「イカれた電波」セルフライナーノーツ

「正しい声を繋ぎ、また今日を誘う」をリリースしてから早一年
やっと振り返って音源を聴いてみたくなったので制作時期やレコーディング時のことを思い返して書いてみたいと思った
その第ニ弾


2曲目 「イカれた電波」

産まれたのは全8曲中7番目

制作時期は2020年の夏から秋
比較的すぐ完成した楽曲

この楽曲を制作時僕は神奈川の「Dr.DOWNER」というバンドばっかり聴いていた

その影響を下品なくらいトレースしたデモが完成したのは2020/7/9
この文章を書くにあたり過去の録音を聴き直すと
その日にはほぼ全編完成していたようだった

メンバーに発表すると熟考する間もなく
あっという間に大元は完成
このアルバムの中では一番あっさり完成した楽曲となった


何故こんなにすぐ出来てしまったのか?
今思うと多分一番「素直」な楽曲だからだろうなと思う




当方1992年生まれ
中学生の時にロックに目覚め
今に至る

そんな人間が自分でロックバンドをやるにあたり避けられない存在
ASIAN KUNG-FU GENERATION

ロックの作り方はアジカンで教わった
でもその当時はアジカンみたいな曲はできなかった
何故か?
ケンゴリアンズは大学の時に組んだバンドだ


アジカンだ
エルレガーデンだ
チャットモンチーだ
ワーワー言ってた我々世代は
少し上の世代の先輩から
ゆらゆら帝国やナンバーガールなどの洗礼を受ける

そして見事にヤラレるのだ
その事象だけだと凄く素晴らしい事なのだが
あろうことか若い僕らはこう思うのだ

「俺らが中高生の頃に聴いてたロックは薄くて本当のロックじゃない」

今だとわかる
この結論は間違いだった
本当はどっちも素晴らしい


こうしてひねくれきった我々は
本来素直に難儀なく進める道を見向きもせず
難解な茨の道を選んだのだ

ロックはもっと芸術的で上質なものだと思いたかった
だからあんなに夢中になって聴いてた10代の楽曲たちの影響を積極的に無かったモノにしたかったのだ


時は流れ
大学の頃に組んだバンドは30歳近くになっていた
その時に気づく
「あのとき避けてた道のロックってもう世の中の王道じゃなくないか?」

その時「Dr.DOWNER」に出会った
僕の10代の頃のロックを凝縮したバンドに感じた

そして慌てて素直な曲を作りたくなった

そういえば大学時代、所謂アジアンの影響をモロに出した他のバンドが居た

そのバンド、悪くなったなー

もうやってないし、俺らで引き継ぐか!
と、頼まれても無い責任感も産まれた

そう思ったらあっという間に出来上がったのが「イカれた電波」


話は変わる
去年AKKANBABYSの企画で「bloodthirsty butchers」フォーカスイベントに出演し
特に考えもせずポロッと僕が言ったMC

「BUMP OF CHICKENとかアジカンとか好きな青年がブッチャーズとかナンバーガール に出会ってしまってこんなバンドになりした」

確信的な本音って何も考えてない時に出てくる
自分で言ったのに
「確かにそうだな」と
ブーメラン的に僕の心に刺さった


この曲の歌詞の話
素直な10代の影響を出すというテーマで産まれた曲に何を乗せるだろう?
と思ったら真っ先にラジオが浮かんだ

この曲の詩は僕の10代
というか16、17の頃
詞は伊集院光へのラブソングにした

「オレンジの灯りつけ君の声をただ待ってる」
という歌詞はあの時の深夜の馬鹿力を待ってる僕の情景そのもの
全編深夜ラジオを楽しみにしてるあの頃の僕を「そのまま」歌詞にした


素直な10代の影響をテーマにしたこの曲に一つだけ後悔がある
それはミックスでボーカルを控えめにしたこと

音源として人に届く前に
僕は悪い癖のように「ナンバーガールみたく」という言い訳で少し20代の頃の茨の道サウンドテイストを選んだ
今思うとまた土壇場で素直になれなった


とわいえ
僕は僕の人生の中で大きなジレンマを突破できた大好きな曲
ライブでも反響が多いのもこの曲(同世代の男ばっかり)

長く音楽をやると「原点」というものに再会する
僕にとってそれは「イカれた電波」としてアウトプット出来た

捻くれた道の先のケンゴリアンズの楽曲も
素直になれた楽曲も
僕は大好きだ


夜の革命家が集い 俺はハイになってる

イカれた電波でヤラレてる
そこはいつだってアンダーグラウンド

ご清聴ありがとうございました。

是非音源も聴いてください

去年FM沖縄のラジオブースにお邪魔させてもらった時の写真 満面の笑みである

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