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ぼくは一体誰なのだろうと決して取り替えることの出来ない身体と心を理解してとても静かな教室の席に座ってたった一人でいることを自覚した上で意識を掌握しているものの実体を見つけようとする。
 失わなければいけないわけではなく、壊れてしまったわけでもなく、ただすごく精密な構造を丁寧に紐解いていくことでしか定義することが出来ないことを嘆き悲しみ積み重ねた時間と揺れ動く未来をあやふやで不鮮明な現在によって更新する。
 思考回路を制御している状態でぼくは感覚認識によって感じ取ることの出来る状態を認識していることがぼくがいまだに知覚が正常であることの証明になっている。
「とはいえ、瓦解しているのは他我と自我の狭間に存在している状態であり麻痺した善意によって感情を味気なく変化させていくことに対して同情すら感じることが出来なくなってしまう変異性への妥協なんだ。口実だけに執着している連中がカルトを弊害として夢想と語弊させる。ではぼくは一体誰だ。男なのか。女なのか。それとも神として定義すべき不明瞭なのか」
 試験科目の全ては完了している。
 批判的学習会議によって現実を肯定する術を持たないことが七星学園の特徴であるのだとすれば、音韻による多義性を賢さの利便性として使用していく手法すら演繹しなければいけない。
 普遍性によって憂慮されているのは曖昧な領域に存在しているはずの性的倒錯であるのだとしても、感嘆符を増殖させる手段を明記することしかできないけれど、表現行為に縛られていると侮辱的な反位構造を現実へと侵食する境界線を見つけ出す方法論は悠然と投擲としてぼくはこの教室にある空間的言語内包俯瞰領域にのみ無益が浸透していく。
「私が鬼塚榮吉であり、魔人として継承化出来ないコンストラクターの一種として現界していることは自明である。故に、クラスに機能的に組み込まれた代弁的な自我を有意義に使用することはメソッドの一部として運用可能である」
 では、マイナスファクターとは一体どのような効果を持って関係性に影響を与えているものなのだろうかと逡巡しているけれど、曖昧なまま放課後の魔術科棟屋上でぼくは記号と配列によって肺胞に内蔵している45番トリソミーの遺伝子欠陥のことをまるで個人を定義することの出来る特徴であるかのようにうんざりするほど過去を参照しながら傷を癒そうとする。
「彼らは果たして欠陥を義とみなすことで行動して、価値基準を破壊することを目的としていた集団だったのですか? ぼくは彼が例え右手を失っていたとしても、破壊された遺伝情報によって外見が衆目に晒すことが出来ない状態であったとしても、意思疎通における感情移入機能を予め備えていなかったとしても学校教育機関の内部に存在している弊害として認識することは出来ません。けれど、あなたの意図がどうやらぼくの日常生活を阻害することにあるように感じてしまう。嘘を許容出来る範囲を超えてほしくありません」
「なるほど。非常に若者らしい簡潔な考え方だ。だが、私が普通科の担任として教壇に立ち、通常の教育要綱に従って授業を行っていたとしても差別は存在している。マイナスファクターであるかどうかは自らの判断が引き起こす自意識の領域の問題に過ぎないだろう。お前にはその自覚があるのか」
「当然ながら想定は可能です。何故ならば、意識化におけるパラノイアとしての自我は単純な性別によって区分け出来ない状態であるばかりか、現実との物質的接点すら存在していません。ぼくが私となり、私が俺となり、それでもあなたにはなれないことが問題なのです。プログラムにおける条件設定だけが未来を決定しているのならば、ぼくは苦悩など感じたりはしない」
「主体と客体は既に切り分けられている。いずれにしろ分裂した私自身が抱えている無益を有能さを持って断罪してしまえるのであれば、お前に教えなど与えたりはしないさ。それが教鞭に立ち、生徒を指導するものの宿命ではあるが、とはいえ、私はごく一般的な人間なのではなく、魔人であり、超常性を内包している。不良品を交換して電子演算の意図しない誤差を排除してしまえば感情は破壊されないことは自明だが、私は揺らぎを持っていない。不随意の過ちを許容しているのは貴様がまだ未熟な人間で止まっているからに過ぎない。いいか、お前はまだ名前を持っていないに等しい。現在を把握することがようやく出来たところで過去によって改変される可能性の未来を原罪の有益性に変換可能かどうか疑ってみろ。その場所で私は常に人を喰らっている」 
 ぼくが悪戯半分で書いた大学ノートの切れ端が現状を混乱させて幻肢痛を与えるようにあるはずのない六本目の指を意志とは無関係に機能させている原因を設計図面として記したことを思い出している。
 思考と聴覚が別々に機能していて感じていることとは違うことを考えながら、どうにかして判断を保留することなく決断を下そうとしている状態に振り回されてしまわないようにと概念と行動を掛け合わせることで乖離してしまう寸前の意志を掴み取ろうとする。
「小学校の遠足で、観光バスに乗り、自己主張というものを獲得したけれど、嘲笑と幻滅によって記憶が破壊される事態に遭遇した。ぼくは恩師に対して暴力による制圧が最も有意義であると教えられたのかもしれない。気がついた時には血液に塗れた車内に聞こえてきたのは世迷言をせせら笑うクラスメイトたちの死化粧に溢れていたよ」
「お前のクラスメイトが一人残らず死んでしまったのは確かにお前が原因ではない。バスの車内お前自身の成果を穢したものがいたとしても結果として報復を与えられたものは一人もいなかった。だが、教師の方は違う。情状酌量となり、減刑が適用されて、少年法において求刑八年が宣告されたにも関わらず、保護観察処分扱いとなったのには教師の死因が全く不明だったからだと聞いている。貴様は自分自身が無価値なものに対して向ける眼差しを自覚したことがあるか。永遠に剥奪された関係性は故にこそ対価を得るべきだと脳内で何度も連呼されて、無意識を破壊しようとする。つまりは欠陥や欠損を貴様だけが美的価値基準の原理だと決めつけようとした結果だ。お前はクラスメイトたちの笑顔を覚えていないんじゃないか?」
 ぼくではない誰かの話が意図的に位相をずらされた時空において間接的比喩表現を用いた対話によって練りじこまれようとしているけれど、いわば、権威性によってのみ補填されていると対称性の喪失した意識の拡張攻撃がいつの間にかぼく自身から意志と呼ばれる思考領域の自我存在比率を決定づける不明瞭な領域に擬似餌のように住み着こうとしている。
 否定的な態度では対立構造化によって構造的力関係の結果生じる非言語性によって自然淘汰すらされかねない状況に関してぼくは争うことによってのみ幻滅と不滅を履き違えることなく絶対者と支配者の区別をつけようと試みる。
「ぼくが夢を見て現実をすげ替えたり塗り替えたりしようとするかどうかは別のことじゃないか。狂気によって解体されてしまえば、日常なんて取るに足らない出来事の連続でしかないし抱擁によって珠玉を体感する程度の時間しか存在しないはずだし、内視鏡によって心の配列と記号性を解読出来る手段を魔術と肯定するのであれば、ぼくは当然ながらエーテルを受け入れて自我形成を成長の一環として受け入れることが出来る。それでも自分がしたことと他人がやるべきことの区別がつかなくなった瞬間に才能は剥奪される。だから、ぼくはあの時あなたを殺そうとしたんですよ」
「貴様は私と他の人間を間違えている」
「ではぼくの父親が誰であるかが問題だということですか?」
「そうではない。完全性を定義するだけの論拠の話をしている」
「壊れてしまった時間に見つけることが出来ないものの話をしていれば、距離だけを理由にすげ替えることだって確かに可能かもしれない。光が奪われている瞬間だけが必要なものだってあるさ」
「私と双璧をなす存在を人生において見つけられるかが貴様の価値となる。だが、貴様は未だ自我形成にこだわったまま生きることをよしとするだけの畜生にすぎない。聖液を放出した瞬間の絵も言われぬ無益さを充足とすることになんの意味がある。私のことを見据え現実を肯定するだけの胆力があるのかどうかを伝える勇気を人に教えろ というのだ。まだ此処まで這い上がる力すらないではないか」
「なぜぼくが正しいと主張する必要があるのですか? ぼくはただ呪縛を解き放つ瞬間だけを喜びに変えている。貴方に奪われるものに拘れというのなら結局答えは同じことにしかならない。あぁ、けれど──」
 ぼくが認識している空間を誤解しないように注意深く深呼吸をして意識を支配しているのが一体誰であるのか明確にしようとする。
 いつの間にかやりたいこととやりたくないことがすれ違いを起こして誰を愛そうとしていたのかすらつかめなくなってしまいそうで、怖くなって自分自身の両腕でしっかりと震えが大きくならないようにぼく自身を抱擁する。
 書き換えるべき記号と配列が状態保存された質量を再定義することで感覚器官と認識範囲における情報因子に対して決して増えたりもせず減ることもなくただ素直さを維持できるだけの切断を繰り返しながらぼくが一体彼とどのように話をしていくべきなのかをうんざりするほど螺旋状態に内包されたまた快楽のみを貪ろうとする。
「悩み続けるか。超えられぬ壁の前で立ち尽くし二度と戻らぬ過去ばかりに唾を吐き続けるか。知性が失われることに怯えるものを同志とするのもまた確かに一つの道筋だ。ではもし私が貴様の前に立ち塞がるのを辞めてしまうとしたらどうだろう? 燃え上がる闘志も引き攣った笑顔もいらん。苦渋を舐める必要性すらない」
「誤解を感じずにいられるほど曖昧にはなれない。憂鬱を覚えるほどに無様に生きることだって選択肢にはないんだ。けれど、明日の朝になれば分かることにとらわれることだってないさ。結局のところぼくにはわからないことだらけで、法則に準拠した記号を並べていく方法論について学習している。何度繰り返したって同じことなんだ」
「記載された本質について忘却を胸とした口実の撤回は行なわれない。故にこそ、瓦解していくのは良識を限定的に解除する方法にだけ迂回していくことでギャグボールを物理化する方法になっている。脳髄に直接干渉するだけの距離関数にはもはや延命措置すら存在していない。言っている意味が分かるか?」
「先生は結局ぼくの話になんて興味がないんでしょう。だったらあなたのことを理解しようと授業を積極的に受ける必要性だってないじゃないか。例え、言い訳ができないぐらいの惨劇に巻き込まれたところでぼくは当然の理屈のように採点結果を捏造する。テストの答えが人生の正解なわけがないじゃないですか」
「何を言うか。偏差値によって順位が決定され、学力によって選択肢は限定される。故に学校教育を伝授する私だけが正解を与えられる。何も知らず何も考えずただ教鞭に立っているものが話している要項を嘘偽りがないと考え続ければいい。無能なものだと罵られたくなければ文部科学省によって認可された人格のみを肯定しろ。さもなければ貴様に出口などない」
「ではぼくが偽善を肯定する方法はどこにも無くなってしまう。だけど、さ、先生────」
「はい! 先生。このままでは思考演算接続型暴力完全掌握記憶破壊現象シリ=アス=プレイメイトの発動条件が満たされてしまいます。授業中なのだと判断できるものであれば、決して間違いを犯したりしません。彼はぼくたちの貴重なテスト時間を妨害しています」
名もなき生徒が立ち上がり、ぼくが誰であるのか理解していないことに憤りながら鬼塚榮吉に対して教室中に満たされた無益と無駄と無意味と無惨と無情と無害が撒き散らされたかのような崩壊現象の到来を停止させる。
「君の名前を名乗りなさい。決して未来永劫誰かの記憶に残されることのない君が覚えている限りに列挙できるたった一人であることを証明するだけの夢の欠片を宿し希望へと連結される手段をまずは私に提示するのです」
 たとえ、お前が小児愛性症候群によって決して許されず贖いきれず覆い隠すことすら出来ない罪悪感に苛まれたとしても許される瞬間があるのだと教師は生徒権限教育改革抜本的見直行動予定表『ルネッサンス』の宣告を受理したことをぼくは理解しようとする。
「貴様はまだ不真面目だな。必死に生きるという過程を社会生活を通じて学んできた私にとって貴様の苦悩など取るに足らない。いいか、この世が地獄であれ、天国であれ、或いは人の世であったとしてもはじめの一歩は貴様の選択に委ねられている。だからだ、私は教えを与える立場にしかなり得ない。ただそれだけの理屈を拒否する所以など何処にあるんだ。貴様が一体誰なのかをもう理解はしたはずだな?」
 教室には何処にもぼくと似た人間が見当たらない。
 さっき発言した生徒だって本当にぼくであるのかが分からない。
 早朝に激突した女子生徒のことを思い出し、それから魔術科二学年の各クラスの学級委員長を思い浮かべようとする。
 確か、彼らは魔術科棟北面の掲示板に第一新聞部が刊行している校内新聞に顔写真と名前付きで掲載されていたはずなのを思い出すけれど、いくら思い直そうとしても2―γの学級委員長であり、『グラウンドゼロ』を引き起こした張本人であり、『マイナスファクター』によって欠損したクラスメイトたちの頭脳を侵食して、そしておそらく『ルネッサンス』を妨害しようとしている『椅乃下灯火』の顔だけがぼくには思い出すことが出来ない。
 どうしてなのだろうか。
 『透き通るような模範生徒』。
 ぼくは君だろうかと問いかけることで鬼塚榮吉という教師からの質問を回避することが出来るけれど、果たして自己存在の完全な肯定を実行することは現実逃避として捉えるべき時空間現象そのものを遮断することになってしまうだろうか。
 ぼくは小さく何も出来ない矮小さを秘めながらも圧倒的な思考体験によって現実を書き換えることが出来る。
 だから君がぼくである理由を証明するためにぼくは関係性に基づいて強引なまでに連続的に実行され続ける大切な名前のことだけを思い出していく。
「だからもう貴方は必要がなくなる。追い掛ける対象も競い合うべき宿敵もきっと二度と出会うことはないのかもしれない。それでもぼくにはギャグボールが必要だったんだと思う。ずっとずっと探していたんだ。小さな希望の光を灯して、微かな未来だけを見据えることのできる超長距離高次元通信装置『ギャグボール』がきっと君との出会ったことを肯定してくれる。きっと消滅なんてしたりしない。否定し続けていたぼく自身が君を許して、君がもしかしたらぼくを許せる日が来ることだけをぼくが何度も自分の名前を叫びながらとてもエゴイスティックに偽善的にそしてひどく挑発的に信じつけているんだ。これは君の物語ではなくぼく自身の物語なんだ」

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