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旅立ちの日|企画参加作品

「皆さん、お集りですかな?」
この地域で一番の長老である杉作氏が口を開いた。

「はい、これで全員かと。本日は正装でということでよろしかったですよね?」
若いながらも、皆のまとめ役を務めてくれる杉田くんが答えた。

「うむ、その通りじゃ。今年こそは彼らの理解を得たいからのう。」

俺たち花粉にとっても、これがひとつの転機となれば。そう願わずにはいられなかった。

日本人の花粉症患者数は年々増加の一方をたどり、その原因となる我々花粉に対する風当たりはいまや尋常ではない。

つい先日は、日本中の杉の木を切り倒す公約を掲げた政治家が、トップ当選を果たす始末。重症患者たちは、鼻づまりでうつろな目に憎悪をみなぎらせ、まるで親の仇(かたき)とも言わんばかりに、手には除草剤を携えながら歩いている。ついでにスギちゃんも、あまりテレビで見かけなくなった。

「夏子さんは、和服がとてもお似合いですな。」
「えぇ、やはり日本人に寄り添うなら御着物は欠かせません。」
杉氏の奥方が、凛々しい表情で答えた。

「皆さん、もう承知のことかと思いますが、鼻の孔(あな)に入られる際は、必ず履物を脱ぐようにお願いしますよ。」

このあたりはやはりお国柄と言うべきか。だが鼻腔にはロッカー等の置き場は準備されていないため、各自レジ袋を持参するか、鼻毛の位置で記憶しておくしかなさそうだ。


「じゃぁ、杉田くん。皆のことたのんだよ。めしべに着いたらLINEしてくれ。」

「わかりました。一人でも多くの者を、導いてみせます。」

一陣の風が吹いた。今こそ旅立つ瞬間(とき)だ。

この先の運命は、誰にもわからない。
俺たちは、風にすべてを託すだけ。

ある者はマスクに付着し、ゴミとして捨てられ。
またある者は瞳に到達し、目薬と共に洗い流されることだろう。

俺たちが本当に目指している場所は、めしべ。

なのに、なぜ。。。

それでもこの国を、たまらなく愛しているから。

もう一度、生まれ変わったら、
私の名を呼んで下さい。


【了】


NNさんの企画に参加させて頂きました。ありがとうございました。


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