第10回 劇場版『閃光のハサウェイ』第一部の個人的注目シーン集 後半【考察】

始めに(注意書き)

はじめましての方ははじめまして。そうではない方はお世話になっております。吹井賢です。

コラム『吹井賢の斜に構えて』の記念すべき第10回は、前回に続いて、映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』第一部の個人的な注目シーン集についてです。

……とりあえず、公式MVでも見ます?


最初にお断りをば。

※今回のコラムには映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』第一部のネタバレが含まれます。原作及び、他のガンダムシリーズのネタバレも含まれる可能性があります。

※なお、このコラムで記述する本編時間はバンダイチャンネルでの再生で確認したものです。Blu-ray等の映像媒体とは異なる場合があります。

※また、下記の内容は吹井賢の考察に過ぎません。ご了承ください。

それでは始めます。


28:10頃 「キャリーケースをチェックするハサウェイ」

ここは様々な方が触れてらっしゃったシーンですね。

キャリーケースに張ってある糸は、誰かが開けた際に切れる仕掛けです。

糸が切れていない、ニアリーイコールで、「誰も鞄を開けていない」なのですが、用心深いハサウェイは、続いて、鞄の中の荷物を眺めた後、まさぐっています「誰かが開けた後、糸を張り直したのかもしれない」と考え、荷物の配置を確認しているのでしょう。


29:00頃 「半裸のギギとハサウェイの反応」

お着換え中のギギにハサウェイが出くわす、ラッキースケベ的シーン

ですが、ハサウェイの反応が面白い。

(「失礼ね!」という発言を受けて)「……よくそう言える。夫婦でもないし、同棲をOKしたわけじゃない。そうであったにしても、何処構わず裸でいる女は嫌いだな」(29:10頃)

滅茶苦茶に冷静。

逆シャアの頃は少年だったハサウェイも、もう二十代も半ばの大人の男。女子の半裸の姿を見たからといって、少年マンガやライトノベルの主人公のように、どぎまぎしたりはしないのでしょう。


……が、直後に「……ああいう女なのか。軽率だったか」と一人で反省し、「クェス・パラヤと同じか」と呟く様は、少年の頃のトラウマを抱え続けながら、必死で生きる一人のキャラクターとして、魅力を感じるシーンです。

ギギの「どぉーぞー!!」も凄く可愛い。


30:00頃 「現状説明と『クワック・サルヴァ―』」

仲間との情報交換するシーンですね。

ここの植物園もそうなんですが、ダバオの背景は「実写か?」と思うほどに綺麗です。「綺麗だなー」と思っている間にすぐ時間が過ぎて、止め絵で作画コストを減らしている工夫に気付くのは二週目以降。


現状の説明(キンバレーの部隊、オエンベリに集結した人間、など)がされますが、重要なのは『クワック・サルヴァー』

彼(彼女?)が、今後、本編でどれくらい語られるか分からないので詳細は伏せますが、簡単に言うと、「マフティーのパトロン」です。

「何故、マフティーがこれほどの装備を持っているのか」については、「ああ、パトロンがいるからなんだな」と理解しておくと良いかと思います。


32:20頃 「マンハンターの横暴」

少し尺を割いて、警察機構マンハンターの横暴が描写されます。

どうも、『逆シャア』の冒頭でクェスを探しに来ていたのはマンハンターだそうです。また、『ガイア・ギア』では主要な勢力の一つとしてマハ(≒マンハンター)が登場するので、そちらを連想する方も多いのではないでしょうか。


さて、そんなマンハンターですが、地球連邦の組織(部署?)ではあっても、お馴染みの、地球連邦”軍”ではありません。あくまでも彼等は「警察」です。

そして、その任務は地球の不法住居者の取り締まり……なのですが、実際は「地球を特権階級のみのものとする為に人を追い出している」であり、「不法住居者への対処は明らかに過剰な上に、許可証を持つ人間に被害が出てもおかまいなし」です(だから街中で躊躇いなく銃を撃っている)。

恐らく、二部ではコイツ等がどれほど腐敗した組織か描かれると思います


「地球から人を追い出そうとしている」という点ではマフティーとも共通しているのですが、マフティーが「人間は例外なく宇宙に出なければならない」という思想であるのに対し、マンハンターは「特権階級の既得権益保護、あるいは、ただの横暴・弾圧」なので、実態は全くの別物です。

だからこそ、「例外がある限り人は不正をする……」というハサウェイの嘆きに繋がるわけですね。


ただまあ、ハサウェイ≒マフティーは人類は地球から出るべきだと考えており、そこには当然、マンハンターに弾圧される市民も含まれているので、あるいは「似たようなもん」と思われているかもしれませんし、だからこその一般人からの反感でしょう。

商店の少年が口にした、「なんでマフティーはマンハンターを叩かないんだろうね?」というのは、この世界の地球で暮らす市民の素朴な感想でしょうし、これはタクシーの運ちゃんのやり取りとも繋がってきます。


33:30頃~ 「タクシーの運ちゃんとのやり取り」

このシーンが一番印象に残った、という人も多いでしょう。

マンハンターの横暴からマフティーの目的について話題がシフトし、

「マフティーは、1000年先のことを言っているようだけど?」(本編34:00頃)
(大きく笑って、)「暇なんだねえ、その人さ」(同上)

という、今や伝説となりつつあるやり取りが登場します。

これにはマフティーであるハサウェイも驚き、マジ顔で「……暇?」と問い返してしまう


タクシーの運転手が言う、「明後日のことなんて考えられないねえ」は、宇宙世紀の地球に暮らす一般人として実感に満ちた、当然の感想であり、あるいは、現代の日本に住まう僕達も同様かもしれません

ポイントは、「“明日”のことなんて考えられない」ではなく、「”明後日”のこと」である部分です。

明日くらいの近い将来のことは考えているが、明後日、即ちは、遠い未来のことまではとても考えが及ばないし、考える余裕もない


僕達も同じでしょう。地球温暖化は進んでいるし、クリーンな発電方法は全然普及しないし、世界では戦争が続いているし、貧富の差は拡大するし、人口問題も深刻です。それを「なんとかしないとなあ」という思いはあれど、実際には日々の暮らしや、精々、家族の未来についての心配が精一杯で、具体的な行動には中々移せない。

……このままの状態が続けば、いつか全てが、地球ごと、人類ごと破綻すると理解しているはずなのに。

あるいは、その”いつか”が遠い未来の話(≒作中では「1000年先のこと」)だと理解しているからこそ、何もしないのか……。


35:00頃 「一人で食事を摂るハサウェイ」

この『閃光のハサウェイ』という作品、映像化したものを見て驚いたのは、食べ物の描写のクオリティーです。どれも美味しそうですよね。


メカニカルデザインはカトキハジメ氏らが担当され、その結果、クスィーやペーネロペーをデザインされた森木靖泰氏は「メカニカルデザイン原案」という肩書きになったのですが、何故か森木氏は料理作監(作画監督補佐)を担当されています

(手元のパンフレットにも「劇場版デザインはカトキさんにお任せしてファンとして楽しむつもりだったが、料理作監をお手伝いさせていただいる」という旨のコメントが記されています)

なんでそんなことになったのかはサッパリ分かりませんが、『閃光のハサウェイ』の美味しそうな料理は森木氏らの力あってのことだというのは間違いないでしょう。


さて、このシーンではハサウェイの育ちの良さが見て取れます。

一人での食事なのに、ナイフとフォークを使い、魚の骨は綺麗に取り除いている。ハウンゼンの食事を完食していることもそうですが、ノア夫妻はハサウェイをしっかり育てたのでしょう。


その直後、つまみ食いするややマナーの悪いケネスも気安い感じで好きですけどね。


37:30頃 「ハサウェイの独白」

「……分かっているさ。こんなやり方なんか……。じゃあ教えてくれよ。この仕組みの深さを破壊する方法を……」(本編37:40頃)

あくまでも地球と人類のことを思い、行動しているハサウェイですが、やり方が正しくないことは本人が一番良く分かっている。

しかし、それでも動かなければならない。

「……人類全部が、地球に住むことはできないんだ。……でなければ、シャアが起こした反乱も、あの時、死んでいった人達も慰められない……!」(本編38:00頃)

「例外規定がある限り、人は不正をするんだ……」という台詞と共に流れる涙が心に残ります。


そして、場面は超カッコいい戦闘シーンへ。


38:35頃~ 「メッサ―の空中戦」

振り返ってみると、本編開始時から40分経過し、ようやくMS戦闘という攻めた造りですが、待たせた分もあってか、「これが2020年代のガンダム演出だ!」と言わんばかりの何から何までカッコいい戦闘が繰り広げられます。

UCからまた一段と格好良くなりましたね。

あと、バーニアの炎で燃える木々やビームライフルの余波が飛ぶ街角が非常に怖い


さて、この戦闘シーンについては色々な方が触れられているので省略しますが、「ミノフスキー・クラフトがないメッサ―は落ちながら戦闘している」「対するペーネロペー&レーンは、民間人の被害を抑える為か、バルカンと体当たりで戦っている」というのが注目ポイントです。

メッサ―だけじゃなく、既存のMSはバーニアで飛び上がっているか、推進力で前に飛ばしているだけなので、自在に空を舞えるクシィーやペーネロペーがどれほど革新的かって話ですよね。


43:40頃 「ギギと共に逃げるハサウェイ」

公開前、ハサウェイ・ノアというキャラクターは、「シャアの理想とアムロの情熱を引き継ぐ者」と紹介されており、一部では「二人から受け継いでいるのは女運の悪さでは?」などの揶揄されていましたが、アムロの情熱、という点に関しては、この逃げ惑うシーンが一番良く出ていると思います。

というのも、吹井賢の認識では、アムロ・レイは「優しい人」なのです。


『逆シャア』において、アムロは「優しさがニュータイプの武器だと勘違いしている男」と酷評されており、終盤には、やけくそで落下するアクシズをガンダムで押し始める、という、優しさから来る情熱を見せています。

あのシーン、「νガンダムは伊達じゃない!!」が有名になり過ぎていますが、手伝おうとしたジェガンには「こんな馬鹿な真似に付き合う必要はない!」と叫んでおり、アムロ自身もアクシズを押し返せるなど思っておらず、現実的にはただ落ちていくアクシズを見るしかない=最早、何もできないし、しないのが正解なのですが、そんな大人な対応はできず、自分の身も構わずその現実に立ち向かう様が、優しい男、優しさから来る情熱を持つ人間の証左だと思うのです。


話をハサウェイに戻すと、ここでのハサウェイの『正解』は、「適当なタイミングでギギを見捨てて仲間と合流する」です。

(流石にホテルで起こさずに逃げると怪しまれるでしょうが、戦闘に巻き込まれてはぐれてしまった、という形なら、違和感なく別れられたでしょう)

事実としてハサウェイも「この女を捨てて、向こうへ走ってしまえばいい。それだけのことだ」と心の中で言っています。

でも、ハサウェイはそうできない。

それはきっと、「ギギのことが好きだから」ではなく、「ハサウェイが優しい男だから」なのです。


「アンタの弱点が出たみたいな感じがするよ」と仲間であるエメラルダ・ズービン(以下「エメラルダ」)には言われていますが、これは正でもあり、誤でもあると思います。

戦闘に巻き込まれ震えている少女を置いていくことができない、という優しさは、ぶっちゃけ、組織の頭としてはマイナスでしょう。しかしながら、そんな優しいハサウェイだからこそ仲間はついてきている、という側面もなきにしもあらずだと思います。


後に、「最後に閣僚達の顔を見ておきたいというアイディアを~~」と独白するシーンがありますが、そもそもハウンゼンに乗ること自体が不自然

マフティーのテロの対象は閣僚なのだから、わざわざ今から殺す相手の顔を確認している、ということです。銃で殺しに行くのならばともかく、MSで爆殺しようとしているのだから、顔を確認する意味は全くない

むしろ、今から殺す相手の顔なんて見たくないのが普通なんじゃないでしょうか?

その見たくないものをわざわざ見に行く、という部分が、「自分は今からこの人達を殺すと認識する」≒自身の罪と向き合い背負う、ということであって、これは優しい人間でなければしないことでしょう。

どうせ殺すわけなので「自己満足」と言われればそれまでなのですが、非常にハサウェイの情が見える部分だと思っています。


「……ああ、そうだ。本当に酷い……!」(本編49:00頃)

その酷いテロの首魁である男が何を言っているんだ、と感じる人もいるでしょうが、この言葉は、ハサウェイの本心なのだと思います。


51:30頃 「フラッシュバックする記憶」

「大佐ー!!」とケネスに駆け寄っていくギギを見て、ハサウェイは『逆シャア』の光景を思い出す重要なシーン……。

なのですが、右端でアムロに綺麗に投げ飛ばされるシャア(新規作画)が、何度見ても面白過ぎる。


令和の世の作画で巴投げされるシャアを見れるとは思わなかった……。


52:50頃 「ガウマンに向かって脅しを言うケネス、その後ろ」

「ゆっくり尋問してやるから覚悟しておけよ!」と捕虜となったガウマンに宣言するケネスですが、二回目以降、吹井賢が気になったのはその背後。

連邦軍兵士二人が蹲っている女性を介抱し、そのまま何処かへ連れていっています。

……負傷者の救護でしょうか?

だとしたら、連邦軍も捨てたもんじゃないですね。


まあ、テロリストの確保を優先し、結果として民間人に被害を出したのは連邦軍とケネスなんだけども。


55:45頃 「ギギの食事」

朝っぱらからステーキ食ってるギギは、育ちがあまり良くないのかもしれませんね。そんな朝食を選ぶのは男子大学生くらいだ。

※偏見です。


とは言え、あまり裕福な育ちではないというのは後のシーンでも触れられており、なんなら、直前の欠伸をするシーンも不自然と言えば不自然です。一般的に人は、特に女性は、欠伸をする時は口元を手で覆うものですから。

この辺りの細かな差異はスタッフのこだわりが見て取れますよね。


1:05:00頃~ 「ハサウェイの正体に気付くケネス」

ケネスの執務室?へ、ハサウェイに続いて、署名をしに来たギギですが、そこで漏らした些細な言葉からケネスはハサウェイの正体に勘付きます。

……なのですが、恥ずかしながら初見時には意味が取れなかったので、ここでおさらいしておきましょう。


本当の私は薄汚いと自嘲し、部屋を去ろうとするギギ。「……いや、待ってくれ。いてくれていいんだ。君が勝利の女神だという勘はあるんだ」というケネスの言葉に対し、彼女は「こじつけだわ」と返します。

続くやり取りがこうです。

「……戦場にいる人間はゲンを担ぐんだよ」(本編1:08:30頃)
「そうかなあ? でもハサウェイは私を避けていたけど……」(同上)
「アイツは軍人に成り切れなかった人間だからな。それで、……ギギ、今なんて言った!? 君はハサウェイから何か聞いているな? いや、ハサウェイに何を感じていた!?」(同上)

恐らくですが、①戦場にいる人間はゲン担ぎをする(ケネス談)②でもハサウェイは私を避けていた(ギギの認識)、①と②を踏まえて、③軍人ではないハサウェイと今まさに隊を率いるのケネスを比べるギギの言葉は不自然である(「ケネス大佐はゲンを担いでいるけど、ハサウェイはそうしてないよ?」と言っているわけなので)、即ち、④ハサウェイはケネスと同じように戦場にいるがゲン担ぎをしていない?、結論として、「ハサウェイは今回のテロに深く関係している」となるわけです。

……ケネスの頭の回転早過ぎるだろ。


1:11:00 「レーン隊長~!」

僅か数秒のやり取りでレーン・エイム(以下「レーン」)の立ち位置が分かる凄いシーンですね。

「俺達はいつまでここで待機なんですか? レーン隊長~!」と部下から笑い混じりに手を振られる、次いで、少し離れた位置に座るレーンは、やれやれという風に首を振り、ペーネロペーを見つめる。

この数秒で、「レーンが隊長であり部下がいること」、しかし「部下は彼を尊敬しているわけではなく、侮っている部分があること」「レーン本人は部下の態度を全く気にしていないこと」が分かります。


レーン・エイムっ!

部下に揶揄われても怒らず言い返さない、真面目な男なのだな!


1:18:30頃 「『そうだね、クェス』」

第一部クライマックスを前にして、ハサウェイの独白が始まります。

先述したように、「ハウンゼンを利用したのは閣僚達の顔を見ておきたかったから」「それらの選択の結果として仲間を危険に晒していること」に触れています。


吹井賢が気になっているのは、この台詞です。

「……そうだね、クェス。それが君の答えなら、僕は変わるよ。変えてみせるよ。マフティー・ナビーユ・エリンに」(本編1:18:50頃)

……ハサウェイの中のクェスはなんと言ったのでしょうか?

これに関しては、僕は答えを出せていません。気になって原作も確認しましたが、分かりませんでした。


しかしながら、ガウマンの「奴はマフティーそのものを演じている」という台詞を踏まえて考えると、「本物のマフティーになれ」と言われたのではないでしょうか?

ハサウェイ・ノアではなく、本物のマフティー。正当なる予言者の王。救世主。

「僕は変わるよ。(自分をマフティーに)変えてみせるよ」ということなんだと思います。


1:20:40頃 「『身構えている時には死神は来ないものだ』という言葉と、ハサウェイの答え」

予告編でも話題になっていたアムロの登場ですね。

身構えている時には死神は来ないものだ、ハサウェイ……」(本編1:20:40頃)

『逆シャア』の正当な続編である『閃光のハサウェイ』でアムロの声が聞けるとは……。カッコ良過ぎる……

ですが、ハサウェイも負けていません。

ッ……言われなくても!!」(同上)

瞬時にこう返せるというだけで、ハサウェイが相応の修羅場を潜ってきたこと、『逆シャア』の頃からの成長を感じさせますよね


原作小説にはアムロ・レイ(以下「アムロ」)は登場せず、劇場版でのアムロの台詞は、原作においては地の文で書かれたものです。

さて、ここで登場するアムロは本人なのでしょうか?

①ニュータイプ的な素養によって宇宙に漂うアムロの意思を感じ取った結果②描写されていないだけで過去にアムロからそんなことを言われていた③ただの幻聴・幻覚、という、三つくらいの解釈がありそうですが、皆さんはどう思われますか?


僕としては②かなーと考えています。

『逆シャア』の頃に、アムロがふと漏らした言葉を、死に直面した瞬間に思い出して、そんな弱気な自分に発破を掛けるように「言われなくとも!」と叫んだのではないか、と。


『閃光のハサウェイ』は何度見ても良かった

そういったわけで、『閃光のハサウェイ』第一部の注目シーン集でした。

今から二部が楽しみです。

とりあえず、もう一度見直してみようと思います。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


宣伝

最後に宣伝!


こんな記事を書いて宣伝しなければならない、情けない奴なのだな!

宣伝しなくたって、吹井賢の本は売れるよ!

(上記のパロディは冗談ですが、「ペーネロペーは勝つよ!」は印象的な台詞だったので、残しておいて欲しかったなあと少しばかり残念です)

(スパロボやVSシリーズで言ってくれるといいな)

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