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07.Surf Solar From Fuck Buttons『 Tarot Spot』

うん。

わかってる。

ぼくは特別な子供。

運命の申し子。

誰がどうみたって世界の爆心地。

疑いようもないけれど、かといってそのことで誰かに優しくされるってわけでもないし、世界の全てを思い通りに動かせるってわけでもないんだ。

うーん。

そう考えてみると、ごくごく普通の当たり前の生活をしている小学生でいたかった。

何気なく暮らしてお母さんに甘えてみたり、父親と喧嘩してみたり。

けれど、その願いは脆くも崩れ去り、下手をするとその辺の大人なんかよりはるかに高いI・Q・がぼくが普通の子供でいるってことを邪魔をしにやってくる。

超思考性AIを積み込まれたランドセル、通称、『N.O.』にぼくは思わず話し掛ける。「明日の時間割はもう把握してくれてるかな?」

「うん、確か体育の時間が五時間目に入っているはず、体操着は洗濯済みのはずだよ」

『N.O.』は要求した質問を的確に機械的に返答し、ぼくの脳味噌がフル稼働するお手伝いをしてくれる。

どうしたってぼくの思考は普通の人のそれとは明らかに違うらしく、小学校生活で、教室で授業を受けている時に、校庭で走り回っている時間に、そのちょっとした違いが当たり前のように、クラスメイトはともかくとして、先生たちにですら、明らかに不審そうな目つきと態度で、まるで正常に機能するシステムに混入しているバグを排除するようにして、攻撃的な態度を仕向けてくる。

何か突然、日常の中に、入り込んできた異物に対して普通の人々は恐怖の感情を芽生えさせ、不安を増幅させて、いつのまにか耐えきれなくなった心を破裂させて狂った歯車を元に戻そうと突然変異の爆心地に向かって総攻撃を仕掛けてくる。

産まれて来たこと、存在していること、あなたと違う生き物であるということを全力で否定する為に、種としての生存本能を無意識或いは意識的に働かせて、自分たちの命を、もっと詳細わかりやすく言ってしまえば、遺伝子構造そのものに不備がないのだということを証明するために、ぼくの行動を、発言を、すべてなかったことにしてしまおうと笑顔の裏に隠された防衛本能を剥き出しにしてくる。

「あ、算数のドリルはもう終わってたよね?」

「まだ一ページだけ残っているね、君ならすぐ終わるから帰ったら終わらせちゃおう」

そう、彼らからすれば、当たり前のように、要らないものを捨てて必要なものを拾っているだけなのに、毎週月曜日の不可燃物、火曜日と金曜日の可燃物、そうやって彼らの生活からぼくを削除しているだけなのに、ぼくはその当たり前の事実を見せつけられて、そのたびに愕然と現実の前に立ち尽くさなければいけない。

あーまた子供の癖に、ちょっとだけかじった遺伝子工学の知識をうっかり曝け出してしまう。

うん、まあ、今日は学校はお休みだ。またクラスメイトにこんなところを見られたらいじめのネタを提供しかねないけれど、とにかくだ、普通の三毛猫のフリはやめて、きちんと血統書付きのクリッパーキャットとして振る舞おうじゃないか。

それがきっと俗にいう天才として産まれたぼくが果たすべき役目なんだろう。

今、この瞬間から、ぼくは普通の人々が暮らす日常から隔絶された。

けれど、多指に産まれた猫として、天才のぼくが出来ることとは一体なんだろうか。

もちろん、お兄ちゃんのように、自由気儘に振舞って一般の人々をいじめ倒して実験台にして、天才としての充足感を十二分に堪能する道だってぼくにはある。

人と違うんだという認識を心から堪能するためにその能力を出来る限り発動させるための環境に身をおいて、特に特徴を持とうとしない進化することをやめた歯車たちをぼくの意志で動かしているという気持ちを抱き抱えながら生きることだって出来るはずだ。

けれど、このぼくは、この普通の人々とは明らかに違うぼくは、同じような歯車たちによって運営されているごくごく普通の世界とは別世界に存在しているだけの何か別の生物なんだろうか。

ううん、たぶん、違う。

ほんの少しだけ、たぶん本当に少しだけ違う。

きっとなんの変哲もなくなんの取り柄もない歯車たちとは、歯の数がちょっとだけ多い、いや、もしかしたらもっとシンプルな機構の単純明解な二枚刃のパーツとして、やっぱり同じような歯車として、この世界に組み込まれているだけの存在なのかもしれない。

だからこそ、お兄ちゃんのように振る舞い生きることを捨てて、ぼくはこの世界を地道に動かしている部品としての役割を全うしたい。

出来るだけ根源に近い場所で、真理が目を醒ました時に出来る限りその傍で、ぼくの二枚刃としての役割を伝える為に異物としての本性を隠して、光と陰、生と死、どちらの側が今世界に必要とされているかを冷徹に冷静に勇猛果敢にて深淵の向こう側で産声をあげている次の部品の行き先の案内人になることを選びたい。

それはもしかしたら、正義の味方って呼ばれるものかもしれないなって、日曜日の朝、全身を戦闘用スーツに身を包む五人組が、奇声をあげてエントロピーを増幅させてカオスの演算速度を緩やかに変化させようとする原因を抹消しようとした挙句、五人組の運転している光り輝く暴力と殺戮の権化が夢と希望を破壊し尽くし、醜悪な異形を施された虚無と有限性の巨人を完全に消滅させようと起動原理の分からない兵器を無茶苦茶な論理演算でぶっ放す瞬間に、ぼくは閃いてしまった。

うん、そうだ、正義と呼ばれる複雑な機構に関して、お兄ちゃんとは別の角度で検証してみることにしよう、二枚刃が果たすべき正常な役割のもう一つの可能性を。

「間違えて陽子ちゃんのリコーダー持ってきたことうまく処理出来るかな」

「そのあたりはぼくに任せておいて。将来に傷がつかないように対応しておくね」

たとえば、いまあそこで道路上に居座るように寝転んでいる本当になんの役にも立たなそうな灰色のクタクタのスウェットパーカーにボロボロになったダメージジーンズのおじさんを白く細長い脚線美が見事な白いハイヒールのロングブーツにブルーレザースカート、おっぱいのあたりにハート型の穴が空いているレザーのカットソーを着て、オレンジの髪の毛とサングラスがバッチリ決まっているお姉さんがその悪辣としたロングブーツのヒールで踏み抜こうとしている光景をぼくのバイオセンサーを内蔵したスマートコンタクトレンズが捉える。

「一発で一思いに踏み殺せると思ったんですけどね」

「告白はもっと素直な気持ちをストレートにぶつけるべきだぜ」

ダメージジーンズのおじさんがすんでのところでかわしたロングブーツのヒールがアスファルトの道路に突き刺さり、道路にヒビがはいる。

おそらくヒールには身体強化の為のギアが仕込まれているんじゃないのかな。

スマートコンタクトレンズが採取したデータをN.O.に送信している。

十五秒後には解析が終わるかな。

あ、お姉さんの心拍数が通常より若干あがっているようだ。

どうしてそんな状況に二人が追い込まれたのかスマートコンタクトを通してみたとしても判断することは出来ないけれど、この場合、果たして二人のどちらに正義があるんだろうか。

その辺の大人なんかより遥かにI・Q・の高いぼくの頭脳がスマートコンタクトと聴覚拡張イヤホンの助けを借りて高速でジャッジメントを下そうとする。

たしかに、あの全く誰の役にも立ちそうにない、なんの価値もなさそうなダメージジーンズのおじさんをあのブルーレザースカートのお姉さんがルナハイム社製の脚力を増強されることを目的とした白いロングブーツでぼくらの世界から消滅してさせてしまったところで、次の日もぼくらの世界はなんの変わり映えもしないまま何事もなかったように動いていくと思う。

きっとその歯車はいつでも取り替え可能でどこにでも落ちているようなものだからね、そんなことはたとえ、ぼくがごくごく普通の子供だったとしても分かる簡単なことさ。

とにかく、まだまだ大人の事情なんて分からない子供のぼくは、ブルースカートのお姉さんはあんなおじさんはさっさと消してしまえばいいのになぁなんて大人気ないことをついつい考えてしまいがちだ。

頭脳は大人ですら太刀打ち出来ないにしても心はまだまだ未発達のまま、たぶん、そのあたりは酷くできの悪い子だと思う。

けれど、そんな未だ研究途上な精神分析学の心という専門分野をぼくが未習得である問題はともかくとして、あのまったく役に立たそうなおじさんをぼくの個人的感情の赴くままに、天才であるという役割を放棄して、たとえば、異次元摂理を利用したおじいちゃんの開発した数ある秘密兵器を使って、おじさんを宇宙の彼方、次元の向こう側へと、消滅させてしまうという選択肢を選んでしまうとしたら、その途端にぼくらの世界は分岐して、昨日、電車に乗っていた量販店で購入した誰かと同じようなスーツをただ誰かに合わせるようにして着せられた普通のおじさんも同じようにいつでも消していいっていう世界が新たに誕生することになりはしないだろうか。

果たして、今、現在ぼくが暮らしている世界を構成しているシステムにおいては、あのダメージジーンズのおじさんと量販店で購入したスーツを着ているおじさんには自らの役割に徹すると決めた歯車として、どれほどの価値の差があるのだろうか。

もしぼくがお姉さんに加担する未来を選択してしまえば、スーツのおじさんが電車の中でぼくが背負ったランドセル、通称、『N.O.』が邪魔だという理由だけで仕掛けてきたわざとらしい咳払いに、イラっとしたぼくが量子崩壊グローブを着用してワンパンチ喰らわせてしまうことにすらぼくの良識は反応しなくなってしまう世界が誕生してしまうんじゃないのかな。

そんな多次元宇宙のどの宇宙にぼくが住まうべきかを『N.O.』と一緒に演算を繰り返しながら、いままさに、ぼくの選択した世界で、ぼくの目の前に存在している二人の成り行きを見守っていると、また二人のやり取りが始まりだす。

「あからさまに女の夢を食い潰して生きてきたような顔をして身のこなしだけはいいんだね、もういいじゃん、早く諦めてさ、死んじゃいなよ、私が手伝ってあげるよ」

「ずっと傍にいたいっていう風に聞こえるぞ、気持ちっていうのはこうやって伝えるんだ」

さっとばねのように飛び起きたおじさんはその勢いのままお姉さんを抱き締めようと飛びかかる。

お姉さんは怯むことなく右脚からのハイキックでおじさんを瞬殺しようとする。

あの型は極真宗家の上段回し蹴りじゃないだろうか。

ダメージジーンズのおじさんが頭上から振り下ろされるお姉さんの右脚を受け止めると同時に新宿駅南口高島屋方面から、唐突に爆発音が聞こえる。

こんなところまで容赦なく響いてきた炸裂音と同時に右斜め遠方から火の手があがり、あたりはますます騒然とする。

そう、ぼくはこの為にランドセルを背負ってきているのであって、決して二人の戦闘を観察しにきたわけではない、のだと思う。

ようやく、おじいちゃんたちは新しいお父さんを利用して、執務室の乗っ取りの為に動きだしたようだ。

ぼくみたいな子供でも駆り出されている理由は今回の作戦がこの第七次外宇宙探査船団における重要な転換期になり得るからだ、と新しく交換されたお父さんはいつもと同じ顔で、いつも通りの声で、ぼくにそう告げた。

だからなんだけど、昨日の夜は新しいお父さんと初めて会った日と同じで、いつもながら、お父さんが交換されたという事実にはいまだに慣れることが出来ない。

おんなじ顔とおんなじ声といままでの記憶を持った違う名前の人。

新しいお父さんはいつもぼくを困惑させるのだ。

それにしても、あのおじさんは何者なんだろう、あんなハイキックを生身の身体で受け切れる訳がない、スマートコンタクトは高速で演算を開始して、『N.O.』はそのデータを送受信しながら、おじさんの正体を暴こうとする。

あーたぶん、これもきっと現執務室の仕掛けた作戦行動のようなものだろう、ぼくは早押しクイズをするみたいにこの後の展開を先読みする。

そうやって、突然開始されたストリートバトルに新宿南口駅前は騒然とし、一般の方々はいつものようにスマートフォンを取り出し、途端に目の前のスペクタクルを記録する為のステージがアスファルト上に出現する。

「エレクトリックラブリースパイラル!」

どこかで聞いたような現実感のないセリフがサザンテラスへと通じる歩道鉄橋上から聴こえてきて、ある日突然怒り狂いながら殴られたら殴りかえせという理屈を許せるわけがないだろう! と炎に呑まれながら叫んだ会社員の幻影と重なるようにして魔法少女姿のお姉さんが出現する。

どうやら電車ではなく、ぼくと同じような手段でここまで移動してきたようだ。

短距離であれば空間跳躍可能な技術はたしかにおじいちゃんが開発済みのはずだし、魔法少女さんも月の形をした会社のことは知っていたみたい。

開発に取り憑かれた挙句、家族もすべて実験台に変えてしまったマッドサイエンティストの生涯をかけた研究機関と手を組んだ開発会社の考えていると、魔法少女さんの電気ワイヤーがジーンズのおじさんに向けられ、彼は動物的直感で攻撃をかわし、ワイヤーはアスファルトの道路にあたると、途端に三百万ボルト近い電圧がおじさんとお姉さんを周囲の観客から断絶するように囲い込む。

途端に観客席にいるステージの一番近くでバトルを見学しようとしていた一般の人々のスマートフォンに電磁気が干渉をし、故障を引き起こす。

魔法少女さんはどこかでみたようなハート形のアクセサリーでBB弾をコメカミに発射して、本能が危険を察知する際に脳内に引き起こされる電気的反応を利用した空間跳躍を使用して新宿南口駅前の人だかりの中心に現れる。

「ねえ、こんな大衆の面前でそんなやつに相手にてこずるなんて一体どういうつもりでいるの? 私達が選ばれたものだってことを忘れているのかしら?」

魔法少女さんは、シュルルルと電気ワイヤーを右手の手元に小さくまとめてしまうとブルースカートのお姉さんに向かって睨みをきかせる。

突然現れた魔法少女姿のお姉さんに一般の人々はざわざわと騒ぎだすけれど、そんなことはお構いなしに魔法少女さんは左手の掌からコンパクトミラーを出現させ、ピンクを基調とした魔法少女の姿を今度はブルーを基調としたフレアスカートとフリルの魔法少女姿に変化させる。

「だからよぉぉ! いつも言ってんだろぉぉ!ノアァ! だらだらだらだらやってるからこんな野郎にてこずるんだよ!」

服装も変化して性格まで変わってしまった魔法少女さんは思いきり顔を歪めて突然、怒声をあげると、今度は右手の平の空間から星柄のステッキを取り出して怒りをまじえて叫びだす。

「フリーズサークルインフレーション!」

あたりの気温が急激に冷め出したかと思うと、ジーンズのおじさんの足元が凍りだし、おじさんの足元は凍りつき、動けなくなってしまう。

途端に隙をついたノア姉さんが再び上段回し蹴りを入れておじさんをその場に蹲らせる。

「ジュン! そんなに早く着くとは思ってなかったよ! こいつ、ほとんどの物理攻撃が効かないみたい。たぶん、ううん、間違いなく『キノクニヤ』の実験体だよ!」

ノア姉さんは興奮を抑えるようにして、魔法少女さんもといジュン姉さんとの共闘で、人類監査の為に開発された『キノクニヤ』の戦闘バイオノイドである身体強化型改造医療実験体試験番号零零睦宗一郎を地面に昏倒させた事実に少しだけ油断する。

その隙をつくようにして、足元が凍りついて動けなくなった宗一郎が右手で凍りついたアスファルトごと素手で引き剥がしてノア姉さんの太腿めがけて氷塊を投げつける!

「アブソリュートテラーシールド!」

ジュン姉さんは彼女とノア姉さんの前面にとても透き通った分厚い八角形の氷のシールドを展開させて、宗一郎の投げつけてきた氷塊はシールドに当たって砕け散る。

バラバラになった氷とアスファルトが地面に散開していくのとほぼ同時に甲州街道を初台方面からものすごいスピードで運送トラックがノア姉さんたちのステージ目掛けて突っ込んでこようとする。

その動きをいち早く察知したノア姉さんは円形ステージの観客を軽々と跳躍で飛び越えて姿勢を整えるととても形の整ったほぼ完璧な正拳突きを運送トラックが向かってくる方向に打ち込む。

音速を超えた正拳からソニックブームが発生して運送トラックの進行方向を少しだけ左方向になんとかずらすことに成功する。

運送トラックの運転手はそのままのスピードでガードレールを突き破り、LUMINE2のビルへと激突する。

運転席にはジュン姉さんに黒こげにされたウンソウヤさん。

彼は超回復型改造医療実験体試験番号零零肆幸之助が高熱で皮膚が爛れて腐食した肉体のままプスプスと煙をあげてエアバッグに埋もれている。

運転席で焼け焦げた肉塊として蹲っている幸之助は音もなく起き上がりどろどろになったコールタールのような身体のままトラックから這い出てくる。

すかさず、ノア姉さんはまたしてもお手本通りの完璧な正拳突きを繰り出し、ソニックブームを幸之助に向かって食らわすけれど、幸之助は音速の風に怯むことなく、ふらふらと前に進んでくる。

彼の意志と感情が乖離してしまったような佇まいに怯んだのか、ノア姉さんはいったん身体強化ギア※3braveshineの跳躍力を利用して、円形のスペクタクルステージの中心へとジャンプする。

幸之助の黒コゲになって腐食した体臭と衝撃波にすらびくともしない足元のおぼつかない歩みにステージの周りを囲んでいる一般の人々はびくびくしながら道を開けていく。

中心には、すらっとした脚線美のノア姉さんが組手構えで幸之助を睨みつけ、青から赤へと属性変化させた対改造医療実験体超変曲点発生力場生成型パワードフレーム──スナップショット──の禍々しいフレアスカートから漏れでる灼熱で宗一郎の足元の氷を溶かし始めている。

「一度に二人も告白を受けるなんて流石の俺でも初めての経験だぜ。けどな、残念だが俺は一途な男なんだ。それに幸之助も腹を空かせている、お互い相思相愛ってことで相違ないな?」

ジュンお姉さんは右手に持った炎の剣を軽く一振りしてあたりに火の粉を撒き散らすと、すごく冷静な顔で、ノア姉さんにゆっくりと丁寧な口調でゾンビ化している幸之助は任せましたと、伝え穏便に事を済ませようとする。

「ねえ。ノア。あなたにはあの憎々しい腐った死体の後処理をお願いするわ。大方、脳髄か心臓部に原動機のようなものが存在するのではないかしら。忘れてきたパーティクルコートの代わりにシールドを付け加えたから安心して戦いなさい。人の形をしていないのであれば、あなたも思う存分、全力を出せるでしょう」

そういえば、ぼくがこうやって新宿駅南口駅改札で彼ら四人の戦いを見守っているのには訳がある。

おそらくお兄ちゃんが改造医療実験体開発室『キノクニヤ』側につくのか第七次外宇宙探査船団執務室諜報部直属科学技術特援隊『コンビニエンスストア』側につくことになるのか冷静に戦況を分析しながら行く末を見守らなければならない。

あのクソサイコパスのことだから、きっとその日の気分だとか天気の具合だとかどうでもいいことでおじいちゃんの一世一代の作戦を邪魔しにくるに決まっているし、そんなことになったらおじいちゃんもママもひどい気の毒だし、ママが腹癒せにガイア級のバランスを崩してでも母船ごとK型恒星に突っ込む可能性だってある。

お父さんだってまた取り替えられてしまうに違いない。

なんにせよ、目の前のステージで繰り広げられている烈火と閃光のおそらく肉眼では視認することすら叶わない高速バトルと不死と不屈が正に文字通り己の肉体を削り合いながら戦う様子を『N.O.』がリアルタイムで解析し続けている。

「どうして、あなたの肉体が摂氏千六百度以上の高温に耐えられているのか正直理解出来ないけれど、それはもう既に人間として生きることを捨てているということかしら」

ジュンお姉さんの焔の剱は摂氏千六百度から更に二千度度近くまで上昇し、その熱に周囲の一般の人々が距離を取り出す。

十メートルほどのスペクタクルが拡張し、少しずつ事の重大さに気付いた人々が避難をし始める。

今まで映画を観ていたと錯覚していた人々が現実だと認識することで南口駅前一体がスペクタクルステージへと変化していく。

宗一郎は少しだけ余裕を浮かべて、不遜な顔を浮かべる。

「そうだな、生身の肉体でチタンの融点以上の耐熱性をもったのはおそらく世界で俺一人だけだ。認めよう、お前は俺に恋をしている」

摂氏三千五百度ほどまで温度があがったところで、炎は急激に小さくなり、剣は小さなボールペンへと戻り、ジュンお姉さんの右掌に収まってしまった。

「またそのようにして、取るに足らない嘘を吐き、大気を汚して、世界の在り処を勘違いしたまま生きようとするのですね。ならば、致し方ありません。あなたはこの先も、永劫に生きてもらう他ないでしょう」

左手の手のひらに出現させたコンパクトミラー中央の半球を少しだけ左に回すと、ジュンお姉さんの姿は黒一色のフリルとフレアスカートに変化する。

左手を宙に向かってかざすと、宗一郎は周囲の急激な重力の増加で跪き、空を見上げて全く身体の自由が効かなくなってしまう。

何かを話そうとするが、既に言葉そのものを奪われてしまったかのように一言も発することも出来ずに呆けたまま口をあけて、何が起きているのかを確認するようにぎょろぎょろと黒い瞳だけを動かしている。

ジュンお姉さんが今度は右手を翳すと、先程、LUMINE2に激突していた運送トラックがなにかの衝撃波と一緒に突然半径十センチほどの球体へと変化して、LUMINE2から飛散したガラスがその周りを囲うようにして空中に集まりだす。

冷え切ってしまった身体にも関わらずまるで制御の効かなくなってしまった体液の放出に抗うように、宗一郎は必死で身体を動かそうとするけれど、どんな祈りも剥奪されてしまった人形であるかのように、指一つ呼吸一つままならない状況に追い込まれていることに気付き始め、黒い瞳から光がほとんど消失していく。

そのまま無理矢理限界までこじ開けられた口元へと、先程圧縮された鉄球がすぅっと近づいていくと、今度はゆっくりと宗一郎の口腔へと鉄球が捻じ込まれる。

上の前歯と下の前歯が鉄球の侵入を阻止しようとするけれど、鉄の塊はそんなことを許そうともせず前歯の一つ一つを強引にへし折ると、とても鈍い音がして、宗一郎の全身に今まで感じることすら出来なかった痛みが走ると彼は意識が飛んでしまいそうになり、項垂れて一瞬だけ、本当にかすかに一瞬だけ、意識がとおのいていく。

すかさずジュンお姉さんは宗一郎を行動不能状態に陥らせた左手で今度は電球ほどの光を創り出して、宗一郎の頭へと投げつけると、彼はすぐに意識が事切れそうな激痛の向こう側から呼び戻される。

やがて、鉄球が口腔から体内へと喉を引き裂きながら無理矢理挿入されてしまうと、その後を追うようにして、飛散したガラスの破片たちも一緒に宗一郎の内部へと入り込んでいく。

「これで、準備は整いました。今からあなたの脳内に、痛みによって放出されるはずのアドレナリンとカテコールアミンを遮断する回路を設置いたします。これであなたは痛覚の過剰刺激によってショック死する可能性は完全になくなりますが、痛みそのものが消えることは決してありません。鉄球は半永久的にあなたの胃袋の中に留まり続け、ガラスの破片は身体の隅々まで浸透し、あなたと供に在り続けるでしょう。さあ、これで晴れてあなたは完全な自由を手にすることができました。何も振り返る必要もどこかで停止する必要もありません。最大限度の激痛を抱え、ぜひあなたの人生を謳歌してくださいませ。それではごきげんよう、どうかご武運を。ノア、私は先にシオリ様たちの元に向かっています。あまり優しさに溺れるべきではありませんよ」

ジュンお姉さんは、再びピンク色の魔法少女姿に戻ると、ハート形のアクセサリーで BB弾をコメカミに発射すると、脳味噌が擬似的な危険を察知して移動する空間転移技術、彼女の姿をぼくの視界の外側へ連れ去ってしまう。

宗一郎は自由を取り戻して、言葉と呼吸と意識を手にするけれど痛みに何もかもを支配されたままアスファルトの上に横たわって、目の前を働きアリが通過していく様子をただ眺めていることしか出来なくなってしまった。

ノア姉さんは魔法少女のお姉さんの幼気な忠告に、深呼吸をして、彼女の強烈なボディーブローで左脇腹を抉りとられた二メートル半先の幸之助をまっすぐ見つめる。

「そうですか、死ねない身体なのですね。それならば、あなたに敬意を表して、フルコンタクトで挑まなければいけない相手、ぜひ最期の瞬間を味わえるご覚悟を。私があなたの、運命、ということですよ」

ノア姉さんのパワーグローブ"※2カタオモイ"には、魔法少女のクローゼットと似たような変曲点変化タイプの機能が仕込まれているみたい。

幸之助の超回復には特殊な多能性細胞の影響があるよと、『N.O.』が早速ボクにデータを送り届けてくれたけど、カタオモイのエピジェネティックス属性付加作用で、多能性細胞の活動が抑制されているようでどうやら回復が間に合っていないんじゃないかな。

電撃の高熱で焼け爛れてしまった皮膚も肉と骨ごとえぐり取られて剥き出しになった左脇腹の体内組織と内臓の具合も一向に再生される気配が見えない。

ノア姉さんの確実で的確な暴力でぼろぼろに身体中が崩れ落ちている幸之助は、それでも、動きに緩慢さの欠片すら見られないし、魔法少女の言った通り、原動機から供給されているエネルギー量が莫大過ぎるのか筋繊維、心肺機能が弱体化したところで活動そのものに影響は出ていないようだ。

それに骨組織や神経には優先的にエネルギーが回されているのかたとえへし折ったとしてもそのあたりだけはすぐに再生してしまう。

攻撃力そのものは怖くはないけれど、このまま街中に放置してはおくことは出来ないんだろうなと無責任なぼくはついつい後先のことを考えてランドセルから量子崩壊グローブを取り出そうとする。

「あなたがこのまま生きながらえる方法ばかりを考えてしまいます。きっとそれが不可能であることを認めたくないのですね。未熟さ故の中途半端な攻撃であなたを苦しめていることで罪悪感ばかり重ねているような気さえしてきますね」

急激にカタオモイとbraveshineの周りに光が集まり始めて、ノア姉さんはぐぎぃっと奥歯を噛み締め、原動機自体を壊さず、確実に幸之助を行動不能状態に追い込む術を、身体中の経穴の仕組みを毎晩のように不眠不休で叩き込まれた地獄の日々を思い出しながら、足りない頭で必死に考えようとしている。

いっそのこと、ぼくがこっそりと『N.O.』を使った演算でノア姉さんに教えてあげてしまったほうが早い気がしてくるけれど、ぼくがいまどちらかに加担してしまったら、ノア姉さんの思いを無駄にするんじゃないかなと優しいぼくはついつい二の足を踏んでしまう

「ハヤクコロシテ」

そんなノア姉さんの殺気を押し殺した活殺術に気付いたのか幸之助はノア姉さんの殺意を暴発させるような一言を投げ掛ける。

冷静さを崩さず、一つ一つ丁寧に幸之助から出来る限り再生が遅い部位を見つけ出し、確実に幸之助の動きを制限していく。

既に幸之助は、身体の四十パーセント以上を失い、左脇腹、右手橈側手根屈筋、左足大腿筋、頭部の右側面が削り取られて、剥き出しの肉が見え隠れし、再生を促すように多能性細胞が蠢いている様子が見えるけれど、カタオモイの生命活動抑制効果に邪魔されて、回復が完全に阻害されているにも関わらず、幸之助の体内で意図的に変異した癌細胞から生成され抽出される毒性の粘液がべっとりと染み付いた剥き出しの歯で噛みつこうと彼は襲いかかってくるのをやめようとしない。

ノア姉さんのD型装備では防ぎ切ることの出来そうにない毒性だろう。

酸性の粘液がアスファルトに垂れると、アスファルトが湯気をあげて溶け出している。

そんな一進一退の状況に思わず、ぼくはさっき取り出した量子崩壊グローブでノア姉さんの真似事をして、正拳突きを繰り出して、ついつい幸之助の下半身を吹き飛ばしてしまう。

「ねえ、お姉さん。さっきからずっと見ていたけど、お姉さんのカタオモイなら、このぐらいのことは朝飯前のはずだよね。なんでこんな手間のかかることでおじいちゃんの計画に狂いが生じる可能性を作るのかな」

量子分解されて下半身をまるごと吹き飛ばされて、もはや超回復が追いつかないレベルで分解された幸之助は毒性の強い粘液をアスファルト上に落としながら言葉にならない呻き声をあげている。

ノア姉さんは溜息をつきながらぼくの質問に答える。

「幸之助の超回復機能を有した特殊多能性細胞は今後、私たちが作り出していく世界において、必要なものだと私自身が独断で判断しました。あなたのお爺様の命令ではなく、私自身が誰の考えも挟まず決めたことです。どうかお控えください。原動機を今、失うことは得策ではありません」

なるほど、たしかにノア姉さんの言う通り、『キノクニヤ』の技術はおじいちゃんでも解析出来ていないオーパーツがあるらしい。

超回復多能性細胞はその一つだと聞いたことがあるし、原動機に隠された秘密は現─『キノクニヤ』上層部ですら把握しきれていないのだとしたら、ノア姉さんはそのことを直感的に知り得ていたのかもしれない。

それなれば、ぼくのお弁当箱の出番なんだろう。

「わかったよ。そういうことなら、いくらお姉さんが丁寧に活動の抑制しやすい箇所を削ったところで幸之助の原動機を痛手なしに捕獲することはたぶん不可能だと思う。一応、ぼくのお弁当箱にはいまのところ一つだけ余裕があるから、そこに幸之助をしまっておいて後でおじいちゃんに解析を頼んでもらうよ、それなら問題はないかな? けれどね、お姉さん、子供のぼくから見てもお姉さんは本当に甘すぎると思う。まるで、ぼくの大好きなアイスキャンディーみたいで、なんていっていいか、わからないけど、うーん、胸のあたりがさ、ムカムカってしちゃうんだよ、そういうのはさ、なんていうのかな」

ノア姉さんはようやく組手の構えを解いて、両腕を下ろし、そうして、ぼくの近くに歩いてくると、ぼくの背丈まで腰を下ろし、ぼくの頭を撫でながら、

「はい、それは、きっと、恋、と呼ばれるものだと思います。ありがとう、とても嬉しいですよ、本当です。よければお名前を聞かせて頂いてもよろしいですか?私は、中沢乃亜といいます。あなたは?」

なんだか少しだけバカにされているような気分で少しだけ腹立たしいけれど、ぼくはお父さんに教えられた通り丁寧に自己紹介をする。

「ぼくの名前は、東條渚。『TV=SF』総帥、東条英機の孫でこれからの世界を作るための新しいパンを探しているものだよ」

例えば、私が受け取ったルリイロスカシクロバの幼生体がきちんと成虫になり、その役目を果たす時には、私は失ってしまった十歳以前の記憶を思い出すことが出来るのだろうか。サメ型のリュックの少女が泣いていた理由がわからないままシャッターボタンを押して、そのことをカメラの中に閉じ込めてみても未だに自信が持てずにいる。

今週の日曜日、私が取材するはずの、斎藤誠、という全盲の男のことを考えながら、ぼんやりと黒い箱に透明なガラスのついた箱の中で蠢くルリイロスカシクロバの幼生体を見つめていると、少しだけまた眼帯の奥で嫌な痛みが疼くのを感じる。

夜の冷たい風に乗って忌々しくけれど、どこかに優しさが入り混じっているそんな歌が聞こえてきた気がした。

もう、すでに、終わりはゆっくりと這うようにして私のそばに近づいてきているのかもしれない。

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