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新旧の「正しいこと」の綱引き

こんにちは!

ケミオです。


1946年1月1日、昭和天皇はそれまでの自らの神性を否定する、人間宣言を行いました。


そのことの是非は脇に置いておきますが、確か養老孟子だったと思います。

「神様だとさんざん叩き込まれてきた天皇陛下が、いきなり人間になってしまった」といったことを、何かの本で書いていました。

つまるところ、一瞬で「正しいこと」が変わってしまった経験について、述べています。


以上はだいぶ前に読んだ本からではありますが、アダルトチルドレンの克服に取組んでいる私も、この当時を生きた人と近い経験をしているのでは?と思い、書いてみました。

親から洗脳と言っても間違ってはいない、アダルトチルドレン的思考を植え付けられ、今日まで生きてきた私です。

それが、「あなたは自分で好きなことにチャレンジしてもいいし、なんでも選択する権利があるんですよ」と宣告される。

実際には誰かに宣告されたわけではありませんが、アダルトチルドレンの克服に取組み始めた時、この新しい現実がいきなり降って湧き、自分に突きつけられたと言っていいと思います。


とはいえ、急に「今度はこっちが正しいんです」などと言われても、思考も行動も急には変えられない私です。

今時間を取って、時に辛い思いをしながらアダルトチルドレンの克服に取組むのは、それを変えるためと言えます。

そんな私がもし、1946年1月1日を迎えたとしても、きっと同じでしょう。

いきなり、天皇陛下が人間だとは思えない。

当時の社会の様子はなんとなくしか知りませんが、おそらく人間宣言からしばらく経っても、咄嗟に御真影 ・奉安殿に最敬礼してしまうのではないでしょうか。

周囲が人間宣言後の新しい「正しいこと」に順応していても、それにかなり取り残される形で。


想像に過ぎない話も、交えました。

ですが言いたかったのは、今の私に急に起きたと思われる、新旧の「正しいこと」の綱引きです。

親から引き継いだ古い「正しいこと」と、みんなが適応している新しい「正しいこと」が、どちらも自分の方に、私を引っ張り込もうとしている気がしています。


それゆえか、ここ数日間、心というか感情というか気持ちというか脳みそというか、が、引き裂かれそうな感じで過ごしています。

頭が重く、なんか疲れている。

それが寝ても変わらない。

それでいて私自身は、その綱引きについてはただ見ていることしかできない。


今のところはまだ、古い「正しいこと」、つまり親の洗脳の方が強そうです。

とはいえ新しい「正しいこと」は、ごく最近綱引きを始めたばかり。

これからどんどん、強くなっていくのでしょうか?


しかし、この状態もなかなかしんどい。

たまには休戦してみてはと思っています。


今日もお疲れさまでした!

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