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02. SZ2

体育倉庫の跳び箱の上でぎゅっと仲よさそうに右手と左手を重ね合わせている瀧川と米澤の二人が満面の笑みでぼくに大切なメッセージを伝える。

やっぱり、ここは選抜者を限定するための実験室なんだと直感的にぼくは状況を判断する。

──おはよー、こんなに早くこっちに来るなんて予想外だったよ、私たちにとって死は友達みたいなものだからさ、乗り越えちゃうやつはすぐにこっち側に来ちゃうみたい。ねえねえ、君の大好きな美沙と手ぐらいは繋げたのかな?──

二時限目の終わりのチャイムが鳴り、ぼくは誰もいない無人の保健室のベッドで目が醒める。

擬似記憶? それともただの夢? 死んだはずの二人のクラスメイトが妙にリアルな形でぼくの脳内に再生されていて、驚きと困惑と、そしてほんのちょっぴりの安堵が一緒くたにやってきて冷や汗でべっとり張り付いた薄いブルーの制服が気持ち悪くて思わず飛び起きてしまった。

ナノマシン『phoenix』はいまだ実験段階らしく──正直、そんなものを試した田辺先生の図々しさに、びっくりしたけれど──まだ心臓などの特殊な細胞などは時折不活性を起こして血液量が十分に行き渡らない時があるらしい。

おかげで、デブのくせに貧血というよくわからない属性を与えられて世界を救う勇者とは言い難いパラメーター配分で拙者はひどく機嫌が悪いでござる、と真っ白なベッドの上で真っ白な天井を眺めながらぶつぶつと気持ちの悪いオタクみたいに呟いている。

教室で貧血になり倒れて芹沢さんに全く頼りにならないデブという印象を与えてしまいながらも無理矢理、筆箱に常備しているカッターナイフで薬指を切り裂き、真っ赤になった机の上にバタンと両手をついて──保健室にいってきます! ──とまるで戦場へと出向くスネークが如く二時限目の強面数学教師、ゴルゴ中村の授業からの脱出ミッションを見事にクリアして生徒を平気な顔で実験台にする極悪保険医、バーコード禿の田辺先生のもとへふらふらになりながら辿り着く。

無言と笑顔で出迎えた田辺先生は保健室の丸椅子のほうを指差してぼくをとにかく座らせる。右手の薬指をオキシドールで軽く消毒をした後、とても慣れた手付きでぼくの名誉の負傷を治療すると、保健室入り口横の灰色の扉のついた戸棚から、試験管に入った薄い緑色の薬剤を取り出して小さな注射器と結合させると、ぼくの左腕上腕を黒いゴムで軽く縛り付け、関節あたりをぽんぽんと叩いて脂肪ですっかり見えづらくなっている静脈を浮き出させ、ゆっくりと注射器を静脈から二ミリ外れた皮膚へと迷わず突き刺してくる。

「あ、いてっ!どこに刺しているんですか。明らかに静脈じゃない場所に注射針が入っていますよ!」

まるで測ったように突き刺した左腕からじんわりと血液が流れ出て、『phoenix』による蘇生プログラムの結果、ただでさえ血の足りないぼくはふらふらと目眩を起こしながら田辺先生に抗議する。

禿頭は、ニヤニヤと憎らしい笑顔を漏らしながら、

「あーごめん。まだこういうことはなれていなくてね。なにせ、二ヶ月前はカンボジアで傭兵として戦争に参加していたんだ、許してくれたまえ、なーに、これくらいじゃ君は死んだりしないさ、ってもう一度死んでいるのか!」

げらげらと下品な笑い声を保健室に響かせながら、今度は正確に静脈にナノマシン『phoenix』のアップデートソフトウェアを注入してくる。

なんだか、あの二人を自殺させたのは彼なんじゃないかって疑いたくなってきた。

田辺先生、もとい田辺茂一は、所謂非戦闘バイオノイドとして、執務室と呼ばれる謎の機関が開発したほぼ全身を義体化されたサイボーグらしい。

正直見た目は普通の人間と見分けがつかないし、サイボーグならばなぜ七三分けのバーコード頭のなんていうハードなルックスを与えられているのか理解に苦しんだけれど、こういう潜入ミッションのような場合には相手に油断を与えとても便利な見た目らしい。

非戦闘用バイオノイドがなぜ戦場に? と質問すると、あっさりと──上司からの意地悪──と素直に答えてくれた。

陸自で採用されている戦闘用外骨格ハヤブサに身を包み、外宇宙探査船団亜細亜艦隊所属クメール・ルージュまで出張とは名ばかりの左遷業務をこなしてきた保健医、田辺茂一、正直得体が知れな過ぎて信用しろというのは、無理があるけれど、臨死体験までしてしまったぼくはもう全面的に彼のいうことを信用するしかない。

あっさり毒薬の類を注入されて殺されてしまう可能性すら呑み込んで、ぼくは注射針がゆっくりと左腕から血液を吸い出していく様子を青褪めた表情で眺める。

不健康なデブなんて、白河君とキャラも被ってしまうし最悪のポジションだ、芹沢さんへの熱い思いがなければ素直には承諾出来ない任務、だと思う。

簡単な応急処置と事後対応を受けた後、そのまま三限はサボることにする。

誰もいない保健室のベッドの上で、先ほど田辺先生から頼まれたミッションを反芻してぼくの現状を把握する。

aemaethというぼくに送られてきた不可思議なEメールに関しては、どうやら田辺先生の独自調査によると3―C、横尾深愛が絡んでいるらしいことを突き止めることができたらしい。

罠の類も疑うけれど、経由した視聴覚室のPCのログイン履歴に横尾先輩の学生番号が記録されていたということ。

だけれど、瀧川と米澤の自殺に関しては横尾先輩が関係する要因は一切見当たらず、だから当然ながらまだ原因が特定出来ていなくて、おそらくは普通科の生徒ではなく魔術科の生徒もしくは先生側の仕業だと田辺先生は睨んでいるようだ。

うちの高校の魔術科といえば、将来的には魔術による都市生成計画や国家高官付きの業務に従事する士官候補生たち、確かに、彼ら彼女たちの施行する魔術には呪いや黒魔術の類も存在するとは聞いたことがあるけれど、いくらなんでも将来の都市再生計画においてかなりの不利益を被る可能性を進んで選んだりするほど彼らは愚かだろうか。

名家出身の多いこの学園の魔術回路持ちの生徒たちは当然ながら普通科高校に進学する魔術回路持ちとは進路に関しても大きな隔たりがある。魔術回路を与えられ、ある種、普遍的な人間としては、不完全性を手に入れた彼らの考えなど知る由もないけれど、ぼくの『phoenix』と田辺先生が流してくれる情報を活用すれば、彼らのやらんとしていることの糸口ぐらいは掴めるかもしれないとのこと。

「我ら改造医療実験体開発部の沽券に関わるミッションだ、佐々木くん! 心してよろしくお願い頼むよ!」

などと、万年帰宅部を強制的に入部させた田辺茂一憎むべし! いつか万倍にしてお礼参りをしてやるのだ! と血の気がすっかり回復し元気を取り戻したぼくは三限の終了チャイムが聞こえるベッドの上で、犯人がいかに魔術科と接触しなぜ瀧川と米澤をマリオネットへと変えてしまったのかを考えあぐねる。

そして、なぜ芹澤さんに悪意のようなものを向けていた彼らが選ばれたのか、ぼくはこれからゆっくり知っていく必要があるのだろう。

田辺先生から与えられた情報から推測できる鍵はただ一つ。

全校生徒が大ホールに集められる『どうとくのじかん』で必ず犯人は姿を現すということのみだ。

うっかり深入りして魔術を発生する際の触媒に紐付けなんてして呪いのしっぺ返しなんてくらわないだろうかとしっかり死亡フラグを立てながらギュっと拳を握りしめ、保健室へ向かう間際に一瞬だけ後ろを振り向いてくれた芹沢さんの南米辺りの奇怪な昆虫を思わせる絵柄が刺繍された黒い眼帯を頭の中で至極大事に再生してもう一限だけサボってしイオうと保健室のベッドの中に潜り込む。

よく見たら眼帯は緑色の多足類でたぶんあれは※1ナナフシアシッドヤヌスデウムシ(学術名)ではないだろうかと保健室の見知らぬ天井を見上げながら思いだす。

相変わらず芹沢さんのぶっ飛んだセンスについうっかりカッターナイフで突き刺した指先を突き刺して血が噴き出しそうになりながらも、大量に押し寄せてくる情報量をまだうまく処理することができず産まれて初めてお昼ご飯を抜くという苦行を経験し、五限の大和史の授業をぼんやりと眠気にまどろみながら受け、魔術科のやつらのことなどを考える。

旧地球史西暦二五八〇年、人類は増えすぎた人口、崩壊した環境などにより、彼らが生まれ育った母なる惑星『地球』を捨て、太陽系外縁から外宇宙へと合計二十の旗艦から成る惑星型宇宙船団『ガイア』を出航。

宇宙の果てに存在する約束の地『シャンバラ』を目指すことになった。

当時のいわゆる支配者層に属していた人類は『ガイア』出航後、『超性人類』と呼ばれ、我々現世人類を創世の歴史まで巻き戻し、『ガイア』艦内に地球の擬似環境を作り上げることで人類そのものの再生を試みることにしたが、いくら外宇宙探査船を作り上げた超技術を持ってしても現世人類は必ず超性人類と呼ばれる創世者たちと同じ歴史を辿ってしまい彼らは自身のDNAが持つ人間存在そのものが超越者によって作り上げられた存在であるということを受け入れてしまうしかなくなってしまったのだ。

業を煮やした彼らは人類が辿り続ける歴史の螺旋性への対抗手段として、いわゆるヨーロッパでの神学校、極東艦隊所属フォールド級宇宙船『大和』では第二平安時代における大学寮などの貴族向け教育施設を誕生させるとともに現生人類と超性人類を教育課程において同じ環境におく特例措置『ネバーランド法』の施行の決断をする。

つまり、この時に現世人類は神と呼ばれる存在、『超生人類』をはっきりと認識することになったのだ。

いわゆるこの学園においては神人科と普通科という区分が産まれたのもその頃のようだけれど、教育課程において同じ環境を共有するということ以外は、超性人類は現世人類に干渉するのではなく放任主義を再優先事項とした。

ひとつなぎの大陸を実現することや、プレートテクニクスの復元までは出来ず──あるいは意図的に──、渡り鳥と周遊魚が事実上生態系には存在していない生態系を復元してしまう──彼らのクローンとなる子孫は博物施設などで鑑賞可能だけれど──。それ以外はほぼ旧地球と似た環境と歴史を保有している居住施設付き超大型宇宙船内部は再生暦一六〇〇年頃、二十に別れた惑星船団において同時多発的に、ちょうど以前に日本と呼ばれていた国で戦国時代と名付けられていた支配者層の分裂統治と内乱が始まり出した頃、現生人類の中に魔術回路と呼ばれる構造がプログミングされたDNAを保有した種族が現れ始める。

自然界に存在する酸素や水素といった原子構造物に、魔術回路が生成したエーテルと呼ばれる体内物質によって直接アクセスすることで分子結合そのものを操り、いわゆる魔術と呼ばれる現象を引き起こすことの出来る彼らは、現在のぼくらのように特に外部装置に頼らずとも、火や水や風や土の類を操り、彼ら自身が精霊と呼び、ぼくらが現代物理学においておそらくクォークと呼ぶものと契約を結ぶことで自在に精霊と結合する分子化合物を自らの下僕として扱い始めた。

それが『ガイア』史におけるいわゆる魔術使いの誕生で、その頃から現生人類と超生人類、そして魔術人類間での確執が大きくなり始める。

特に、現生人類と魔術人類同士の確執は深刻で、まるで旧人類が地球上で起こした悲劇と戦争の数々をなぞるようにして争い憎み、その結果として与えられる両者の技術発展と共に闘いを深刻化させて行った。

そして、再生歴一九四〇年、魔術人類が特に特権階級として優勢を極めていた『大和』、『ゲルマン』、『ミケランジェロ』率いる枢軸艦隊と、残り十七の艦隊群である連合艦隊による第二次『ガイア』戦争が勃発する。

闘いは熾烈を極め各艦隊群は超生人類によって作り上げられた各艦隊に組み込まれていた機関部などの損傷、および『ガイア』級の中心部に内蔵されていたワープ航法を可能にする航行能力の一部を半永久的に失うなどの傷を負いながらも、連合艦隊主力、新造艦、『インディペンデンス』が開発した魔術回路抑制機関メイフラワーによって、当時最強を誇っていた『大和』零戦部隊の無力化に成功、大戦は連合艦隊側の勝利へと結実し、枢軸艦隊に属する魔術人類はその能力のほとんどを現生人類の管理下に置かれるという屈辱的な条約を結ばれることとなる。

それがいわゆる我が校では魔術科と現在呼ばれている都市生成計画に従事する為に作られた士官たち、なんだけど、やはり大戦の傷跡は深く残り、過酷で辛辣な魔術儀式の発効などを強いられ続ける彼らの能力のほとんどはぼくら現生人類が快適に暮らすための礎として使われているのが現状といえるんじゃないんだろうか。

唯一の例外は、フォールド級母艦『大和』全体でおいて年に一度行われる、先の大戦で人類の記録と研究を名目にして『ガイア』本船から離脱し、チルドレ☆ンと呼ばれる神の遺伝子を受け継ぐ人類の祖先たちが住まう宇宙船への移住権利の選抜試験において魔術科のトップ能力を有した生徒が迎えいれられるということぐらいだろう。

「だからなのか、魔術科生徒の普通科とは決定的に断絶している自らの能力に対する自負は大戦後も持続しているのと同時に、やはり彼らが持つ能力がなければ、大戦時に『大和』から消失してしまった超技術を補填した都市生成計画は不可能といえる」

そんなふうにぼんやりとした口調で相変わらず呑気な授業をしている大和史教師辻井は昨日起きた自殺騒ぎのことを滲ませるようにして、黒板に書いたなんとも和やかな亀の形を模した宇宙船の絵を指し示す。

一説には、渡り鳥と周遊魚が生態系に存在していないことから人類のDNAがまるで生態系を補完するように魔術回路を生成したのではないだろうかと言われているそのぼくらとはもはや別の生命体と読んでも差し支えのない魔術科の連中と顔を合わせて実際に学生生活を共にするといえるのは数少なく、特に年に一度『七星学園』高等部全生徒が参加し、大ホールにて行われる『どうとくのじかん』はぼくらにとって重要な交流のためのイベントになっている。

そしてaemethの首謀者と現在田辺先生が憶測を立てている横尾深愛だけでなく、瀧川と米澤に魔術科が禁忌としている呪いの儀式を発動させた異端者も必ず参加してくるはずだ。

ぼくは彼らと会って話をしなくてはいけない。

多分、それは、田辺先生からの依頼からではなくて、ぼく自身がそうしたい、と心の底から考えているから、なんだと思う。

『七星学園』で毎年一回、一学期の終わりに必ず実施される『どうとくのじかん』は、全生徒が大ホールに集められ、ぼくら人類が歴史を再生してもなお繰り返してきた人類のDNAに埋め込まれた歴史の螺旋性に関する記録を鑑賞させられると共に、ぼくらがいかに自分たち自身で積み重ねた行為の袂で生き延びているのか、なぜ超性人類たちが彼らの保有する歴史の螺旋性を操作しても必ずまるで原罪とも呼ぶべきものに取り憑かれ続けるように、原史と同一の歴史を辿ってしまうかに関する研究成果を徹底してインストールされる。

学園が保管している記録の中には正気の状態で大脳全体に対して連続的に人類が残した負の財産の記憶を送り込まれると、精神的に薄弱なもののなかには狂気の発動すら確認出来るものも存在している。

そのために特別に開発された情動系の反応を抑制することで過剰な映像からの刺激によって脳内からの規定値を上回るアドレナリンが放出された場合、与えられた情報によって余分な情動を発症しないように補正するための措置も取り入れられた環境下で、この学園の生徒は、『どうとくのじかん』を年に一度必ず体験することを義務付けられている。

こうやって『ガイア』とは別の宇宙船に住まう超生人類の思念を転写されることで地上へと送り込まれてきた人造人間である神人科、いや、チルドレ☆ンの人々はこれから僕たち現生人類に訪れると予測される歴史の特異点を観測し続けることで現世人類の進化の可能性を探り続けていると言われている。

とはいえ、万全な体制でまるでアクの強い映画でも見せられているような『どうとくのじかん』を中学生の頃から実施されているぼくらにとっては正直で面倒な授業の一環でしかなく、強制出席が義務付けられているとはいえ、あまり気乗りのしないイベントであることは確かなのだ。

「小生は『どうとくのじかん』がもたらした教育の影響なのか瀧川さんの自殺にすら感傷的な反応をしなくなってきている自分にいささか疑問を感じてしまうでござる」

あいもかわらず、気持ちの悪い声とモラトリアムじみたセリフで白河君は、ぼくにその日の授業が終わった直後、テスト休み明けに行われる『どうとくのじかん』についてそんなふうに気色の悪い動作で眼鏡を上下に動かしながら話しかけてきた。

「ぼくらはどうせ神さまたちの手のひらで踊り続けるだけの道化なのさ。白河くん、願っても縋っても神は何もしてはくれないぞ」

右手の人差し指と中指でピースサインを作り、きらぼし! と軽くウインクをしながら右眼の前にかざすぼくをげらげらと※3スタードライバーとはなかなか抜け目がないでござるなと笑い飛ばしながら、白河君はいそいそと帰宅しようとする。

一緒に駄菓子屋にでも寄ろうと考えていたのに、なんて付き合いの悪いやつだろうと半分に切り分けた消しゴムをまるで芹澤さんの魂であるかのように筆箱の中にしまいこみながら、ひょろりと今にも吹き飛んでしまいそうな白河君の後ろ姿を見送ってみる。

さては、また新しい彼女(二次元)でも見つけたのであろうとなんだか妙に優しい気持ちになり、ぼくも颯爽と帰宅の途に着こうとした矢先、教室の黒板側の入り口に、肩まで伸びたパーマのかかった茶色い髪を真ん中で分けてピンクのヘッドフォンを首から下げこの学園の三年生の証である青いチェックのミニスカートを少し短めにして白いワイシャツを第二ボタンまであけて胸部を妙にアピールしている女子生徒があきらかにこちらのキモオタデブをみてニヤニヤと笑いながら見つめているのを発見する。

あまりの衝撃的な展開にもしや白河君はこっそり忍び込んだ魔術科の生徒でぼくがイケメンに見える魔法でもかけたのか?! と疑いながらスタスタとピンクと白の上履きで近づいてくる彼女から思わず視線をそらしてしまう。

「あー! きみが私の仕込んだバグキャンセラーを見つけた犯人だね! あの二人の自殺したとこをみれば発狂して騒ぎを起こしてくれるかなーって睨んでいたのになぁ。案外君は男らしい性格をしているってことだにゃぁ。深愛ニャンはすっかり感心してしまったよー。ねえねえ、もしかして、『いにしえ』のこと気付いていたりするのかな?」

高校生活、いや、小学生から含めても三文字以上の言葉で女子生徒から話しかけられた経験など数えるほどしかないぼくは唐突なハーレムルートの発生に持てる知識(※4アマガミ)を総動員して出来るだけ冷静にそして出来る限り格好良く彼女の質問に答える。

「はじめまして、ピュグマリオン=横尾深愛先輩。かのプログラムに含まれていたサブリミナル効果を利用したランダムな数列から意図した数列を選択させる手法には感服いたしました。『いにしえ』というと、確か大戦後、禁忌となっている古代魔術の発行儀式に関する手順を記録した書物、でしたよね。現存しているのはこの学園が保有しているものを含めて三冊ほどしかない貴重な書物で、この学園の中央図書室に厳重に保管されているはず。見ることの出来るのは学園長の承認が必要になるのでしたっけ。 しかし、それにしても熱傷深度による実験ということに関してはあまり納得がいきませんね」

「あはは。さすがは深愛ニャンが見込んだ男。そこまでわかっているのなら、私が探している古代魔術を使用し、私たち普通科の人間を生贄に捧げて何らかの黒魔術を発効しようとしている連中のことまで突き止めているはず。ねえ、紫色のカバの悪戯のことはとりあえず放っておいて、しばらくは私と手を組むっていうのはどうかナ? C++程度ならばとりあえず一通り使えるだろ」

なんとぼくが生きてきてこれから出会えるかどうかわからないまるで恣意的な運命に選択されてしまったかのような普通科三年──記号と配列の魔術師+ピュグマリオン=横尾深愛──からのデートのお誘い。

彼女が作り上げるプログラムによって、我々現生人類は魔術回路を保有している人類に追いついたとまで呼ばれるわが学園きっての天才プログラマ。

そんな彼女からお誘いを受けるなんて、まるでぼくの開発した自動応答型データベース『少女地獄』の言った通りになってきているじゃないか。

曰く

──私たちはまだまだ私たち自身のことをほとんど知り得ていません。だから私が提示できる未来には限度があるのです。私の予測変換機能を上回る結果はいずれ訪れます──

一〇〇〇回検索しても、『ぼくの運命の恋人』というワードで結果を表示できなかった『少女地獄』はまるでぼくを戒めるように突然ぼくの意図していない応答をして、そんな風にぼくにプログラムエラーを告げた。

深愛先輩は、その時『少女地獄』が簡易的に合成した操り人形のコンピュータグラフィックのような現実をぼくに突きつける。

「も、もちろん深愛先輩と組めるならば、ぼくも心強いです。ぼくにお手伝いを出来ることがあるのならば、ですけれど。えっと、ぼくは『どうとくのじかん』で全生徒が大ホールに集められた時になんらかの事態が発生すると睨んでいます、彼ら魔術科、と呼んで全体を包んでしまうのはいささか傲慢ですので、仮に『ジムノペディア』と呼称することにしましょう、『ジムノペディア』がもし、『いにしえ』に書かれている古代黒魔術の発効を試みようとしているのであれば、やはり学園長が我々の前に姿を表しこの学園の全校生徒が集まる年に一度の『どうとくのじかん』以外はないと思いますので」

ぐいっとぼくの近くに寄ってくると、唐突にぼくの肩を両腕でがっしり掴んでとても嬉しそうな顔をして深愛先輩はコンピュータグラフィックでは表現できない喜びに満ちた表情をぼくに伝える。

「うわわー! やっぱりナノカ!君はやっぱり選択的運命論をきちんと信じているんだね。あのね、おそらく君のいう『ジムノペディア』は『いにしえ』そのものを改変しようとしているんだ。彼らはぼくら現生人類がすでに魔術回路を擬似的に生成できていることをとっくの昔に理解し、ぼくらの知識と知恵を彼らの魔術と融合させようとしているんだと思う。あのね、端的にいえば、彼らはおそらく余剰次元からぼくらのコピーを召喚しようとしているんだよ。魔術には、いまだにぼくらが解析することの出来ていない技術が存在しているんだ」

初めてプログミングを成功させたあの時の何も疑うことのないきらきらした瞳を深愛先輩は奥目も隠さず、がっしりと肩を掴みながらぼくに向けてくる。

正直こんな至近距離で女の子の顔を見ながら話すのは初めてなのかもしれない。

「なんと! かれらはもしやカミオカンデでも用意してしまうつもりでしょうか」

「まったくその通りだ! 彼ら、つまり君の呼称する『ジムノペティア』は魔術的に生成した大型ハドロン砲を使って擬似ブラックホールを生成しようとしているんだ! 完璧だよ! 佐々木和人くん!」

そのまま深愛先輩はぼくの後頭部を掴むと薄いブルーのワイシャツの第二ボタンまではだけた胸に押し付けてぎゅっうと強く抱き締める。

唐突な深愛先輩の行動と突然のことに振り返るクラスメイト、そうして初めて感じる女の人のおっぱいの柔らかい感触と甘いシャンプーの香りにぼくは戸惑いながらもぼんやりと学園上空をすっぽりと覆い尽くす真っ黒なドーナツを思い浮かべる。

「あわわ。なんというご褒美、否、好奇心をどこまでもくすぐる名推理。つまり、ぼくらはワープする宇宙から使者を遣わす不逞の輩をとっちめるわけでしょうか」

ふがふがと柔らかな深愛先輩のおっぱいの感触に埋もれて話しているとうっかり漏れる湿った息が生暖かくぼくと深愛先輩の間に充満する。

「うーん、それはまだわからない。だからこそ、ぼくらはまず『ジムノペティア』と接触する必要があるんだよ。おっと、いけない。初対面だというのに馴れ馴れしくし過ぎだね。和人君、息苦しくないかい?ぼくはどうも人との距離感を間違えてしまうきらいがあるんだ」

深愛先輩は彼女の胸に埋もれたぼくをゆっくりと引き起こす。

ぱっと視界が明るくなり、心地の良い息苦しさもなくなったぼくはブルブルと頭を振り回す。

どうやら、突然やってきた幸運の女神の行いにクラス中が注目してしまっているらしい。

ひそひそと話したこともほとんどない女子生徒がぼくに疑念の目を投げかけている。

「了解しました! 深愛軍曹殿! 今ミッションを成功させるべく速やかに任務を遂行させていただきます!」

両足をびっしりと揃え、きっちり背筋を伸ばし深愛先輩に敬礼を捧げると、先輩は──あはは! デハデハ任せたぞ、佐々木三等兵! ──と陽気に笑い出す。

「お。優等生! 今日もそんなところで縮こまって佐々木君の見学かい? 筆箱の中に常備している絆創膏が飛び出ているぞー」

突然、窓際の後ろから四番目、前から三番目の席に座っている出席番号36、三島沙耶に深愛先輩は話し掛ける。

驚いた三島沙耶は、授業中だけ着用しているずれた黒縁眼鏡と乱れた真っ白な長袖のワイシャツを直しながらさっきよりもっと縮こまって深愛先輩から目を逸らす。

嵐のように2―Cを混乱と騒めきの渦に巻き込んだ深愛先輩はふふんっと鼻で三島のことを鼻で笑うと、クルリと身を翻して教室を後にする。

五限が終わり、ほとんどの生徒が帰り支度をして今日一日あったことを友達と楽しげにおしゃべりをしていたそんな時間にぼくは突然訪れた先輩ルートの到来をじっくりと噛み締めながら机の上の筆箱と雑に書かれた落書きだらけの大学ノートを鞄にしまい、高鳴る鼓動がクラスメイトにバレないようにひた隠しにしながら帰宅する。

そういえば、この駄菓子屋に初めてきた小学生の頃はもっと友達がたくさんいたような気がする。

誰に気兼ねするわけでもなく、たまにおかしなイジメのようなものはあったけれど、やっぱり次の日も同じようにみんなで騒ぎながら学校を後にして、数少ないお小遣いで買う小さなきなこ棒を特に味わうわけでもなくけれどとても美味そうにかじりついてキラキラしながらインベーダーゲームを友達の背中越しに覗いていた、そんな毎日だったと思う。

駄菓子屋のおばあちゃんはあの頃から寸分違わぬ姿勢でどこか遠くを見つめていてやはりじっと座ってにこにこと座っているからか、ほとんどしゃべるところを見たことがないし、もしかしたらこの為だけに作られた駄菓子屋受付用アンドロイドなのでは? と白河君とだいぶ前に真剣に話し合い、内閣府直属の諜報機関が配備した情報収集アンドロイド『コンピュータおばあちゃん』の詳細な設定が書かれたノートの一ページと下手くそな老婆型アンドロイドの絵を思い出しながら、いつもと同じきなこ棒とうまい棒納豆味、それからブタメンを一つ手に取っておばあちゃんの座っているカウンターに置き、つい十円玉硬貨九枚を放り投げると勢いよく一枚だけ十円玉がおばあちゃんの膝元に落ちていく。

おばあちゃんは身体を傾けて膝元に落ちた十円玉硬貨を右手の人差し指と親指でつまむように拾ってカウンターの上に置くと、ぼくの方へ向き直り、長く通ってきて初めてみる動作でゆっくりと右眼を見開き、やっぱり聞いたことがないしゃがれた声でぼくに日常なんてものがとうの昔に終わってしまったことを告げてくる。

「お前さん、こっくりサンをやる連中を探しておるんじゃなぁ。今時珍しいやつがおるもんだと不思議に思っていたんじゃがね。ほれ、そのスーパーボールの籤引きの五十四番のところを持っていけ。狐憑きにはそいつが効果てきめんじゃ。お前さんはほんとに人がいい、ゆめゆめ狐の嘘にほだされて洞穴に連れていかれんように注意することじゃな。うちのジジイも綺麗な娘っこのキツネに最後はなぁ……。おっと、これは余計なことのようじゃ」

おばあちゃんが指差した五十四番目のスーパーボールには七色のマダラ模様の一際大きなスーパーボールがすっぽりと居残っている。

ぼくはゆっくりとそのスーパーボールを手に取って籤引きのパックから外すと、お財布の中からなけなしの百円玉を取り出してカウンターの上に置き、ゆっくりとおばあちゃんにお辞儀をして駄菓子屋を後にする。

今日はもういつものようにぼくの行く手を邪魔する小学生は帰ってしまった後で乱雑に駄菓子の空き袋が店の前にいくつか落ちていた。

さっき貰ったスーパーボールを軽く地面にまっすぐ叩きつけると硬いアスファルトから跳ね返り、ぼくの身長を悠々超してスーパーボールはきらきらと夏の日のプールの授業でみた太陽みたいにキラキラと光り輝いていた。

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