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#09 リフト1日券が1万円越えのスキー場の出現は、スキーホリデー産業にどのような影響を与えるか

前回の続きです。

今回のリフト1日券が1万円以上なったこのスキー場の値上げは、急激かつ強引に見えたかもしれませんが、日本に400ヵ所以上あると言われるスキー場の8割近くが赤字(その多くが公営)と言われていますので、実は「1万円が高い」のではなく「スキー自体が実際の価値より安く思われていた」なのかもしれません。



1.この値上げがスキーホリデー産業全体にどのような影響を与えるか

スキー場業界全体への影響をポジティブとネガティブの両方で考えてみますと、以下のようになるのではないでしょうか。

ポジティブ①
お客様に「スキーは、1日滑るのに1万円以上の価値があるもの」という認識をされるきっかけになるのではないでしょうか。従来は、スキーは他の1日中楽しめるレジャーと比べ、実際の価値より安く思われていたと思われます。

ポジティブ②
他のスキー場も値上げしやすくなったのではないでしょうか。
今までは採算が合わないにも関わらず、客離れが心配のあまり値上げに踏み切れなかった多くのスキー場が、このスキー場に勇気をもらって、本来の適正な料金へと値上げを始めるのではないでしょうか。

ポジティブ③
収益が改善することにより設備の改修やサービスの改善が業界全体で進むのではないでしょうか。

ポジティブ④
スキー場全体に裕福な客層が増え、スキー場が、落ち着きのある日常より少し贅沢な場所になっていくのではないでしょうか。

ネガティブ
多くのスキー場が値上げをした場合、リフト券が高価になりすぎてスキーに行けないというお客様が、結局スキーから離れてしまう。


以上のように、多くのポジティブに対して、ネガティブはたった一つであることから、このスキー場の今回の値上げは業界全体に多くの好影響をもたらした、と考えてしまいがちですが、もし皆さんが、数年前まで1日券が5,000円程度だったスキー場に久しぶりに行こうと思ったら1日券が10,000円以上に値上がりしていた・・・なんてことが起こっても、躊躇なく行きますでしょうか。

つまりたった一つのネガティブは、利用者にとっては、複数のポジティブ要素を打ち消すほどの大きな影響力があります。

それでも、前回もお話しました通り、リフト券を値上げした場合、余程のことがない限りスキー場は増収できるので、値上げはスキー場業界としては良いことだと言えるでしょう。

スキーが庶民のスポーツである国は、世界でも日本ぐらいかもしれません。
雪国では学校授業の一環でスキー学習というものがあり、家族でスキーに行く機会のない子供達
にもスキーを体験する機会がちゃんと与えられています。ただ残念なことに、一部の「ウチは
スキー用具を買ったりレンタルするお金も負担したくない」という保護者から不評です。
それでも ”雪国の文化としてのスキー” を継承するためには、続けるべきではと思います。

2.スキー場の本当のライバルは誰

このスキー場がリフト券を大幅に値上げすることで来場できるお客様を ”選んだ” ということは、選ばれなかったお客様はどこに行くのでしょうか。

他の割安のスキー場でしょうか。

それともスキー場以外のところでしょうか。

もしお客様がスキーにしかお金と時間を消費しない人たちであれば、他所のスキー場に行って、そこで時間とお金を使うはずですが、もしスキー以外の趣味を持っていたり、スキー以外の休暇の過ごし方を知っているのであれば、行先は他のスキーリゾートだけにはならないはずです。

ということで、スキー場の本当のライバルは誰でしょうか。

スキーホリデーがあまり高価になりすぎると、スキーリゾートをあきらめ、
代わりにビーチリゾートで休暇を過ごす人も出てくるかもしれません。

わたしは今でも、マーケティングの視点では、
スキー場のライバルはスキー場同士ではなく、ディズニーランドやショッピングモールやビーチリゾート、はたまたスマホであると思っています。
現代はむしろ世の中の多くの人たちはスキー以外のものに時間とお金を使うことに興味を持っているはずです。

毎月のスマホ代は払えても、年に1回のスキーホリデーに同じぐらいの金額を払う気はないという人は多いと思います。

スキー業界は、これらのその他多くの魅力的な趣味や娯楽と、顧客の時間とお金を奪う競争をしています。

ですので、スキー場のリフト1日券が1万円を超えたという出来事は、
「はたしてスキーという娯楽/スポーツが1万円/1日かける価値のあるものなのか、それとも1万円/1日かけるなら他のことをすると思われる程度のものなのか」を、
スキー場関係者と利用者に改めて問いかけているのではないでしょうか。


3.リフト1日券が1万円越えのスキー場の顧客は誰なのか

このスキー場にとって来てほしいお客様層は
「これぐらい平気で払える富裕層」
「これぐらい払ってでも滑りたいと思ってくれている熱狂的なファン」

逆に、このスキー場にとって「もう利用しなくて結構」なお客様層は
「この程度で高いとか文句を言って、払えない客層」

前回の考察と、今回の1.で説明した「ポジティブ」の話を合わせますと、このスキー場は来場者数は減るでしょうが、リフト券の値上げによる収入増の方が大きく、結果、増収になるでしょう。

来場者が減る+収益が増える
 =施設が空いている+お客様ひとりあたりにかけられる時間が増える
  =お客様の満足度も上がる+施設の修繕費が減る+光熱費が減る

つまり、来場者が減って収益が増えることはスキー場(*)にとってもお客様にとっても良いことです。
(*スキー場のみならず、施設というもの全般)

また一般的には、利用料金を上げると、お客様の満足度が上がり、施設の雰囲気が良くなるということも知られています。これは割引で通常より安い金額しか払わないお客様の方がクレームが多く、レビューでの評価も低くつけるというデータがあります。

余談ですが、コロナ禍に実施された「Go To トラベル」期間中の高級ホテルには、普段は泊まれない層のお客様が大挙して押し寄せ、ホテル側は今までにないご要望をするお客様達への対応を迫られたり、また、常連の富裕層のお客様たちの中でも、今までと異なるマナーのお客様層と一緒の泊まられることを避けるために、そのホテルを利用しなくなったという話も多く聞きました。

つまり高級ホテルは料金を高く設定することでお客様の層を選んでいます。これはホテルからお客様への意思表示であると言えます。

ということで、このスキー場が狙っているのは収入増だけではなく、上質なお客様の割合を多くすることで、このスキー場あるいはスキーリゾートでの休暇というもの自体の価値を高めることを狙っているように思われます。

スキーリゾートの高級ホテルは、
そのホテルにふさわしいお客様が快適に過ごせるような価格設定とサービスを備えています。
「一流のホテルはどのようなお客様に対しても快適である!」というご意見は日本人的にはウケが良いのですが、もしかしたらその考え方が、日本人を貧しいままにしているのかもしれません。

4.お金はあるが余裕のない国、ニッポン

最後に、私は今後もこのスキー場に行くかという話をしたいと思います。

皆さまは私の意見に惑わされずに、皆さまご自身の判断で行く行かないを決めてほしいのですが、私はこのスキー場に、1日楽しむことに1万円以上するほどの価値は見いだせないので、おそらくもう行かないか、行くとしても自発的ではなく仕事や一緒に滑る友人がここで滑りたいと言っている場合ぐらいだと思います。

理由や気持ちを補足しますと:

・実は私の中では1,2を争うほど斜面も雪も好きなスキー場なのですが、
 だからと言ってこの値段ほどの価値はないと思っています。

・この値段の1/3程度で同じぐらい楽しめるスキー場をいくつか
 知っていますので、そちらで滑ると思います。

・リフトもホテルも20年以上改修されていなく傷だらけのままで、
 高級リゾート感が全くないところが残念。
 過去から少しずつ値上げをして、昨年の時点でも十分に高いリフト料金
 であったことから、収益も過去に比べて相当改善しているはずにも
 関わらず。

・(これは利用者には関係のない話なのですが)社員やスタッフの給与が
 大幅に上がったという話も聞いたことがなく、会社の経営方針に対する
 印象が良くないです。

・テナントとして入っていた子供向けの超人気スキースクールが
 なぜか突然撤退したので、子供を連れていく理由も無くなりました。

私は「そこまでの価値がない」と思っていますが、価値があると思っている方々も沢山いらっしゃるし、そもそもお金のある人にとっては、1日楽しむのに7,000円も10,000円も「誤差の範囲」だと思いますので、気にせずに払う方々は沢山いらっしゃると思います。

スキー産業に限らず、高級なもの高価なものは、そもそもお金に余裕のある人が買ってくれることを前提に価格設定して販売しているので、このスキー場も、払えるような裕福な人たちを中心に買い支えてくれるはずです。

ピーター・ドラッカーに言われるまでもなく、企業の目的は「(社会に貢献することで)利益をあげること」なので、いくら末端の顧客を満足させたところで、企業が赤字だったり倒産してしまっては何の意味もありません。
ですので、あまり良い表現ではないのですが、やはり「取れるところから取る」ことをしないと、産業は発展しません。

そもそも日本人は収入の割に、レジャー(サービスなどの形のないもの)にお金も時間もかけない人種と言われ続けて居ますので、お金のある日本人の方々には、少しずつでも世界標準に近づいていただき、より高級なホテルに長く滞在するにょうな休暇の過ごし方を身に着けていただけると、日本のスキーリゾート産業やホテル産業もより発展できるかと思います。海外の富裕層ばかりを頼りにしないで。

したがって今回のこのスキー場のリフト券の大幅な値上げは、値上げしたくても出来なかったスキー場業界からは歓迎されるでしょう。これからは多くのスキー場が、「失われた20年」の間、ずっと我慢してきた値上げを実施するでしょうし、昭和のスキーバブルの頃は当たり前だった駐車料金の徴収を再開するスキー場も出てくるでしょう。

これらの「値上げドミノ」により、値上げしたスキー場の来場者数と来場者層がどのように変化するのか、そして日本全体のスキー人口やスキーというものについてのイメージがどのように変化するのか、注視しましょう。

今回も読んでいただき誠にありがとうございました。

次回こそは「スキーリゾート選び」の続きを書こうと思っていたのですが、実は少しモヤっとしたことがあったので、予定を変更して、このモヤモヤについて、忘れないうちに書いておきたいと思います。


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