第1回 『ハンカチ集め』の結末と立会人の業について(『嘘喰い』考察)【考察】

始めに(注意書き)

はじめましての方ははじめまして。そうではない方はお世話になっております。吹井賢です。

コラム『吹井賢の斜に構えて』第1回は、漫画『嘘喰い』の終盤、ハンカチ集めについての考察です。

最初にお断りをば。


※今回のコラムには『嘘喰い』の重大なネタバレが含まれます。原作を最後まで読まれていない方は絶対に見ないでください。

※また、下記の内容は吹井賢の考察に過ぎません。ご了承ください。

※未読の方は、こんな文章を読んでいないで、すぐに『嘘喰い』を読みなさい。


それでは始めます。


『ハンカチ集め』のおさらい

『嘘喰い』終盤、”嘘喰い”斑目獏と”お屋形様”切間創一の全てを賭けた勝負、屋形越えに立ち会う立会人を決める為に行われたのが、立会人達による『ハンカチ集め』です。

『ハンカチ集め』という呼び方が正しいかは分かりませんが、本編では能輪立会人などが、

”ハンカチ集め” 夜行 お主の勝ちだ(45巻)

と発言しているので、ここでは、「立会人達が屋形越えの立会人を決める為に行った『互いのハンカチを奪い合う勝負』」を『ハンカチ集め』と呼称します。


そして、上述のように、『ハンカチ集め』の勝者は夜行妃古壱立会人(以下「夜行さん」)となりました。

勝利し、改めて零號立会人の座を手にした夜行さんは、”嘘喰い”斑目獏と”お屋形様”切間創一の最後の戦い――屋形越えのゲーム『ハンカチ落とし』を提案し、その勝負に立ち合います。

『嘘喰い』という作品のクライマックスですね。


さて、今回はこの『ハンカチ集め』の終盤、夜行さんと門倉雄大立会人(以下「門倉」)との一騎打ち、そして、かつて零號立会人であった伽羅(以下「伽羅さん」)について、考察したいと思います。

端的に言うと、「何故、夜行妃古壱は門倉雄大に勝てたのか」「両者の差は何だったのか」の考察です。


勝敗を分けたのは、認識の差?

……まあ元も子もない、メタな視点で語ってしまうと、話の流れやキャラクターとしての重要度的に、夜行さんが屋形越えに立ち会う≒『ハンカチ集め』に勝利するのは当然と言えるかもしれません。

夜行さんの初登場は1巻、門倉が出てくるのは迷宮勝負からなので8巻です。

また、夜行さんが負けてしまうと、

零號を 奪って欲しい(19巻)

のカッコいいシーンが「何だったの?」になってしまうので……。


キャラとしての重要度だけで見れば伽羅さんも在り得たでしょうが、勝負に立ち会うとか立会人になるとか以前に、死んでしまっている以上、無理な相談です。

ただ、門倉が勝った場合にどのような勝負を提案したのか、伽羅さんが立会人に戻り屋形越えを仕切ることになったらどんな立ち合いをしたのかは、興味の尽きないところです。


そういったわけで、ややもすると、「話の流れで勝てた」と言われることもある夜行さんですが、吹井賢はそうではないと思います。

と、言いますか、そういった意見に反論する為にこの文章を書いています。


即ち、「夜行VS門倉の戦いは、僅差ではあったが、夜行さんの方が強かった」「夜行さんが勝つ伏線はそれまでにずっと仕込まれていた」ということです。

そして、結論を先に述べるならば、二人の差は認識の差であったと言えるでしょう。


門倉立会人の認識

『ハンカチ集め』において、門倉は何度か、「成り代わる」という言葉を使っています。

強者となるには 強者そのものに打ち勝ち 成り代わらねばならない…(45巻)
やはり… あなたは怖い… そのあなたに私は成り代わる(同巻)

夜行さんに負けた後も同様です。

ワシは… 負けたんか… 伽羅に… 夜行立会人に 成り代われんかった…(同巻)

ここで伽羅さんの名前を出しているのは、伽羅さんが自他共に認める最強の零だったからでしょう。ヰ近立会人などが言及していますね。

門倉自身も「この”屋形越え”に”最も相応しい者”の前」と言われて、伽羅さんの亡骸の前に辿り着くなど、伽羅=最強の零と考えていたとみて良いでしょう。


この「成り代わる」というキーワード、そして、最強の零と言われた伽羅の存在が、夜行VS門倉の勝敗を分けた部分であり、認識の差です。

夜行さんの側を振り返ってみましょう。


夜行立会人の認識

『ハンカチ集め』開始時、既に夜行さんは零號立会人です。ですから、そもそもの話をすると、屋形越えには夜行さんが立ち会うのが筋とも言えるでしょう。

夜行さんは、前の零號立会人、”先代お屋形様”切間撻器(以下「先代お屋形様」)との壮絶な號奪戦の末に、零號を勝ち取っています。


さて、夜行さんと門倉の二人には、「最強の零」とも呼ばれる伽羅さんに対し、明確な認識の差があります。

それは「夜行さんは伽羅さんの実力を認める発言はしても、『自分より強い』とは一言も言っていない」という点です。


例えば、39巻。

百龍との死闘の中で、夜行さんは「先代お屋形様との號奪戦で負けた」という悪夢を見ます。

夢から覚めた後、夜行さんの心の中の先代お屋形様は言います。

もう俺のことは気にするな 俺も気にしてない 俺は殺されたわけじゃない お前に越えられたんだ ぐはぁ(39巻) 

対し、夜行さんはこう反論します。

私は零號を受け継いだ 私より強い男は この世で撻器様だけだ(同巻)

つまり、夜行さんの中では、切間撻器>自分(夜行妃古壱)>伽羅という認識なのです。


実はこれ、最初から示唆されています。

一気に巻き戻りまして、5巻。伽羅さんの初登場シーン、まだシルエット状態の伽羅さんと夜行さんが話す場面ですね。

賭郎を抜けることを決めた伽羅さんは、夜行さんに”ただの挨拶”をしにきます。

ですが、「抜ける」と言っても、賭郎は抜けることができない組織です。正確には”生きたまま”。

夜行さんも言います。

…詳しく理由を詮索するつもりはありませんが 覚悟はできているのでしょうな 生きたまま賭郎を出る事は許されておりませんのでね(5巻)

対し、伽羅さんの返答はこうです。

…だからどうした ここで俺を粛正するとでも?(同巻)

要するに、「俺が最強である以上、俺を粛正できる奴なんていない」「だから俺は自由に抜けられる」という話です。真に強ければそれが最良、という価値観を持つ伽羅さんらしいカッコいい物言いです。

ただ、この次の夜行さんの言葉が興味深い。

…… まさか 貴方を粛正出来る者など いないでしょう ”そう”はね…(同巻)

伽羅さんは小さく笑い、応じます。

皮肉屋は相変わらずか(同巻)


「貴方を粛正出来る者などいないでしょう」「”そう”はね」に対しての「皮肉屋は相変わらずか」というやり取りは、こういう意味ではないかと愚考します。

夜行さん「貴方は確かに強いけれど、私ならば貴方を粛正できますよ

伽羅さん「『自分の方が強い』と思っているにも拘わらず、それをはっきり言わないお前は皮肉屋だな

即ちここでも、自分(夜行妃古壱)>伽羅の認識を示しているわけです。


補足 切間撻器の認識

では、”先代お屋形様”切間撻器はどうでしょう?

先代お屋形様と言えば、「ぐはぁ」という特徴的な笑い方と、「俺は強い男が好きだ。俺より強くない奴に限るがな」という言い回しが印象的なナイスミドルです。

前述の通り、夜行さんの幻想の中とは言え、夜行妃古壱を「自分を越えた」と認めているわけですが、伽羅さんに対しては、初対面時の回想で「少し戸惑ったがお前は好きだぞ」と述べています。

自分より強そうな奴に対しては、「ハラワタが煮えくり返るような嫌悪感だ」と敵意を露わにする先代お屋形様。

そんな彼は伽羅さんに「お前は好き」と告げています。

少なくとも二人の初対面時、先代お屋形様が、自分(切間撻器)>伽羅という認識だったことは間違いありません。


夜行 VS 門倉の決着、そして、伽羅

時系列を『ハンカチ集め』に戻しましょう。

夜行さん対門倉の壮絶な戦いは、二人が同時に、「伽羅さんの亡骸が突如として起き上がり、自分に襲い掛かってくる様を見る」という展開を経て決着します。

門倉は伽羅さんの拳を受けてしまい、夜行さんはその拳より僅かに速く伽羅さんを倒した。

無論これらは全て幻覚であって、現実に起こっていたのは、「門倉の一撃は夜行さんに届かず、夜行さんの拳は門倉を打ち抜いた」ということです。


……どうですか?

これまでの振り返りを踏まえると、当然だと思いませんか?

何故ならば夜行さんにとっては、「自分より強い男は撻器様だけ」≒「私は『最強の零』と呼ばれている伽羅よりも強い」なのですから。

だからこそ、夜行さんは幻覚の伽羅さんを打ち倒してみせた。


冒頭で述べた「夜行さんが勝つ伏線」とは、「夜行さんの中の、自分>伽羅という認識」です。

作中を通し、ずっとそれは示されていた。


二人の差は認識の差」と先述しましたが、こちらも同様です。

伽羅という『最強の零』に成り変わろうとした門倉」に対して、「自分は伽羅よりも強いと考えていた夜行さん」。

その認識の差、即ち立会人としての業の差(※ここでの『業』は『強さ』としての業)が勝敗を分けたのだと吹井賢は思っています。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


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最後に宣伝!


俺は面白い作品が好きだ。俺より面白くない奴に限るがな。ぐはぁ。

※そんなことはありませんが、吹井賢の作品もよろしくお願い致します。




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