天才プログラマーの記事を見て感じた、説明できない事こそがもつ価値。

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「天才プログラマーが2週間で構築 テレワークシステムが好評」

最近、このニュースを見かけた人はどのくらいいるだろうか?

短くいうと、NTT東日本に所属するプログラマの登大遊さんが、たった2週間という短期間で3万人以上に利用されるテレワークシステムを構築したという話だ。そしてそれは大規模な組織が直面しやすい社内課題に対しても、超法規的措置を登さん自身が逆提案することでクリアしたというサイドストーリーつきだ。

まあこれだけでもすごいのだが、さらにことの凄さを示すのが、登さんの13年前のブログの中身だ。タイトルは「論理的思考の放棄」。余計な説明は極力省くように淡々と書かれたブログにはこんな言葉が並んでいた。

「当然のことながら、これまで書いたいくつかの大きく複雑といえるソフトウェアの大半の設計も、自分で行った。いかなる場合でも、設計は、最初の 1 回目で確定させ、それ以降、プログラミングの作業に入った後もその設計を後悔したり修正しないといけなくなったりするようなことは、極力起こらないようにしており、その結果、そういう惨事は発生していない。」
「まず最も重要な前提知識として、以下の 3 つのことを遵守することが必須である。① 努力しないこと、② 論理的に考えないこと、③ 頭を使わないこと。」
「コンピュータの前に座って、キーボードの上に両手を置けば、後はあまり考える必要はない。自動的に手がキーボードを打ち、プログラムを入力して完成させてくれる。この処理は一切、論理的思考では行われていないので、途中で論理的思考を行うことは厳禁である (作業の邪魔になる)。ひたすら何も考えない。」

おそらく大半の人にはできないであろうことを、とても軽快な表現で表現されている。当然、わたしもこれを真似できるはずもない。しかし、「論理的思考」と「感覚的思考」の区別、そして才能溢れる人間を組織の中でどう活かすか、という2つの点において、自分の生活に当てはめて考えてみた。すると、様々なことが見えてきた。今日はそこで見えた気づきについて書く。

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