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「ねぇ、昨日のニュース見た? 女子大生の強姦殺人。まだ、将来有望な法学部の生徒って話じゃない。いやねぇ。なんていうか──」
「あ、見ましたよ、奥さん。そのニュース。警察がまだ捕まえてないって、そいつ。体内から出たんですって犯人の」
 翌朝、仕事前に近所のカフェで食事をしていると、二人組の主婦が噂話をしている。日曜日ということもあり、お昼前でも店内は満席に近く、隣のテーブルの主婦は周りに遠慮もすることもなく今朝方ニュースで流れていた悲惨な事件の顛末を話し合っている。ぼくは注文したパストラミサンドを口に運ぶのを躊躇して、つい歓迎会に出席したついでに始めたしまったポケットの中の煙草を手に取ってしまう。
「いやだわ、そんな話。朝から。でも可哀想ね。その子。私同情しちゃうわよ、やっぱり。心のない人間っているものよね」
「全くですよね。わざと狙うのよね、そういう幸せそうな子を。自分が報われてないからってことなんじゃないですかね、やっぱり。あ、そういえば先月の──」
 それ以上は話に聞き耳を立てているのが嫌になり、イヤホンを取り出して耳に装着して昨日の夜と同じように音楽に没入しようとスマートフォンを取り出す。いつ届いたのかは気づかなかったけれど、Lineの着信があり開いてみると、大谷悠亜からで本のお礼とぼくが別れ際に放った台詞への率直な意見が送られてきていた。
「悠亜@絵本ありがとう! なんかこういうの好きな人なんだなぁってなんだか納得。暗くてジメジメしててだけど理由があるっていうのかな。私はあんまり囚われない感覚だけど、面白かった、かな。うん。君のことが少し分かった気がするよ。それと、この前の二度と会わないってやつ。あれだけは絶対ダメ。あんなことを一回しただけの女の子にいってはいけないと思うよ。また会おう。君とは長い付き合いになると思う。別に変な意味でもなく。そういう意味で。だからよろしくね。暇な時メールして」
 彼女は嘘が言えない性格なんだってことを理解したからぼくはなぜか彼女を遠ざけようとしてしまっていて、とても真っ直ぐな意見に普段ならすぐに反応する気になれないはずが、ホットコーヒーを一口呑んだ後にすぐメールの返事をする。
「波玲@読んでくれて嬉しいよ。エドワードゴーリーを選んだ理由はあの二人が不幸だからで、きっとそれ以上でもそれ以下でもないんだ。どうして子供だけを狙い打ちにするのかもし君なりの考えが思い浮かんだらいつか聞かせてほしい。言わなくても良いことは伝えないようにする。ぼくにも君にも何かにとても困ってしまう夜はあると思う。男と女だから 理解し合うために必要な手順を誤魔化す必要は確かにないね。また」
 メールをすると、すぐに既読がついてぼくはまたすぐに返事が届くような予感がしたのでイヤホンを外してポケットにしまい、スマートフォンも手持ちのウェストポーチにしまってテーブルの上の残ったパストラミサンドを平らげてしまう。隣の席の主婦二人はいつの間にかいなくなっていて、敬語を使っていた主婦が座っていた真っ赤なソースのパスタがほんの少しだけ食べずにお皿に残されているのを見てぼくが気になっていた問題をもしかしたら彼女も気にしていたのかもしれないと考えて、これ以上余計なことに囚われないようにしようと留意する。まるでメモでも取るみたいにして頭の中に刻み込んでお会計を済ますと、昼過ぎからの出勤に間に合うように下高井戸駅に向かう。
「あ、波玲さんじゃないですか。これからお出かけですか。私は主人に頼まれてお買い物です。人使い荒いですよね、あの人ったら。あ、そうそう。絵の件、すごく楽しみにしてますよ。最近夕飯のたびにその話ばかりするんですよ、うちの人。それじゃあ、またいつでも寄ってくださいね」
 駅の近くのスーパーの入り口でパン屋の二塚さんとすれ違い、世間話と依頼されていた絵の話をする。彼女の笑顔はとても幸せそうで、仲睦まじく夫婦でパン屋を営んでいることはきっと彼女と旦那さんの人生を他の誰かとは違うものにする為の特別な事柄なんだろうとぼくは理解して絵が思ったよりも早く仕上がりそうであることを伝える。
「ありがとうございます。ちゃんと覚えてくれているってやっぱりとても嬉しいですよ。けど、思ったより早く仕上がりそうなんです。誰かの為に絵を描くって行為がぼくに取ってプラスに働いているみたいで。きっと気に入ってくれると思います。新作パン楽しみにしていますね」
 お店のロゴマーク入りのキャップと気恥ずかしそうな笑顔が優しそうでぼくは普段彼女が旦那さんとどんな風に食事をしているのか想像してまた絵を描く気力が漲ってきて、昨晩は結局朝方までキャンパスに向かい合っていたことを忘れてしまうぐらい前向きに創作に取り組めることが嬉しくなる。日曜日の京王線下高井戸駅は人もまばらだけれど、ニュースで流れていたような強姦殺人事件が起きる気配は感じられない。電車が来る前のホームに着いて曇り空のせいかあまり気分が冴えない。もちろんさっき軽食を取るために立ち寄ったカフェで聞こえてきた噂話のせいもあるだろうけど、問題はやはり昨日見た自分の分身がどうしても忘れられない。例えば、勤務先の会社の社長の顔が自分とそっくりで自己嫌悪を抱いてしまうとかそういうレベルではなく、顔の作り、表情、足の長さや体格に至るまで瓜二つであったことにやはり戸惑いを覚えてしまう。昨日のあれがなんだったのか未だに整理することが出来ない。三号サイズのキャンパスと朝まで向き合って掴み取ることが出来る結論が宙に浮かんだまま像を結んでくれなかった。まるで今日の曇り空のようだと京王電鉄渋谷行きに乗ってアルバイト先へと向かう。
「あ、おはよう。波玲君。ねぇ、奏水がさ、珍しく無断欠勤でさ、穴開いちゃってるから急いで返信入ってもらってもいい? あの子、昨日かなり酔っ払ってたみたいだから私も心配だったんだけど、まさか電話で連絡もないなんてさ。というわけで、私今超不機嫌」
 デジカムに出勤すると、木山と横川が不快感を露骨に表情に出しながら作業をしていて管理席には休日を取っている鷺沼とそれから夕方から出勤予定の鵜飼の席が空いていて、いつもなら慌ただしく動いているはずのオペレーターの数が足りていないことが一目でわかる。ぼくもタイムカードを打刻すると、すぐに自分の席に座ってPCを立ち上げて『ChatChannel』というソフトをクリックする。
「あ、わかりました。それじゃあとりあえずログインは前日までに絞って、ポイントのフィルターなしで返信始めてしまえばいいですよね。出来るだけ早めに片付けて起きます。奏水ちゃんはどうしたんでしょうね。こちらから連絡はしてみたんですか?」
「うん。電話と後はメールかな。してみたけど、連絡が取れないんだよ。なんだろね、あの子。今までこんなこと一度もなかったのにさ。ま、とりあえずメール片付けたらまた連絡してみるから。鵜飼さんも今日は遅番だってさ。二人ともさ、飲み会の次の日にシフトずらすのはずるいよね。あー私も二日酔い。ねえ、横川君。一斉飛ばせる?」
 赤い髪を肩まで伸ばしお世辞にも痩せているとは言い難い体型の横川が木山の指示に従って同報の文章を作成して対応している。頭に巻いた黒いヘアバンドとトライバル模様のパーカーは彼が出勤してくる際によく着ている。普段より人が少ないせいかいつも横川の席の隣に座って奏水がキーボードを叩く音が聞こえてこないことに寂しさを感じてしまう。
「あの。キャラとかは適当で。とりあえずログインを一週間前から前日までに絞ってやっておきます。あーちなみにぼくの得意なエロ系お姉さんキャラですー」
「あー、はい、はい。忙しいからその辺はもう文句言わない。あとで、どうせ鵜飼さんがチェックするだろうけどね。私もこっち片付けたら手伝うから」
 木山と横川のいつも通りのやりとりを聞きながら、人手不足で長時間放置されたままのユーザーのリストをフィルタリングして画面に出力する。ローディングまでに多少時間がかかり、手持ち無沙汰になった合間を縫って机の脇に置いたスマートフォンで今日のニュースに目を通そうとする。さっきのカフェにいた二人組の主婦が話していた強姦殺人事件が当然のようにトップ記事として紹介されていて、好奇心に嘘はつかずにタップしてニュースの内容に目を通す。
「渋谷区路上で女性の強姦死体。殺人及び死体遺棄の疑い。センター街のゴミ置き場」
言い表すことが出来ない感情が全身を覆い尽くして身動きが出来なくなる。ぼくの座席の左後ろの管理席に座っている木山の方を向き、左記事に書かれていた二十代法学部学生『内和奏水』という名前を打ち明ける。
「あの、木山さん。ネットニュース見ましたか? 奏水ちゃんの名前が出てます。彼女もしかしたら──」
「あ。今日朝忙しくてなんも見てないや。ニュース? どうして? 今見てみるよ」
 木山に事実を告げて、それから横川の方を見て、彼にも伝わっていることを確認すると、鵜飼が事務所に出勤をしてきて青ざめた表情で血相を変えて騒ぎ出す。どうやら同じフロアの部署の人間はネットニュースに目を通していないか名前を見ても本人のことだとはわからなかったらしい。
「やっぱりか。奏水は来てないのか? じゃあネットのニュースは本当か。連絡は? つかないんだな。どう言っていいのかわからんが。本当だろう。鷺沼には俺から連絡をしておく。本当に申し訳ない。こんな状況で頼めることじゃないが、作業は継続出来るか。多少のことには今日は目を瞑る。ショックの方が大きいと思う。休憩もこまめにとってお互いコミュニケーションを取ろう。木山、大丈夫か?」
「え。あの。あ、はい。でもだって──。昨日まで奏水ちゃん──」
「やっぱり難しいな。ちょっと休憩しろ。気持ちを落ち着けて作業はそのあとでいい。割り切れる問題じゃないが──。緊急連絡先なんかの対応は任せてもらっていい」
 意気消沈した木山が席を立ち上がり、喫煙室に向かう。横川はよくわからない高揚感でインターネットのニュースを読み漁っているところで鵜飼に注意を促されて我を取り戻して作業に戻されている。ぼくはどうすればいいのだろう。知り合いが殺人事件に巻き込まれてしまった。奏水とは親しいわけでは確かにない。けれど、いつもニュースで見かける陰惨な事件とは全く違う印象を受けているのは事実で、ぼくはどうやって目の前の情報を受け止めていいのかわからなくなってきている。正気を保っていることすら奇妙に思えてくる。苦しさみたいなものが実際に存在していてぼくの体内で攻撃的な機能になって日常を脅かしている。ダメだ。何かしなければという危機感が大きくなって、失ってしまった平常心の存在を忘れさせてしまう。それでもぼくはどうにか指先を動かしてタイピングをしている。メールの内容が頭に入ってこない。いくら読み通してもユーザーの送ってくるメール内容を理解することすら出来なくなる。異常者が突然ぼくらの生活の中に侵入してきて破滅をもたらしている。何かが壊れてしまった。修復不可能だという事態に遭遇したぼくはいつの間にか時間が十分ほど進んでいることに気付く。
「波玲君。大丈夫? やっぱりメールの内容がいつもよりずっと雑だね。おかしいけど、私も少しは我慢する。とりあえず、煙草吸ってきなよ。今日は作業少なめにするように鵜飼さんから言われているし、一時間に一回は休憩を取ろう。夜まで長いけど、頑張ろうね。私もやっぱり気持ちが落ち着かなくてさ」
「あぁ。はい。どうにか返事をしたいんですけど、頭がいつも通り働いてくれないんです。何が起きているかってそりゃ状況は十分わかっているつもりですけど、当然ながら経験すらしたことがないですよ。あの、他のサイトの連中もやっぱり気づき始めましたね」
「うん。私も迂闊だった。今日は彼氏が休みだから余計にね。朝ちょっとだけ騒いでたことなんかイライラしちゃって無視しててさ。名前ぐらいそりゃ彼らだって知ってるのにね」
「そうなんですよね。こういうのを麻痺しているっていうんでしょうか。まあ、ぼくだってニュースぐらいは目にするし、この手の殺人事件を知らないわけじゃない。被害者が可哀想だって思う気持ちは持ってないわけでもないです。けど、やっぱりぼくはその人のことを知らないんですよ。奏水ちゃんは本当に──」
「ううん。わかんない。全然わかんないよ。まだ本当だって決まったわけじゃ──」
 そこまで話すと、木山は突然に泣きじゃくり始めてぼくの席の後ろでしゃがみ込み、どうにもならないぐらいの感情を露わにして嗚咽してようやく内和奏水が殺されてしまったんだという事実を受け止めている。ぼくは木山にかけてあげられる言葉が何もない。鵜飼が遠くの管理席から様子を伺って深刻そうな表情をした後に、立ち上がり傍に来て木山の介抱を始める。彼の瞳が潤んで悲しさを蓄えているけれど、決して自分だけは表に出してはいけないと気丈に振る舞っている。ぼくに顎で指示をして喫煙室に行けというメッセージを伝える。笑えない話をどうやって冗談に変えてやろうっていうものすら事務所には一人もいない。後ろめたさすら罪悪感と焦燥感を前にして塗り潰されてしまう。
「あの。とりあえずぼくも気持ちの整理が全然つかないです。木山さんが普通ですよね。みんなおかしくなりそうだ。ぼくも煙草を吸ってきます。ずっとニュース記事が頭の中で思い浮かんじゃいます。犯人まだ捕まってないみたいです、やっぱり」
「あぁ、そうか。とりあえずこの場は俺がなんとかしておく。行ってこい」
 ぼくは席から立ち上がり、泣きじゃくっている木山と鵜飼から離れて結局辞められなかった今朝方近所のコンビニで買ったばかりの煙草を手にとって休憩室へと向かう。いつもならちょっとした時間しのぎでしかないのに、澱んだ心がぼくの両足に重くなってへばりついている。休憩室の扉を開けて他のサイトの男性二人組が真剣な表情で話し合っている姿を見つけると、手に持った煙草の火をつけて大きく息を吸い込む。今、必要なのは目の前に見えている問題にしか囚われないようにする気持ちだ。インターネットの向こう側或いは知らない誰かから聞いた噂話じゃない。真実なんてものが必要であるのだとすれば、それは紛れもなく下高井戸から渋谷まで出勤してアルバイトをしているというぼく自身だ。何度も思い込もうとする。都合のいい情報だけに制限して考えることを辞めるべきじゃない。ほんの少しの判断が致命傷となって取り返しのつかない傷跡を刻み込もうとする。奏水は本当に殺されたのか? けれど、そうやって意識が彼女自身に傾きかけた瞬間に悲しみが絶望をまとって襲いかかってくる。もう逃げることは許されないんだって思い知るようにして、ぼくはその場で人目も憚らず涙に暮れてしまう。気を遣って他の部署のアルバイト男性二人組から喫煙室から退室する。孤独がこれほど怖いと思ったのは産まれて初めてのことかもしれない。関係を突然切断された憎しみを癒す手段が見つからない。右手で顔を覆い尽くして嗚咽をとめどなく漏れ聞こえさせている自分が嫌になる。救えなかった。手を差し伸べる機会にすら恵まれなかった。与える喜びを見つけられる瞬間さえ奪われた。何処にも逃げ場がない。彼女はたった一人だったんだ。最後に見た青褪めた表情が何度も頭の中で再生される。内和奏水は本当に殺された。何処の誰かすら分からない変質者に人生の全てを破壊されたんだ。
「あーあー。うわー。波玲さん。泣いてる。あのね、奏水ちゃん、昨日はすごく俺に優しくてね。いつもは隣の席で虐めてくるのに昨日は沢山俺の話を聞いてくれたんだ。どうしよう。俺も頭が狂いそうだ。こんなの初めてだよ。波玲さん。波玲さん。波玲さん」
 涙に溺れてしまいそうで引き返せそうにないと感じた瞬間に横川が入ってきて整理のつけられない気持ちを打ち明けてぼくに寄りかかろうとしてくる。突っぱねてしまいたいぐらいの状況だけれど、仕事中であることからどうにか思い出して涙が流れてくることから逃げないように彼の葛藤に反応をする。
「ごめん。ぼくもつい感情的になってしまう。ユーザーを相手にするみたいにはいかないね、やっぱり。横川君。あんまりニュースを見ない方がいいよ。今はきっと有る事無い事書く連中が湧いている。仕事のことは多めに見てくれるみたいだし、出来るだけ他のことを考えよう。あー。ぼくも泣いている場合じゃないね」
 煙草を吸わない横川がニコチンとタールの匂いで充満する喫煙室で立ち尽くすと、弱気な表情を露呈させて涙を流してしまう。裏側を覗こうとしてしまうのはきっとぼく自身が誰にも認められていないからしれない。透き通るような自分のことに耐えられているのならば、不安を打ち明ける必要性なんて何処にもない。横川君の依存が今は不快に思っていないことに気付いてしまう。
「なんでなんだろうね。変だよね。まだ本当だって決まったわけじゃ無いのにさ。ネットで奏水ちゃんの名前が載ってたんだよ。友達だったのかな。全然わかんないや」
 しゃがんだまま横川のくしゃくしゃになった顔を眺める。きっと自分も今はそうなんだろうと湧いてくる弱さを見てみぬふりが出来ずに悔しさすら見つけられない。どうやって彼と話せばいいんだろうと考えているうちに袋小路に入ってしまいそうになり、思い切って口を開く。
「今はとにかく彼女のことを思うしかない。ぼくはそう思うんだ。涙に負けてしまうことを責めないようにするんだ。けど、本当のところはわからないんだ、ぼくにもさ。バイト頑張らなくちゃ。流石にこの状況じゃ体調悪くて帰りますとも言えないや」
 とにかく最後のタバコを吸って立ち上がり、ハンカチすら持っていないことに気付いてそのまま席に戻ることは出来ないのでトイレまで行き、顔を洗いに行こうとすると、途中で木山とすれ違い落ち込んだ表情でぼくに語りかける。
「大丈夫じゃないかな。本当、仕事している場合じゃない気がするけど、忌引きってわけにもいかないって鵜飼さんが話してくれた。1日だけでも乗り切ってとにかく頑張ってみよう。波玲さんも大変だろうけど、女の私が頑張ってるんだから弱音吐いちゃダメだよ。それじゃあ。あはは。顔ひどいね」
 木山はすれ違いざまにみてみぬふりをしてくれると思ったけれど、ぐっしょりと涙で濡れた顔を見過ごすことなく、励ましあうことでどうにか今日の仕事を乗り切ろうとする。彼女の言う通りこの状況ではズル休みってわけにもいかない。鵜飼さんの心中を察すれば当然だろう。可愛がっていた後輩が突然悲惨な事件に巻き込まれている。処理しなければいけない情報が多すぎる。とりあえずぼくも苦笑いで自分のみっともない顔を洗って仕事に戻るために男子トイレに逃げ込んで洗面所でしっかりと気持ちだけでも取り返そうとする。真っ黒な影が背中越しに追いかけてきている。乖離してしまいそうな人格がいっそのこと狂ってしまう方がどれだけ正しいのかってことを囁いてくるみたいだ。

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