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渋谷陽一の言葉~娘。のヴィクトリー~

今年もROCK IN JAPAN FESTIVAL(ロッキン)が茨城県ひたちなか市の国営ひたち海浜公園で開催されています。20年目を迎えた、日本最大の野外音楽フェス。自分は水戸市に引っ越した2015年から通っています。

複数あるステージの中でも最大規模を誇る「GRASS STAGE」では、その日最初のプログラム前にロッキンを主催している出版社、ロッキング・オンの社長である音楽評論界の重鎮・渋谷陽一氏があいさつします。

渋谷氏の話は基本的に自慢話。しかし、「こういう大物アーティストを呼んだ」「アーティストに支持されてる」みたいな話はほとんどしません。「今年はこのステージを見やすくするためにこういう工夫をした」「ここからここへの導線を工夫して歩きやすくした」などなど、自分たちがいかに参加者のために努力しているかをアピールするのです。

今年は、トイレの話でした。「20年前ロッキンをはじめたとき、業者にトイレは50でいいと言われたが200作った。今年は水洗率をアップした」などなど。実際、ずらりと並んだ仮設トイレはロッキンの名物にもなっています。その洗面所には、鏡も取り付けられていました。

ロッキンは、こうした参加者目線の運営で知られており、それがロッキン特有の居心地の良さにつながっています。ビジョンをリーダーが明確に言葉にすることで、運営スタッフ全体に行きわたっているのでしょう。

渋谷氏は「フェスの主役は参加者だ」と何度も言います。「お客様は神様」ではなく、参加者との信頼関係によってフェスというイベントが成り立っているという意味で。ロッキンではダイブの禁止、最前居座りの禁止など比較的細かくルールが設けられています。しかし、他のイベントであるような、ルールも不明確なままスタッフに高圧的に注意される場面はあまり見ません。ルールを提示し、それを参加者が自主的に守り、フェスの雰囲気を形作っているのです。ロッキン会場のあちこちに掲げられた「Love, Peace and Free」の標語。この「Free」を加えたところがまさにロッキンの精神を示しています。ルールが強制されるのではなく、ルールについて主催者と参加者とが納得することでロッキンを支えています。つまりそれは自由意志による契約であり、互いの信頼関係に基づいています。自由意志と信頼関係。それがロッキンが言う「Free」だと私は考えています。

2017年だったか、前日夜から雨が降りしきる中、オープン時間になってぴたりと雨が止んだことがあります。その朝、渋谷氏は「渋谷陽一は悪魔と契約したから天気は大丈夫なんだ」とうそぶいていましたが、渋谷氏が契約しているのは悪魔ではなく参加者なのです。

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その渋谷氏ですが、今年68歳になります。その年齢、そして社会的地位を考えれば、ロッキンの期間中は涼しい主催者控室でふんぞり返ってさまざまな人の挨拶を受けていればいいように思いますが、実際にはロッキンの会場あちこちで渋谷氏をよく見かけます。初参加の若いアーティストの、それほど大きくないステージのオペ卓付近で、じっとステージを見守る渋谷氏の姿を見たこともありました。

もともと、そして今でも渋谷氏は雑誌編集者です。ロッキンというひとつのメディアのクオリティを担保するために、そのコンテンツにも責任を負っているのです。

昨年、モーニング娘。18が初めてロッキンに参加しました。出演したのはLake Stageという、3番目の規模のステージ。この日はやや曇っていたものの、真夏の昼下がりで相当な暑さの中、約40分、ほぼノンストップでキレキレのダンスとハイレベルな歌唱力を披露した彼女たちは実に圧倒的でした。パフォーマンスが進むにつれてどんどん客席のボルテージが上がってくるのが実感でき、終了したときには入りきれないほどの人が大きな拍手を送りました。

「ハロプロ軍のユニットは化け物か?!」と言いたくなるほどのこのステージはtwitterなどでも大きな話題を呼ぶことに。ですから、恐らく来年も出演するだろうな、とは思っていました。

しかし、タイムテーブルが発表されて驚愕します。モーニング娘。19は最大のGrass Stageにエントリーされていました。

Grass Stageにアイドルが出演することは珍しくありません。ももいろクローバーZや欅坂46は毎年のようにGrass Stageに立っています。しかし、Grass StageはLake Stageの5倍ほどのキャパシティ。正直なところ「動員力」で考えれば、やや無理があるのでは、とも感じました。

モーニング娘。が出演したのは3日目、8/10の朝。その直前には例によって渋谷氏のあいさつがあります。その最後でアーティストを呼びこむ形になりますが、彼はこう述べました。「彼女たちは昨年Lake Stageで鮮烈な印象を残した。何がすごいって、ロッキンのために特別なことをしたんじゃなくて、普段どおりのことをしていただけだということ」

やはりこのGrass Stageへの「昇格」は、昨年の実績を評価してのものでした。売り上げなどの数字だけでなく、きちんと内容を考えて構成する、渋谷氏の姿勢を示したとも言えます。とはいえ、やはり不安はあったのでしょう。彼はこう続けます。

「ここに集まったのは、モーニング娘。を勝たせたいと思っている人と、その勝利を目撃したいと思っている人。勝たせたいじゃないですか!」

この言葉にはぐっときました。つまり、今のモーニング娘。でGrass Stageは厳しいかもしれない。しかし、彼女たちのファンが、そしてロッキンの参加者が、このステージを成功に導いてくれるかもしれない。そういう考えで渋谷氏は彼女たちをこの舞台に立たせた。参加者を信頼して、賭けに出たのです。

そしてこのステージは大成功を収めました。もともとダンスや歌に定評のある彼女たちですが、昨年を上回る約50分間、灼熱の太陽の下、とてつもなく広いあのステージを端からは端まで走り回り、最高に熱いパフォーマンスを見せてくれました。観客席ももちろん大盛り上がり。自分はほぼ最前にいたので見えませんでしたが、ステージ上のメンバーからは最高の景色が見えていたと思います。

セットリストも最高で、昔から歌い継がれているレパートリーの投入タイミングも完璧。『シャボン玉』が始まったときは前方観客席がどよめきました。アクセントを加えつつも、ひとつのストーリーがちゃんと流れていて、ラストの『ここにいるぜぇ!』が始まったときはあまりの美しい構成に涙が出ました。

いまのアイドル文化の隆盛と裾野の広がりはAKBグループのおかげですが、面白いことに多くのアイドルが尊敬する、目標とするアイドルを聞かれるとモーニング娘。をはじめとするハロー!プロジェクト(ハロプロ)のアイドルを挙げることが多いのです。そういう意味では、ハロプロはアイドル界の王者に君臨する存在であり、モーニング娘。はそのフラッグシップとして、常にアイドルファン全体の期待に応え続ける宿命を背負っています。そうした彼女たちのパフォーマンスが凄いのは、ある意味当たり前なのです。

この日、彼女たち、そして彼女たちを応援するファンたちは見事渋谷氏の期待に応えました。主催者と参加者、主催者とアーティスト、アーティストと参加者、三位一体の信頼関係がこの「大勝利」を実現したといっていいでしょう。渋谷氏はアーティストとの信頼関係をあまり語りませんが、それは言葉でなく、ステージのクオリティーとして表現されているのです。

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今回のモーニング娘。Grass Stageの成功は、フェスという形のイベント、そしてそのイベントをメディアとして見たとき、そこに何が必要で、何が重要かを象徴的に示していると言えます。渋谷氏がぶっきらぼうな口調で語る、もしくは語らない言葉には、イベントやメディアに携わる人が耳を傾ける要素が満載なのです。

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