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持つべきか、持たざるべきか

30年前、俺のバイト先でとある論争が起こった。
きっかけはほんの些細なことだ。
翌日出走するオグリキャップに賭けたいが為に、その日の二時間だけ働いた分の給料を欲しいと言ったことが原因。その金額900円也(笑)


「ちょこちょこ賭けるよりちょっとは貯めて一発勝負した方がいいんじゃないか?それともなんか買うとか」とマスター。
「KTちゃんはあればあるだけ使っちゃうんだから、このぐらいでちょこちょこやってた方がいいのよ」とマスターの奥さん。

まあどちらももっともな意見。
「大体大金持ってたってこの人落とすでしょすぐ」と続けざまに奥さん。

そう。俺はアホほど財布を落とすのだ。

子供の頃からずっとそう。
だから財布はいつも嫁が持っていたのだ。
その前は一昔前に田舎のヤンキーが付けていたような、財布とズボンを繋ぐチェーンを付けられていた。
格好つけなんかじゃなく、そのままの意味。財布をなくさないためだ。

事故での保険金が入った後、定期預金にしなさいと周りに言われて渋々銀行へ。
85万だか87万だかを封筒に入れ、手にしっかり握って銀行に行ったのだが、なんと俺は落としてしまった。
正確には封筒を逆さに持って、万札を道端と銀行の玄関にバラ撒いて歩いていたのだ。

「お兄さんお金お金!!」とおばあさん。
振り向けば驚きの光景(笑)

行員の方やその辺の人達が大慌てで拾ってくれたのと、風がなかったのが幸いし、程なくして全て回収された・・・と思われる。
というか、そもそも俺がいくらを持っていたのか俺は知らない。銀行で数えて貰う予定だったから。

その結果85万だか87万だったというだけ。

定期預金はしばらくしてから解約し、通りかかった中古車市で一目惚れした車を次の日に現金で買ってしまった。
すぐに落とすし、あればあるだけ使う。言われていた通りの人間。


そんな俺に対して、バイト先の常連客の一人がこんな提案をした。
なんの気なしに言った一言。

「将来クレジットカードを持ったらいいんじゃないか?」

現金をなるべく持たずに済む。
賭け事も直接は出来ない。
「なるほどなぁ。それで買い物してりゃ物だけは残るしな」とマスター。
間髪入れずに奥さんが反論した。

「カードなんて持ったらすぐにカード破産するに決まってるでしょ!」

頷く常連客達。
なんて失礼な人達だろう(笑)

「こいつの場合カードがあろうとなかろうと、どうせ金使うんだからせめて物残った方がいいだろ!」
「カードあったら要らない余計な物も買うの!この人は!」

冗談を言い合ってる雰囲気ではなく、ちょっとした夫婦喧嘩並みのテンション。
ハハハ・・・と笑いながら、俺は900円を待っていた。

「ローン地獄になって死ぬよこの子!終わりよ!」と奥さんが畳み掛ける。
確かに中学生の頃からローンでビデオデッキやパソコンなんかを買っていた。お金が貯まるまで待てなかった。買いたい時が買い物時。
新聞配達しながらローンの返済に追われる中学生だった。なんか嫌だな我ながら(笑)
ウンウンと頷く俺と客達。

「実際金持って歩いて競馬でスッテンテンになるし財布落としてるだろ!」とマスターの反論。
そう。つい先日地下鉄代まで使って歩いて帰ってきた話をしたところだ。
残るのはいつもハズレ馬券の山。そして財布もまた落とした。
ウンウンと頷く俺と客達。

クレジットカードを持つべきか持たざるべきか?

この論争は1時間以上続くこととなった。
俺的にはものすごく失礼な話をされ続けられているのだが、正論だけに反論の余地はない。
俺は黙って900円を待つのみ。

そんな俺に突然マスターが叫んだ。
「じゃあお前自身はどうなんだ!カード」

この展開で地獄のような質問。
欲しいと言えば奥さんブチギレ。いらないと言えばマスターブチギレ。
900円欲しかっただけなのに(笑)

「俺は・・・」固唾を飲む一同。
「持ってみないとわかんないです」ため息をつく一同。
しょうがないだろ!こう言うしかないんだもの。

後日「お前のせいだ!」とマスターに頭を引っ叩かれた。
店を閉めて家に帰った後もずっと論争になって、最後はマスターが折れたらしい(笑)


その後数年が経ち、ついにクレジットカードを持つことになった。
やはりあれば色々と便利だ。だから作るだけ作った。
そして何度か財布ごと落とした。

その度にいちいち連絡するのが面倒なので、カードは自宅に置いたままにすることに。
何かのローンを組む時かネットでの買い物くらいにしか使わない。

意外と計画性があった自分にびっくり。

というより嫁一家の惨状も見てきたし、皆からあれだけ散々な言われようしたら、いくら俺でも気をつけるよ(笑)落とすけど。
でもまあカード作って良かったじゃないか。便利だし。マスター正解。

そんなこんなで現在は、見事にブラックリスト入りを果たすこととなった。

え??
いやね・・無茶な買い物なんてしてないんだけれども、ネット代とかその他諸々のほんのちょっとの支払いが毎月滞っていたので(最近通帳は常に0円だし)ついにカードを完全に止められてしまったのだ。作ることももう無理。

やっぱりカードなんて作るんじゃなかった。奥さん正解。


結局あの二人の意見はどちらも正解であり、正論であった。
そして人というのはそう簡単に変わらない。
ただ持つべきか持たざるべきか?ではなく、まさか持ちたくても持てなくなるとは思いもよらなかった(笑)

現在は電子マネーという便利なものがある。
スマホがあればあっという間に支払いができるし、チャージしないと使えないので使いすぎるということもない。
30年前のあの時、このような仕組みになるとわかっていればみんなの意見も一致していたことだろう。
そしてきっとマスターも奥さんもこう言うはず。

「それでも落とすよこいつ(この人)」

(想像の中の)二人共正解。
そう。俺は先日酔っ払ってスマホを落としたのだ(笑)

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拾ってくれた人がメッセージを読んだため既読になってはいたらしいが、気を使ったのかスマホが壊れているから打てなかったのか(このスマホは文字を打つのに相当なコツがいる)このような状況になってしまっていた。

スマホがないことに気がついた俺は、1kmほど手前に雨宿りした電話ボックスがあったのを思い出し、そこまで歩いて戻り家に電話した。するとすぐに嫁が迎えに来てくれた。
スマホを拾ってくれた人がいたということを聞き、菓子折りを持って早速取りに行くことに。

取りに行った際、泥酔してる俺は近くのコンビニの駐車場に置いてきぼりだ。こんな奴当然連れては行けない。
手持ちの現金で新しく購入したビールとスルメイカを手に持ち、助手席で酒盛りをして待つ俺。
角が少し欠けたスマホを持って戻ってきた嫁が、それを見て呆れて笑っていた。
想像の中のバイト先のマスターと奥さん、そして常連客達もやはり笑っていると思う。


追記
それでも今日もまたビールを買ってくれる嫁に感謝。
今回は怪我してなかったしね(笑)
そんな嫁も先日見事にブラックリスト入り。夫婦揃って何やってんだ。

そしてあの時貰った900円は翌日当然の如く一発で無くなり、また歩いて帰ったということもここに追記しておく。



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