で

毎日5〜6人くらいの方のお宅に訪問します。

職場が変わったばかりとはいえ

同じ仕事はもう何年も続けています。


新しい方の所に初めていく時は

少なからず緊張はするものだけど

彼のところに行く時は

特に緊張したなぁ

なぜだろう?

とても穏やかで優しい人なのに。



彼はリハビリ生活20年以上のベテラン。

それまで何人ものセラピストと
関わってきていました。


その中で私は
どんな風に評価されるのかな?

そんな緊張感があったように思います。


私だって20年以上この仕事を続けてきて

言ってみればベテランと言われてしまう
年月が過ぎていますが


それでも
うまくやっていけるかな?
受け入れてもらえるかな?

というような不安があって

正直自信が無かったんですよね。


そんな私に
彼は優しく穏やかに
声をかけてくれる人でした。


そんな状況で始まった
彼の部屋でのお仕事には
細かい段取りがありました。



まずは洗面所で手洗い手指消毒をして
体温、血圧などを測定する。

ここまではどこの家でも一緒です。


ベッドテーブルにあるノートパソコンの
コードを抜いて移動したり

充電器のコードを移動したり

彼がのんびりと自分時間を
過ごしているところから


私が到着して
さあ、リハビリを始めましょう
というところまでの段取りが
色々とあるのです。


ベッド横にある車椅子を
部屋の隅に移動するのですが
その向き、位置も細かく決まっていました。

車椅子をテレビの前に移動します。

そうすると彼から声がかかります。
「もうちょっと右にお願いします。」


言われた通りに右に動かすと
「もうちょっと左です。」

言われた通りに左に動かす

すると
「はい、それでいいです。」

ん?? 最初と同じ位置じゃない?
と私の心の声

決して口には出しませんが

そんなことを思っていました。


彼の指示は非常に細かくて

「あと1センチ手前」などと言うのです。

この広い部屋で1センチの違いは
どれほどの意味があるのだろうか?

その時はわかりませんでした。


来る日も来る日も

「もうちょっと右にお願いします」
「もうちょっと手前に」

などと言われ続ける私。

彼は嫌な顔ひとつせず
毎回指示を出してくれます。

そして私もそれに応えます。

いつか一発で
彼の望み通りに出来る日は
来るんだろうか??

そんなことを考えながら

「これでいいですか?」
と対応し続ける私でした。


実は
彼について前任者からは
色々と細かくて『大変な人』

というような引き継ぎを
受けていました。

細かいというのは確かなのですが

私の場合、だから大変な人
という風には思わなくて

むしろ自分の希望をちゃんと伝えて
くれるのでありがたいなと
思っていました。


ちゃんと
という言葉が適切かどうかは
わからないけれど

ちゃんと主体性を持って
生きている人

そんな風に思っていました。

彼が出してくる細かい指示に
答えることは

一つのコミュニケーションでした。


どれくらい経った頃だろうか?

「それでいいです。」と
一発で言われる日が増えました。

そしてもう少し経つと
彼は何も言わなくなりました。

「これでいいですか?」と聞かないと
全然こちらを見ていない。

それはもう任せていいと思ったのか

それ程気にならなくなったのか

あきらめたのか


いずれにしても
お互いに慣れてきた

という状況だったのだと思います。


さて
実際のリハビリは
どんな感じだったのかと言うと


一言で言うと
最初は全く上手くいきませんでした。

上手くいかないと言いますか

私の思い通りにはいかなかったと

言った方がいいかもしれません。


こんな運動をしてみましょう。

もっとこうした方がいいですよ。

と、私なりの知識や経験で提案することは
ことごとく却下されていました。


例えば

残された機能を出来るだけ
維持していく為にも

運動は不可欠だと思うのに

「筋トレは疲れるだけで効果を
 感じないからやらない。」と言う彼。



1日のほとんどをベッドで過ごす彼に

もっと起きている時間を作りましょう
と提案してみるけれど

これも上手くいかない。


これからどんな方向で
リハビリを進めて行こうか?

目標について話し合った時

彼がこんなことを言ったのです。

「寝たきりに見えるかもしれないけれど

 自分はそうは思っていないし

 今のままで十分幸せです。」


その言葉は結構衝撃でした。

拒絶されたような思いと

そんな言葉を言わせてしまった自分に

不甲斐無さを感じました。

何やってんだよー 私。


それでもちょっとだけ変化が…

そんなに言うなら仕方ないなー
という感じで

「週に一回髭を剃っているけど
 それを今やります。」

と言って、
彼は電動ベッドの背もたれを起こしました。

「そこの洗面台に電気シェーバーが
 あるんでとって下さい。」

手が不自由で指が全く動かない彼

握力はゼロです。


それでもそれを手渡すと

両手で挟むようにして上手に持ち

顔の方を動かすようにしながら

ジョリジョリとヒゲを剃ります。


そんな彼を見ながら

んー
なんか違うんだよなー
と思ってしまう私。


今までヘルパーさんとやっていた髭剃りを
私とやっているだけであって

彼の生活は何も変わらない。


彼は決して不機嫌なわけでもなく

いたって穏やかなのだけど

「これで満足ですか?」とでも

言われている気がして…

なんだかもどかしい。


彼と私

二人の想いが全く噛み合っていない

向かっている方向が違う。


それはリハビリを行う上で

致命的なこと。


もっと出来ることは無いのかな?

そんなことを考える日々でした。


そこから恋愛関係に発展するなんて
今考えても驚きです。


ただ一つ言えるのは

もしも彼のリハビリが
スムーズに進んでいたなら

二人は付き合うことはなかった

かもしれません。


うまくいかなくて

悩んでいたからこそ

今の二人があるのだと思っています。

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